電気魔王ツブアン 逆襲のニャア序
連邦に潜入し、新型兵器の情報を入手せよ。
設計書が理想だが、テスト項目書でも手順書でも構わない。企画書でも稟議書の類でも十分とする。媒体も問わない。紙でもデータでも写真や動画、なんでも良い。
それが今回、ニャア大佐とふたりの部下ホッケとアジに課された任務。
「左遷って事じゃよなぁ」
期限は3年、収穫があるまで帰って来るな。
これが左遷でなくで何だというのか?
ニャア大佐には、この任務が軍の上層部か貴族共の嫌がらせとしか思えなかった。
「公費で観光出来るって事じゃないですかぁ」
部下のホッケは、のんきな口調でそんなことを言う。
「観光ねえ? ここで?」
ニャア大佐は、とてもそんな気分になれない
街の風景は、灰色でくすんでいる。
連邦の地方都市へ向かう鉄道車両の中は、しょぼくれた連中で一杯だった。
何かの刑罰だとしか思えない。
帝国で犯罪者を運ぶ護送車両の方が、ずっと快適だ。
こんな所で、最長3年も?
左遷ではなく、実質解雇かも知れない。
今も目の前を通り過ぎる連中には人間らしさというものがない。
無駄にふんぞり返った集団が居る一方で、暗い目をして肩を落とし力なく歩く者達が居り、格差社会のコントラストをなしているが、どちらも楽しそうには見えない。
あちこちに警備の制服を着た者が立っているが、彼らの目は何も捉えてない。今日の晩ご飯どこで食べよう、飲みに行くのもいいかなぁ、なんて考えているのだろう。この世の平和に身を捧げている様には到底見えない。
「ここですよね?」
「ここで間違いないじゃろ」
タケゾウ工業の本店工場。
3人は今、そのエントランスホールに居る。
ここから先へ進むためには、入館証が必要なようだ。
もちろん、潜入工作員である3人が、そんなものを持っているわけがない。
この場所へは、求人情報を頼りにやって来た。
『エンジニア急募! 新型兵器の開発をお手伝いするお仕事です。
快適なオフィスで最先端のお仕事! おしゃれなカフェで仲間とランチ!』
罠としか思えない文句が並んでいた。
まさか、人を集めてネジにでもする気か?
事実であるなら、求める新型兵器はそこにある。
確認するためには現地へ行くのが手っ取り早い。
だから、こうして3人で訪れた。
ホール内には、他にも同じように立っている者達が、そこかしこに沢山居る。
来客なのか、新しくやって来たおしゃれな仲間なのか。
お陰で、ニャア大佐達も目立たずに居られる。
しばらく、ゲートを行き交う者達を観察する。
「まただよ! 企画七課のキモデブ野郎っ」
受付カウンターの女性が、舌打ちしつつ隣の同僚へこぼしている。
受付は若くて見た目のよろしい女性、警備は年老いた男性。
ここにも、この社会のコントラストがある、
「多様性を確保して、継続可能な社会を実現します!」
というプロパガンダがホールの壁に大きく掲示されているが、あれが訴えているのは一体何だ? と首を傾げたくなる。
「開発四課じゃなくて?」
「そっちもだけど。忙しいんだから、電話してくんなってさ。てめぇに来客が来てるっつーの! 確認の電話してんだこっちは」
「あー、さっきからダブルブッキングした来客が立て続けだもんね」
「もう電話確認なし、フリーで通しちゃおう、いつもの事じゃん」
「どっちみちうるさいんだから、楽な方でいいよね」
継続可能な社会を実現中だね。
ニャア大佐達にとっては、実に都合の良い状況。
即断即決の人、ニャア大佐は即座に行動を開始する。
「よし行くのじゃ」
「はい」
ニャア大佐達は、受付で「企画七課」と訪問先を告げる。
「あのキモデ、キモーラのお客様ですね?」
「はい、打ち合わせでお伺いしました」
企画七課のキモーラなどもちろん知らぬが、ニャア大佐は堂々と告げる。
「では、こちらのカードをどうぞ」
「キモーラさんの出迎えを待たなくていいんですか?」
「あー、あれは忙しいのでぇ」
もちろん、出迎えに来られたら困るわけだが。
大佐の推測通り、この工場の入館セキュリティはザルだ。
社内連携が破綻しているが故、身元確認も何も無しに通してくれた。
ニャア大佐は受け取ったカードを二人の部下にも手渡す。
さもいつも来てますという風情で、3人でゲートにカードを翳し通り抜ける。
「罠じゃないですか?」
部下のアジが耳打ちするが、そう思うのは当然だろう。
新型兵器の開発施設だぞ? 何故こんなに簡単に侵入出来るのだ?
