弔辞
駄文すぎる
ダメだなこりゃ
父が死んだという知らせを聞いた時、私は時計を見た。
午後三時十七分だった。
なぜその時間を覚えているのかは分からない。どうでもいいものだけが妙に鮮明に残る。
机の上に置かれた冷めた珈琲。窓の外を走る車の音。
そして、父の死を告げた女の声。
「主人は、最後まであなたのことを気にしていました」 私は「そうですか」とだけ答えた。
悲しむふりをするほど、私は器用ではなかった。だが、喜ぶほど正直でもなかった。
父という存在は、私の中心にこそいないが、どこか密かに頭の端にいるような存在だった。
憎いと言えば嘘になる。
恋しいと言えば、それも嘘になる。
ただ、父がいないという事実だけが長い間、私の中に住みついていた。
私は弔辞を書く仕事をしている。
死んだ人間のために、生きている人間が聞きたい言葉を書く。
これは皮肉な仕事だと思う。人間は死者に真実を求めない。
死者に求めるのは、自分が納得できる物語だけだ。
「夫は優しかった。」
「母は厳しかったが愛情深かった。」
「あの人は不器用だっただけだ。」
私はそういう文章を何百枚も書いてきた。
そして、そのたびに思っていた。
人間は死んでから、ようやく他人に理解されるのだと。
父の弔辞を書くことになった時、私はすぐに書けると思った。
父について、私はよく知っているつもりだった。
私を捨てた人間。
家庭から逃げた人間。
謝ることをしなかった人間。
しかし、紙を前にすると一文字も出てこなかった。
憎しみというものは、意外にも記憶力が悪い。
長年抱えていたはずなのに、いざ形にしようとすると、輪郭が崩れていく。
私は父を十分に知らなかった。
知っていたのは、父がいなくなった後の自分の感情だけだった。
父の再婚相手から手紙を受け取った。父から宛てられたものだった。
私はすぐには開けなかった。開ければ、何かが変わる気した。
中には短い手紙が入っていた。
『お前に謝らなければならないことがある』
謝罪。
その言葉だけで、私は満足してしまいそうだった。長い間欲しかったものだった。
父が間違っていたという証明。
私が正しかったという証明。
それがあれば、今までの人生を胸を張って悲劇にできる。
続きを読んだ。
『しかし、何を謝ればいいのか正直に言うと分からない』
『お前にとって私は悪い父親だったと思う』
『それを否定する資格は私にはない』
『ただ、一つだけ覚えていてほしい。私は、お前が私を嫌うほどお前のことを考えていた』
そこで手紙は終わっていた。嬉しくはなかった。感動もしなかった。むしろ段々と腹が立った。
なぜ今さら、こんな半端な言葉を残すのか。
なぜ生きている時に言わなかったのか。
死んだ人間は卑怯だ。
何を言っても、もう責任を取らなくていい。
葬儀の日。私は白紙の弔辞を持って壇上へ上がった。
父の知人たちは、私が父について美しい話をすることを期待していた。
私は紙を開いた。
「父は、立派な人ではありませんでした」
会場がざわついた。
「優しい人でもありませんでした」
言葉を続ける。
「私は長い間、父を許せませんでした」
そこまでは本当だった。しかし、次の言葉が出なかった。
私は父を許したかったのではない。許せない自分を失いたくなかったのだ。
父を憎んでいる間だけ、私は父と繋がっていられた。
その事実に気づいた時、吐き気がした。
私は言った。
「父がどんな人間だったとしても、私は父を理由にして生きてきた。その事実だけは変わりません」
そう読み終えると私はそそくさとその場から離れた。
私は父からの手紙を捨てることはしなかった。
ただ、折りたたんで財布に入れた。
それが愛情なのか、未練なのか、私には分からなかった。
数年後、私は父の手紙を失くした。どこで落としたのか覚えていない。結局、探しもしなかった。
父の言葉が消えても、父への記憶が消えたわけではない。
ある朝、私は鏡の中に自分の顔を見た。
そこには、父に似た表情が浮かんでいた。
私は初めて気づいた。私は父を忘れられなかったのではない。
父のような人間になることをずっと恐れていたのだ。
そして自分が嫌い恐れていたものに、よく似ていく。
私は父をさほど憎んでいたのではないのかもしれない。
本当に恐れていたのは、いつか自分も、父と同じように誰かの記憶の中で憎まれる人間になるのではないかということだ。




