勇者に婚約破棄されたので、魔王と結婚した
「お前との婚約を破棄し、王女様と婚約する」
長旅から帰還した婚約者の第一声がそれだった。
勇者レオナルド。魔王の封印に成功し、国中から英雄と崇められる男である。
「……婚約を破棄、ですか」
「ああ。もう魔王は封じた。お前の力は必要ない」
薄ら笑いを浮かべながらそう吐き捨て、レオナルドはゾフィーを睨みつけた。
「元々俺は王女様のことが好きだったんだ。お前との婚約は、仕方なくやったことなんだからな」
「……かしこまりました」
表情を変えずに頷いたゾフィーに、レオナルドが溜息を吐く。
「最後まで可愛げのない女だな、お前は」
レオナルドが立ち去ると、ゾフィーはゆっくりと空を見上げた。今宵の月は新月で、空では星が瞬いている。
「誰のおかげで魔王を封印できたと思っているのかしら、あの男は」
ゾフィーは聖女として教会で毎日欠かさず祈りを捧げてきた。婚約者であるレオナルドの旅の安全を祈るためである。
聖女の祈りには、魔力を高める効果がある。
元々凡庸な騎士に過ぎなかったレオナルドは、ゾフィーの祈りのおかげで出世を重ね、ついに勇者に任命された。
そして無事、魔王の封印に成功したのだ。
レオナルドに未練はない。しかし、『捨てられた聖女』としてこれからの人生を過ごすのはごめんだ。
「……こんな国、出ていってやるわ」
◆
ゾフィーが国を出発する日、王都は大勢の人で溢れていた。
王女エレオノーラと勇者レオナルドの婚約披露式を一目でも見ようと、国中から多くの人が集まってきたのだ。
「レオナルド様、万歳!」
「エレオノーラ様、万歳!」
二人は屋根のない馬車に乗って、王都中をパレードしている。
フードを被ったゾフィーは、そっと彼らを見上げた。
(幸せそうね。その幸せが、いつまで続くかは分からないけれど)
教会には何人もの聖女がいて、特定の聖女が高い地位を得るわけではない。
『祈り』の力しか持たず、戦うことのできない聖女の安全を守るためである。
しかし、聖女の力には明確な優劣がある。教会で働く聖女なら知っていることだ。
ゾフィーの力は教会でも圧倒的で、彼女が祈ればたいていのことは上手くいく、とよく褒められたものである。
(教会のみんなには引き留められてしまったけれど……)
建物の影に隠れ、ゾフィーは両手を組んで祈りを捧げた。
「……教会のみんなが、これからも幸せに暮らせますように」
◆
王都を出たゾフィーは、目的もなく、たまたま目に入った共同馬車に乗った。
教会からもらった給金のおかげでしばらく生活に困ることはない。
そのため、気ままに旅をしようと考えたのである。
馬車はずいぶんと田舎まで進み、小さな村の前でとまった。他の乗客は皆途中で馬車を下りたが、ゾフィーだけが最後まで乗っていたのだ。
「……なんだかこの村、雰囲気が暗いわね」
魔法が封印されたことで、国中どこもお祭り騒ぎになっているはずだ。にもかかわらず、なぜかこの村は空気が重たい。
不思議に思いながら村の中へ足を踏み入れる。
まず目に入ったのは、ぼろぼろになった教会だった。
(教会なら話を聞きやすいし、事情を教えてもらえるかもしれないわ)
そう考え、ゾフィーは教会の中へ入る。
すると、教会の床には多くの村人達が横たわっていた。
近くで聖女達が祈りを捧げているが、村人達の顔色は悪いままだ。
「旅のお方ですか?」
顔を上げると、一人の修道女がゾフィーのところへきてくれた。彼女の顔色もずいぶんと悪い。
「ええ。王都からきたんです。その、少し前まで、王都で聖女として働いていました」
「そうなのね。王都では、魔王が封印されて平和になっていることでしょう」
「……ここでは、違うのですか?」
「ええ」
頷くと、修道女はこの村のことを説明してくれた。
この村の人々は、魔王に食べ物を捧げる代わりに、魔物が襲わないようにしてもらっていた。
魔王は話のできる存在で、この近くでは魔物と人間は共存していた。
しかし魔王が封印されたことで、主を失った魔物達の統率が乱れ、村を襲うようになってしまったのだという。
「……魔王が人間を襲うというのは、嘘なのです。王都を魔物が襲うのは、魔王のせいではなく、魔王の支配が及ばないほど、王都が遠くにあるからなんです」
「では、魔王を封印しても、王都の人々の生活は変わらないということですか?」
「はい。すぐに、王都の人々もその事実に気づくでしょう」
話を聞いて、ゾフィーは決めた。
――そうだ、魔王を復活させよう、と。
◆
修道女の案内により、ゾフィーは魔王が封印されているという祠へと連れてきてもらった。
周囲には魔物がいたが、聖女であるゾフィーは基本的に魔物から襲われることはないのだ。
魔王は、祠の中央にあるベッドで眠っていた。周囲には、魔王を心配するように魔物達が集まっている。
おそらく、レオナルドに封印された魔王をここまで運んだのも彼らなのだろう。
「私に任せてください」
「……本当にできるのですか?」
「はい。私の祈りは、人の魔力を増やすらしいんです。きっと、魔王様にも効くでしょう」
目を閉じてゾフィーは祈った。
彼女を利用した挙句捨てた婚約者のためではなく、婚約者が封印した魔王のために。