ただし、これは罠ではなさそうである。
まったく同じ感じで、多数の者がゲートを通過しているからだ。
中には、カードを持たずに、前の者にくっついて抜ける者まで居る。
駅の改札で同じ事をすれば、完全にキセル行為となる犯罪なのだが。
警備も何も注意しないから、これが常態化しているのだろう。
ゲートを抜けるとすぐにエレベータホールがある。
適当な集団へついて行き、大佐達3人はエレベータに乗る。
周りの連中は、エレベータを待つ間もぎゃあぎゃあうるさかったが、密室内だと声が反響して余計にうるさい。
ここが帝国なら大佐が斬って捨てるところだ。
「コスギソフトのあいつら、マジ最悪な」
「サイトーだっけ? サトーだっけ?」
「キモーラのバカといい勝負だろ」
「関節の制御モータ作ってんだっけ?」
「制御プログラムの方だろ」
「あいつらにそんな繊細なもの作れたか?」
「どうせ派遣の連中だろ? 実際にやってんの」
「どいうでもいいよ、ツブアンとかいうポンコツ」
「ツブアンなあ、わざわざ一般公募して和菓子かよ」
「和菓子屋のネーミングライツかよ」
「まじでそうらしいぞ」
「終わってんなあ、このクソ会社」
周りの連中の会話に、機密情報が混ざってやしないか?
大佐達は耳を疑ったが、そこに希望を見出す。
無理だと思えたこの任務、成功するかも知れないぞ?
社内を進んでいくと、人通りが少なくなっていった。
これ以上うろつくのは、怪しまれるか?
手近な部屋に入ろうと試みるが、ゲストカードでは入れないようだ。
「引き上げますかぁ?」
「いや、もう少し待つのじゃ」
部下は撤退を具申したが、大佐は周囲を観察し突破口を考察する。
同じ様に所在無さげに、壁際でぼーっと立っている者が数名居る。
何故だ?
扉が開き室内から誰かが出て来ると、彼等は行動を起こした。
開いた扉から、さも当然とばかりにぞろそろと入室して行ったのだ。
まさか同業者か?
いや、だとしたら動きが目立ち過ぎているぞ。
ともかくチャンスだ、大佐達はそれら後に続いて入室する。
「おい! 遅せーぞ、おめーら!」
「まだ入館証がなくて入れなくて」
「あぁ!? 連絡くらいしろよバカがっ」
「いや、携帯は持ち込み不可ですよね?」
「はぁ? そんなもん知るかボケ。お前ら今日の給料なしな」
「いや、ちょっとそれは」
「さっさとやれ、派遣が口答えするな」
なるほど?
派遣というのは、帝国でいう奴隷の事だろうか?
だとすると、奴隷が重要な開発工程を担っている事になるのだが、まさか開発の完了と共に貴重な奴隷を口封じで処分するのだろうか?
連邦のやる事は分からない。
ただ、ここでは入退室は実質フリーということは分かった。
室内では、自席が無くうろうろしている者までいる始末。
急募した人員に対して、入館カードの発行も、作業場所の整備も、一切が追いついていないのだろう。これほど、潜入に向いた施設は帝国ではあり得ない。
大佐達は、その後も同じ要領で工場内の探索を続けた。
そして、そろそろ昼食の時間となりそうな頃、倉庫に辿り着いた。
「カフェでオシャレなランチタイムが始まりますよ」
「それも興味はあるが、この倉庫にある物の方がオシャレじゃろ?」
「いやまさか、これ実物ですか?」
訝しるのも無理はない。
機密である新型兵器がある場所まで、あっさり辿り着けたのだ。
侵入した倉庫の片隅に、巨大なヒト型の機械が座っている。
外の雑貨屋前で見た、路上に座り込む若者達の様な姿勢だ。
「ツブアンというよりテバサキですねぇ」
ホッケは腹が減っているのか、そんな事を言う。
その表現は言いえて妙だった。
大きさは帝国の電気魔獣と同じ程度だろうか?
立てば全高12メートル、ヒト型の兵器。
連邦のソレは、ずんぐりとした電気魔獣よりも鋭角な意匠だ。
猛禽類を思わせる、引き締まった造形。
帝国の電気魔獣の方が余程ツブアンと呼ぶにふさわしい。
「これが電気魔王というやつじゃろ」
電気魔王とは、随分と仰々しい名称だが、それが連邦の新型兵器。
帝国の電気魔獣を倒してやろうという意味を込めているのだろうか。
和菓子屋のネーミングライツにより、ツブアンとも呼ぶらしい。
ここに来るまでに、こいつの名称など断片的に手に入れた。
ただし、帝国へ持ち帰れる物は確保出来ていない。
どこも人が多過ぎて、書類も端末も奪うのが厳しかったのだ。
携帯は持ち込み禁止とも聞いたし、撮影も出来ていない。
潜入工作用に、小型のカメラなどがあれば良いのだが。
今回は何も支給されていない。
「おい! そこの赤いの! それ片付けておけよ!」
付近を歩いていた工場の社員らしき者に、いきなりそう告げられた。
こいつが、キモーラだろうか? 別に誰でもいいが。
「赤いの? このストラップの事ですかね?」
「これゲスト用じゃないんですね」
「おそらく派遣という奴隷用じゃろ。受付が間違えたな」
キモーラが、再び声を荒げる。
「おい、早くしろよ! 俺が昼めし食って戻って来るまでにやっとけよ!」
キモーラはそう言うと、足早に去って行った。
ニャア大佐はニヤリと笑った。
片付けろと言うならば、片付けてやろうじゃないか。
何処へとも聞いていない。
「この電気魔王を強奪するぞ」
これが電気魔獣と同等の力を備えているならば、実力で逃走出来る。
実物に勝る情報などあるまい。
この任務の成功が見えてきたぞ。
今、目の前に現物がある。
資料が無理なら、現物を持ち出せばいいじゃない。
兵器なのだから、制止する者は実力で排除すれば良い。
むしろ、こちらの方が楽だとニャア大佐は考えた。
「また大佐が無茶を言い出したよ」
無茶ではあるが無理ではないと、部下はうんざりしながらも思った。
「我々に操縦出来ますかね?」
「やってみれば分かるじゃろ」
大佐達は、帝国の電気魔獣を操縦出来る。
電気魔獣の開発にテストパイロットとして参画していたのだから。
しかし、帝国と連邦では自動車の操縦系統すら異なる。
複雑なヒト型機械ともなれば、全くの別物であろう。
「んー、このマカロンみたいなのがクラッチかなぁ? 」
ホッケは深く考えずに手近な機体の操縦席に乗り込むなり、あちこちを無造作にガチャガチャといじり出す。
「このアメリカンドッグはぁ? 前進と後退?」
オシャレなランチに未練があるのだろうか。
ホッケには、操縦桿などが全て食べ物に見えるようだが。
どういう事だろうか? マカロンもアメドも見たことあるぞ?
「隊長ー、こいつ、おまんじゅうと同じ構造ですよー」
おまんじゅうとは電気魔獣の事。
帝国騎士の間では、電気魔獣はそう呼ばれている。
「こんなオモチャが、我々騎士に勝るはずがない」
そういう侮蔑が込められたダジャレで、ホッケが言い出した。
電気魔獣を推進する貴族達に、大佐が疎まれるのは当然だろう。
「連邦の魔王が、まんじゅうと同じじゃと?」
大佐も数字のゼロが書かれた機体に乗り込んだ。
この場には、ちょうど3機の電気魔王がある。
「大佐? 3つすべて持って行くつもりですか?」
電気魔王の操縦席は複座、しかも後方はベンチシート。
3人でひとつの機体に同乗してもいいだろう。
しかし、3機に対してちょうど3人居るのだから、全て奪ってしまおうじゃないか。
大佐達は、一騎当千の騎士なのだから、1人1機の方がいい。
「まずは起動出来るかどうかじゃ。生体認証でもあったらアウトじゃ」
「では、私も別の機体に搭乗しますね」
アジは、1と書かれた機体に乗り込む。