魔王がまばゆい光に包まれる。そして、ゆっくりと目を開いた。
腰まで伸びた真っ黒な髪、頭に生えた二本の角、血のように赤い瞳。
人間とは異なる見た目の持ち主ではあるものの、とてつもなく美しい顔をしている。
「……お前が、俺を起こしてくれたのか?」
「ええ。貴方のために祈りました」
身体を起こした魔王は、じっとゾフィーを見つめた。
そして、明るい声で一言。
「決めた。お前を俺の妻にする」
「……はい?」
「運命を感じた」
魔王がゾフィーの手をぎゅっと握る。
その瞬間、身体の奥が熱くなるのを感じた。
(なにかしら、これ……)
「魔力を感じるだろう?」
「……魔力? 私には、魔力はないはずです」
聖女には魔力がない。しかし、代わりに『祈り』の力を持つのだ。
「人間の魔力と、魔族の魔力は少し違う。ごくまれに、お前のように魔族と近い魔力を持つ者がいるのだ」
魔王は、ゾフィーの頬に触れた。するとまた、身体が熱くなる。
「お前達の言う『祈り』と同じ効果だ。俺に触れられると、魔物達は魔力が強くなる。お前も同じようだ」
「……でも、私の『祈り』は、貴方に通じたわ」
人間と魔族の魔力が違うのなら、ゾフィーの『祈り』は魔王には通じないのではないか。
「ああ。だから、運命なんだ」
「運命……」
「俺はお前のおかげで魔力が強くなる。お前は俺のおかげで魔力が強くなる。いいパートナーだと思わないか?」
なるほど。
妻、という言葉に驚いたが、条件のいいパートナーだということを『運命』という言葉で表現したらしい。
(この人といれば、私自身が魔法を使えるようになるのかもしれないのよね)
レオナルドには散々、祈ることしかできないくせに、と馬鹿にされた。
人のために祈りを捧げる聖女が大事な職業だとは自覚しているが、ゾフィー自身、物足りなさを感じていたのも事実である。
「分かりましたわ。でも、いきなり結婚は早いでしょう」
物事には順序というものが必要である。
――だから。
「とりあえず、私と婚約しませんか、魔王様」
◆
「魔王を封印したはずなのに、どうして魔物が出るんだ!?」
ゾフィーが王都から去って10日後。
レオナルドは、国王に呼び出されていた。国王の隣には、婚約したばかりの王女が座っている。
「お前の封印が甘かったからだろう!」
「陛下、そのようなことは……」
「魔物が出たのがその証拠ではないか!」
ちら、と視線を向けても、王女はレオナルドを庇うような発言はしてくれない。
「お前に命じる。もう一度旅に出て、魔王の封印を確認してこい」
「そっ、それは……」
「できるだろう。お前は勇者なのだから」
まずい。
レオナルドは元々、魔法が苦手なただの騎士だった。
勇者と呼ばれるほどの力を身につけられたのは、元婚約者ゾフィーのおかげである。
しかし、現在ゾフィーとの婚約は解消し、彼女は教会で働くのを辞めて遠くへ行ってしまったと聞く。
ゾフィーの祈りがない状態で、前のように戦うことはできない。
「魔王の封印を確認してくるまで、娘との結婚は認めん!」
「そんな……」
「レオナルド様。わたくし、レオナルド様を信じて待っていますわ」
王女は瞳を輝かせ、レオナルドを見つめた。
彼女は無類の『英雄好き』で、レオナルドの告白を受け入れてくれたのは、レオナルドが勇者だからだ。
ここででできないと主張すれば、彼女はあっさりとレオナルドとの婚約を破棄するだろう。
「……分かりました」
頭を下げ、部屋を出ていく。
出口に向かって廊下を歩いていると、城で働く者達から冷たい視線を向けられ始めた。
王都が魔物に襲われる中、教会だけが魔物から襲われていない。
そしてそれが、『聖女』の祈りの効果だと、最近は周囲に広まりつつある。
「……くそっ!」
勇者レオナルド。
聖女の『祈り』を失い、初心者以下の冒険者になった彼の、新しい冒険の始まりであった。
◆
「ゾフィー。今日は火属性魔法を教えてやろう。代わりに、こいつらのために祈ってやってくれ。怪我をしたらしい」
魔王――エトムントが連れてきたのは、ぷよぷよとした可愛らしいスライム二体。
ゾフィーの祈りは、魔物の回復にも有効だったのだ。
「ええ。任せて、エトムント」
修道女の力を借り、ゾフィーとエトムントは村の近くの山小屋での共同生活を始めた。
彼に魔法を教えてもらう代わりに、ゾフィーは『祈り』で怪我をした魔物達を治してやる。
(魔物が人間を意味もなく襲うなんて、ただの思い込みだったんだわ)
意思疎通ができず、互いの利益を巡って争いに発展することがあるだけ。
魔王であるエトムントを通じて話し合いをすれば、魔物だってちゃんと分かってくれる。
それに、祈るだけでなく、自分で魔法を使うのは楽しいものだ。
次はなにを教わろうか、とゾフィーは毎日わくわくしながら過ごしている。
「ゾフィー」
「なにかしら?」
「明日は、街へ出かけないか。角は魔法で隠せるからな。デート、というやつだ」
ゾフィーをまっすぐに見つめ、エトムントが微笑む。
最初はただのパートナーとして始まった共同生活だが、共に過ごすうち、二人の間には恋が芽生えつつあるのだった。
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