数字は号機だと考えていいだろう。
ホッケが乗ったのは3号機なので、きっと2号機は他の場所にあるのだろう。
「試作機でしょ? 生体認証なんてないでしょ」
ホッケは無造作に電源らしきトグルスイッチを押す。
複数並んだモニターが一斉に明るくなった。
「ピンコードの入力画面が出ました」
「そっちもか」
3つの機体全て、モニターが同じ画面まで遷移した。
「4桁の数字みたいですよ」
「何故、分かるのじゃ?」
「3回間違えたら、4桁の数字しか入力できませんって、表示されました」
ホッケは早くも3回失敗していた。
他の上官であれば独断専行だと叱るところだ。
さっさと搭乗したのもそうだが、行動する前に相談しなさい、と。
それ以前に、命令を待ちなさい、とも言われるだろう。
しかし、大佐はホッケの行動を予測した上で勝手にさせている。
その方が良い結果になると考えたからだ。
もちろん叱らない。
「5回間違うとロックされますので、ご注意を」
そう言うからには、もう5回間違ったのだろう。
さも手柄であるかの様に報告するので、むしろ微笑ましい。
「4桁の数字って自転車のチェーンロックよりチョロいじゃないですか」
そうは言っても1万通りもあるのだ。
闇雲に試して5回以内に当てられるものではない。
「ちょっと姉さん、なんでこっち来るんですか」
ホッケはロックさせた3号機を捨て、1号機へ潜り込んだ。
「そりゃ私だって大佐の方に行って、クンカクンカしたいよ」
ホッケとアジは双子の姉妹である。
一卵性なのだが、気性や考え方は大きく異なる。
ホッケは、考える前に行動し、何事も楽しもうとする。
アジは、慎重に考え、常に最悪の事態を想定する。
ニャア大佐を、ホッケは隊長と呼ぶが、アジは大佐と呼ぶ。
ホッケはポニーテール、アジはふたつ括り。
何もかもが揃っていない双子の姉妹なのだ。
暗闇で見た時に光る瞳だけがソックリ。
先祖に猫魔獣がいるらしく、ちょっと猫っぽい。
「ホッケはそのまま、1号機に居るのじゃ」
大佐の0号機は、操縦席のドアが自動で閉まっている。
3号機を捨てたホッケが、アジの1号機へ移動したのは、そのせい。
「このままじゃと降りる事もできんのう」
大佐は少しだけ焦る。
閉まったドアの開け方さえ分からない。
おまんじゅうと同じだとホッケは言ったが、0号機だけは違うのだ。
しかし、4桁のピンコードは同じなのではないだろうか。
大佐は、そう仮定して4桁の数字を推測する。
キモーラは、面識のない自分達に片付けを指示した。
ここのスタッフは全員がピンコードを知っているのだろう。
きっと分かり易い数字に違いない。
「隊長、オシャレなランチはAセットが980円だそうです」
「もしかして姉さん、0980を入力したの?」
「ううん。9800もダメだったよ」
「Bセットはいくらなのじゃ?」
「1980円です。それは試してません」
オシャレなランチ高くない? と大佐は思った。
帝国のランチなら500円でお釣りが来る。
社員食堂ならもっと安い。
いや、物価が違うのだろう。
鉄道の料金も、帝国の3倍近くした。
連邦は若い国家だが、経済活動は活発で技術の発展も勢いがある。
一方で帝国は歴史の長さだけが取り柄とまで揶揄される。
経済的には安定しているが、連邦の様な勢いは無い。
経済力の差が、物価にも表れているのだろう。
「連邦に侵入して新型兵器に乗ったった、送信っと」
「姉さん? 何をしているの?」
「バイトテロごっこ」
手持ち無沙汰になったホッケがSNSへの投稿を始めた。
軍事機密がダダ漏れになっているが、それは連邦全体がそうなので、問題にはならない。
これは帝国軍部への報告なのだ。
貴族連中は、目を吊り上げて怒るだろうが。
ただ、これが工場の管理者達にバレたら、さすがに警戒するか?
キモーラが、オシャレなランチを切り上げて戻って来るかも。
急いだ方がいいだろう。
「大佐、まさかと思いますがー」
「どうしたのじゃ?」
「モニターに、付箋が貼ってありましてー」
「4桁の数字が書かれておるのか?」
「これピンコードですね!」
「姉さん? 勝手に入力しちゃったの!?」
1号機から低いモーター音が鳴り響く。
徐々に高い音へ変化していき、関節の擦れ合う音が鳴り始める。
操縦席のドアも自動で閉じ、やがて。
「立ったー! マカロンが立ったー!」
「姉さん、勝手に名前を付けないで頂戴」
0号機がツブアンなのであれば、1号機がマカロンでもいいだろう。
1号機の事は、マカロンと呼称しよう。
「連邦の技術者はアホなんじゃろうか?」
ツブアンも立ち上がった。
こちらもモニター脇に付箋があったのだ。
しかも、1234。1号機は、0000だった。
こんなの試そうとも思わないから逆に安全かもね?
スムーズな動きでマカロンが歩き出した。
「大佐、こいつ、おまんじゅうと同じ操縦で動きますよ」
「帝国の技術者が亡命した噂があったじゃろ?」
「あれは事実だった? これ、おまんじゅうの開発者が作ったのでしょうか」
あり得る。
むしろ、そうでもなければ説明が付かないだろう。
帝国の電気魔獣が発表されたのは先月の事だ。
たったの一ヶ月で同等のものが作れるはずがない。
「貴族のボケが研究所の資金抜いてますからねぇ」
「こっちの求人の時給、帝国の300倍ですもんね」
帝国の技術者達が亡命するのは当然だ。
連邦はこの勢いで帝国へ攻め込むだろう。
しかし、今これを持ち出せば戦局は大きく変わるだろう。
「私達、今歴史を動かしてませんか?」
「はっは! バイトテロで歴史が動いてしもうたか」
「私が動かしたのはマカロンではない、歴史だ。送信っと」
「バイトテロが歴史的な名言を残さないでよ、もう」
不安を掻き立てる音色が、突然工場全体を包んだ。
「これ警報ですね? もうバレましたか?」
「そうじゃろか? 」
その可能性は十分ある、いやむしろ、バレない方が異常だ。
だとすると、ここに人が来るのではないだろうか?
しかし、周囲には誰も居ない。警備員すら居ない。
みんなオシャレでお高いランチを堪能しているのだろう。
「従業員のみなさんは避難して下さい」
機械的な音声でアナウンスが流れる。
避難ということは、災害でも発生したか?
それとも、まさか空襲警報か?
「帝国軍と思われる軍隊が接近中です」
空襲警報だった。ここは国境が近い。
ホッケのSNSを見て帝国軍部が行動を起こした?
いや、さすがに対応が早過ぎる。
では、この急な進軍の目的は一体なんだ?
「どうであれ、急ぐのじゃ」
「先に行きます!」
操縦法を掴んでいるマカロンが先に出る。
大佐はまだツブアンの操縦を掴んでいない。
マカロンが倉庫から出ると、辺りは騒然としていた。
どちらへ行けば分からず右往左往しているのは派遣だろう。
入館証すら持たされていないのだ、きっと避難場所も知らされていないのだろう。
奴隷の命を軽んじるとは、連邦の連中に人の心は無いのか?
「どけよ! クソが!」
「あの、どちらへ行けば」
「知るかボケ! 下請けが助かろうとすんな!」
「そうだ! せめて俺等本社の邪魔をするなよ!」
怒号と悲鳴が飛び交う。
この国はどうなっているのだ?
帝国では奴隷の命を見捨てたりはしない。
貴重な労働力だから当然の事だ。
命を張るのは騎士の仕事だ。
魔獣に対する差別は根強くあるが、ここまでじゃない。
猫魔獣の血をもつアジとホッケは帝国では苦労した。
でも、こんな目に合ったことはない。
電気魔獣の呼称だって、魔獣との融和を目的としている。
連邦では同じ姿をしたニンゲン同士が、突き飛ばし踏み付け。
奴隷達の尊厳など欠片も無い。
「こいつらは、もう助からんじゃろな」
「大佐! 動かせたんですね?」
マカロンの背後すぐまで、ツブアンがやって来た。
「うん。これ音声入力で動くわ」
「え? それって帝国でもまだ研究段階ですよね?」
自動車のナビシステムですら音声入力は誤動作が多い。
兵器に搭載するなんて、まだまだ無理がある。
帝国ではそれが常識なのだが。
「ただの音声入力じゃのうて、AI搭載なんよ」
なるほど、機械の方がある程度自律行動するのであれば?
可能性があるのかも知れない。
実際に、目の前で動いているのだし。
「ワシの雅言葉にも反応するんよ」
大佐は帝国の地方出身だが、そこはかつての都だった。
大佐は、その都に住んでいた皇族の言葉を話す。
皇族の末裔だからだ。
今は、帝国の植民地でしかなく、皇族の権力も残っていない。
大佐は、出世するのに苦労した。
「我と同等の敵機の接近を確認した。迎撃しますか?」
ツブアンのAIが大佐に話しかける。
「それはワシの友軍なんよ。あと、話し方を萌え萌えにできんじゃろか?」
「萌えですか? 少々お待ち下さい。データベースを検索します」
ツブアンにあるなら、マカロンにも同じものがあるのでは?
しかし、マカロンには搭載されていないようだ。
ツブアンは実験機としての性格が強いのかも知れない。
「同等の敵機って、やっぱりおまんじゅうじゃろなあ」
「でしょうね。まさかこんなに早く実戦に投入するなんて」
敵機との距離は、もう1キロをきった。
周囲は高い建築物が多く、まだ姿は見えないが。
ここを目指して進んでいるようだ。
いずれ遭遇するだろう。
帝国の魔獣と、連邦の魔王が出会った時、歴史は更に動き出す。
帝国の電気魔獣は、いきなり大きな銃を撃ってきた。
「連邦の軍隊は何やってんですかー!? 帝国の電気魔獣の強襲ですよー、迎撃しないんですかっ!?」
狙われたマカロンは、足元の自動車を蹴り上げて盾にする
この大胆な行動は、ホッケの操縦だろうか。
ツブアンに乗る大佐からは、マカロンの操縦席は見えない。
電気魔獣と電気魔王の違いは操縦席にもある。
どちらも腰のすぐ上、人体で言えば子宮の辺りに操縦席がある。
帝国の開発部門では操縦席を魔獣の子宮とも呼んでいる。
違いは、その構造だ。
電気魔獣の操縦席は開放型で、操縦者は外を直接視界に捉える。
電気魔王の操縦席は閉鎖型で、カメラを通した視界で外を確認する。
ツブアンの操縦席では、50インチのモニターが外の様子を表示している。
至近距離で50インチは、迫力はあるが、少々目に厳しい。
これならばリモート操作で良いのではないだろうか?
入力の遅延を嫌って搭乗させているのか、別の目的があるのか。
「考察するのは後じゃな」
ニャア大佐は覚悟を決めた。
帝国のおまんじゅうを食ってやろう、と。
ホッケの投稿を見たのなら、電気魔王に乗っているのは大佐達だと分かるはず。
それが、大佐達とは一切の連携をとらず、いきなり攻撃してきた。
潜入調査を命じた一派とは、別の派閥の作戦なのか。
他の部隊と連携のとれていない作戦は珍しくないし。
帝国の貴族達は、軍部を派閥争いの道具として私物化しているから。
どうであれ、もう戦闘は始まってしまった。
電気魔獣と通信をしている暇はない。
そもそも通信の暗号化方式もプロトコルも異なるのだ。
こちらも開放型の操縦席であれば大声で会話出来たかも知れぬが。
「おい、迎撃じゃ。武装はあるんじゃろか? ツブアンや」
「んー、何も無いよ? だってここ民間の企業だもん」
萌えキャラデータのインストールが完了したらしい。
ツブアンのAIは軽い口調で返答した。
「なんじゃあ? お前は兵器じゃろうに、それでええんか」
武器になりそうなものは無いか?
全長12メートルのヒト型だ、専用の武器が必要だ。
そんなものは汎用で存在しない。
帝国の電気魔獣が装備する銃は、戦車の主砲を転用したものだ。
そもそもが、電気魔獣は元から兵器ではない。
建設現場での作業や、災害出動を目的に開発されていた。
軍部を管轄する貴族が資金を投入し、軍事転用されたのだ。
手の指は6本の多関節マニピュレータなど、兵器にしては繊細なスペックなのはそれ故。
先月の発表会では、デモンストレーションで目玉焼きを焼いた。
マニピュレータで器用に卵を割った瞬間に、会場はどよめいた。
器用だね、先進的だね、と。
兵器として評価は聞かれなかった。
しかし、開発費用を出した貴族達は、兵器として成果を出したい。
だから、半ば強引に連邦に侵攻させたのだろう。
だがやはり、繊細な電気魔獣は戦闘向きでは無いのだ。
戦車の主砲を撃った電気魔獣は、撃った反動でマニピュレータが破損。
他に武装らしい物は見当たらない。
蹴り上げた自動車でうまく砲弾を受けたマカロンが電気魔獣に迫る。
電気魔王の手は繊細なマニピュレータではない。
解体現場で使う重機の様な、大きな2本爪の形状だ。
実際に、そういう用途で開発されていたのかも知れない。
マカロンは、その爪を、銃を取り落とした電気魔獣に振り下ろす。
電気魔王も鋼鉄の塊を殴る想定は無かったらしい。
振り下ろした腕の関節が破損、それでも電気魔獣を大きく変形させた。
もう一方の腕で、変形させた電気魔獣を掴むと、放り投げる。
投げた先には、もう一台の電気魔獣。
大型トラック同士が追突事故を起こした様なものだ。
二台の電気魔獣は大破した。
しかし、マカロンも稼働不能になってしまった。
電気魔獣の重量は吊り下げ耐荷重を超えていたのだろう、腰も痛めた様だ。
大佐は、武器として鉄骨を選択。
倉庫の拡張か新設でもするのだろう、すぐ近くに鉄骨が積んであった。
「ツブアンよ、鉄骨を掴んで、敵の操縦席に突き刺すのじゃ!」
「わー、えっぐーい」
作ってる連中よりもツブアンの方が、やさしい情緒があるようだ。
しかし、鉄骨を掴むと、投擲の要領で投げた。
槍として刺すと反動が返ってくると判断したのだろう。
マカロンの戦闘を観測して学習したのか、優秀なAIである。
投擲した鉄骨は、電気魔獣の剥き出しの操縦席を、深く貫いた。
操縦者が死んでしまえば、ただの鋼鉄の塊に過ぎぬ。
「うわー、この騎士知り合いじゃったかのう」
ニャア大佐は、少しだけ後味が悪かった。
自分だったら、今の様な死に方は嫌だ。
王女を守って、剣で斬られて死ぬのが理想だ。
死に様こそが、騎士の生き様なのだから。
電気魔獣は残り2機。
ツブアンは今倒した電気魔獣を盾にして接近する。
既に搭乗者は死亡しているので人質にはならないが。
高価な機体を破壊することを躊躇したのだろう。
ツブアンと対峙する電気魔獣は、対応が遅れた。
手にした戦車砲を構えた時には、潰された電気魔獣が飛んで来ていた。
ツブアンが盾にした電気魔獣を投げたのだ。
先ほどと同じように電気魔獣は大破。
しかし、ツブアンは腕も腰も痛めていない。
試作0号機だから、コストと品質のバランスを模索中だったのか。
2号機のマカロンと比べて、過剰品質なようだ。
マカロンは量産化前提でコストダウンされているのだろう。
だとするとAIは採用を見送られた欠陥品なのだろうか?
すかさず残りの機体へと攻勢をかける反応を見るとそうは思えないが。
自身の強度を確信したのか、今度は操縦席に腕を突っ込んだ。
操縦する騎士を捻り潰した。
卵を割るのは無理だろうが、人間の頭蓋骨は簡単に割ってみせた。
「ツブアンや、ワシの部下を回収するのじゃ」
「親分と同じ女の子でやんすか?」
「おまえ、性差別する気かあ? AIのくせに」
「そりゃ可愛い女の子の方を乗せたいでしょ」
このAI、優秀過ぎない? そんな感情まであるの?
ニャア大佐は、驚くばかりだ。
連邦の最大の成果は、ツブアンの機体よりも、このAIではないだろうか?
「AIのくせにって、それこそ差別でーす。AI差別でーす」
「ほうじゃな。すまんかった」
滅多に他人に謝罪などしない大佐が非を認めて謝った。
そんなやり取りをしている内に、ホッケとアジが駆け寄ってくる。
ツブアンは座り込んで、操縦席のドアを開け、ふたりを受け入れる。
「うっひょー! すっとんつるりんな小さな女の子だよー!」
「え? なんですかコイツ、こわっ」
ハイテンションに騒ぐツブアンに、ドン引するアジ。
感情どころか性癖まで持っている?
このAIを学習させた研究者のものだろうか?
確かに、こわい。
「これでも17歳です、失礼ですね」
小さな女の子扱いは心外だと、アジが訴える。
ホッケとアジは17歳、ニャア大佐は19歳。
19歳で大佐にまで昇格したのではない。
大佐というのは二つ名のようなものだ。
帝国の騎士である彼女達には、軍部の階級は無い。
軍では大尉相当の、帝国王女の近衛騎士である。
ホッケとアジは、ツブアンのリアシートに並んで座った。
リアシートには2人分の端末がある。
どういう用途なのかは、まだ分からない。
開発用の計測機器なのかも知れない。
キーボードが付いているので、ピンコードの入力は楽そうだ。
「大佐、どうします? これって反逆罪になりますかね?」
帝国の兵器を破壊してしまったのだ。
アジはそう懸念するが、操縦席の中は見られていない。
いや、たった今、ホッケとアジが乗り込んだか。
何処かに観測部隊が潜んでいれば、見られただろう。
それ以前に、ホッケがバイトテロ感覚で、SNSに自白していたか。
「お、この端末、マップ入ってますよ」
ホッケがリアシートの端末を好き勝手に操作している。
「ナビゲーションも出来るんじゃろか?」
「そっちのモニターとも連携出来るみたいですね」
一種の異能かと思える程に、ホッケは操作を直感で理解する。
連邦製のユーザーインタフェースが優秀なのだろう。
帝国製だと、こうはいかない。
貴族が好き勝手に口出しするからだ。
貴族の設計レビューを繰り返すと、どんどん複雑になっていく。
貴族同士が連携しないから、相反する要素もてんこ盛りになる。
「んー? 400メートル先まで直進? 行き先はどこなのじゃ?」
大佐の目の前にあるモニターにナビの指示が表示される。
行き先を入力して指定したのはホッケだ。
「オシャレなカフェです!」
ホッケは、まだ拘っていたらしい。
そんなに、お腹が空いているのか。
17歳は育ち盛りだから、当然だろう。
「姉さん、オシャレなカフェでどやーしてる場合じゃないよ?」
「どやーする端末持って来てないしね」
「そうじゃなくて」
ニャア少佐は、これからどうするべきかを考える。
おまんじゅうを食らう事は即決したが、その後の事は未定のまま。
「どうするべきかよりも、どうしたいかじゃろうか」
「そうですよー、ぼんやりしてたら、私達も、あっという間に合法ロリーヌ。花の乙女でいられる期間は短いんです」
「そうですよ、ツブアンやマカロン並みに賞味期限は短いんです」
「なんじゃそれ? お前ら既に合法ロリーヌじゃろ」
「大佐もそうだと思いますけど」
ロリーヌはともかく。
今、したいことは何だろうか?
「王国の王女をクンカクンカしたいです!」
「かなりの美少女らしいですけどね」
「公開されている写真は影武者らしいからねー」
「実際にどうかは分からんか」
部下達が、どこまで本気で言っているのかは分からないが。
大佐は別に美少女に興味はない。
「見た目と裏腹に、いや見た目通りに? へんたいさんらしいですよ?」
「隊長がそうだもんねー」
へんたいさんにも興味は無いし、決して同じではないと大佐は思う、
ホッケとアジの認識は違うようだが、大佐にそんな自覚は無い。
しかし。
新たな主君を得るのも悪くない。
帝国の王女は、見た目は良いが邪悪な存在だ。
合法ロリーヌどころか、悪魔ロリーヌ。
国民は実態を知らないので、アイドル扱いだが。
へんたい王女の方がマシだろうか?
「ツブアン、王国の王都まで行けるじゃろうか?」
「王都のマップなんかあるわけないでしょ」
それはそうか。
王都とは帝国も連邦も国交が無い。
観測衛星が捉えた地形データくらいしか無い。
「王国の国境までならー、うーん、ギリギリかなっ?」
「ほいじゃー、王国まで移動するのじゃ!」
「のじゃー! 親分!」
「のじゃー! 隊長!」
「のじゃーってなあに? 王国へ行くのはツブアンも了解だよー」
ツブアンの言うギリギリの意味するところは気になるが。
ニャア大佐達は、王国へ行く事にした。
「連邦のツブアン盗んだったワロス、送信っと」
「姉さんは、まめですね」
「ツブアンだけにね」
3人の騎士と、電気魔王ツブアン。
彼女達を待ち受けるのは、祝福なのか、それとも厄災なのかー。




