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「獣臭い」と婚約破棄されましたが、拾った黒猫は「夜だけ呪いで黒猫になる冷徹皇太子」でした。 〜昼は塩対応なのに、夜は「猫じゃらし」に釣られて膝に乗ってくるのは反則です〜

作者: おーあい


「リナ! 今日をもってお前との婚約を破棄する! この獣臭い女め!」


 王宮の夜会。

 私の婚約者である第一王子・エドワード様が、顔を真っ赤にして叫びました。


 彼の隣には、香水の匂いをプンプンさせた(虫除けになりそうなレベルの)伯爵令嬢が張り付いています。


「理由は明白だ! お前はいつも動物まみれで、ドレスも毛だらけ! 王族の品位に関わる!」


 エドワード様が私を指差します。


 私、リナ・フォレストは、生まれつき『動物に異常に好かれる体質』を持っています。

 歩けば小鳥が肩に止まり、座れば猫が膝に乗り、森に行けば熊がハチミツをくれる……そんな体質です。


 確かにドレスには猫の毛がついているかもしれませんが、獣臭いというのは失礼です。

 ちゃんとお風呂に入っていますもの。


「エドワード様、動物たちは私の友達です。それを汚らわしいとおっしゃるのですか?」


「ああそうだ! お前のような野蛮人は、隣国の『野獣帝国』へでも行ってしまえ!」


 野獣帝国――隣国ガレリアのことです。

 武力が強く、森と共存するその国を、エドワード様は常々見下していました。


 その時でした。

 会場の窓ガラスがバン! と開き、カラスの大群が雪崩れ込んできたのは。


 『アホー! アホー!』と鳴きながら、彼らはエドワード様の頭上に、的確に「落とし物」を爆撃していきます。


「ぎゃあああ! なんだこれはぁぁぁ!?」


「あらあら。鳥さんたちも怒っているようですね」


 私はパニックになる会場で、静かにカーテシーをしました。

 実は私も、動物嫌いのエドワード様にはうんざりしていたのです。


「わかりました。そこまでおっしゃるなら、お別れですね」


 私は迷わず、その足で隣国行きの馬車に飛び乗りました。

 さようなら、エドワード様。

 カラスのフンまみれがお似合いですよ。


          ◇


 隣国ガレリアの首都に着いた夜のこと。

 冷たい雨が降る路地裏で、私は「それ」を見つけました。


「……にゃあ……」


 弱々しい声で鳴いていたのは、泥だらけの黒猫でした。

 怪我をしているのか、うずくまって震えています。

 放っておけるはずがありません。


「大変! 大丈夫? 寒かったでしょう」


 私は黒猫を抱き上げ、自分のコートの中に入れました。

 あたたかい宿に連れて帰り、お湯で綺麗に洗ってあげます。


 泥が落ちると、艶やかな漆黒の毛並みと、宝石のような金色の瞳が現れました。

 あらやだ、超イケメン猫ちゃん!


「今日からあなたは『クロ』よ。よろしくね」


 私が名前をつけると、クロは不満そうに「フシャー!」と威嚇しましたが、私が常備している『特製の猫用おやつ』を見せると、態度が一変しました。


 スリスリ、ゴロゴロ。

 私の足に頭突きをしてきます。チョロいですね。


「ふふ、可愛いわねぇ。今日は一緒に寝ましょうね」


 その夜、私はクロを抱いてベッドに入りました。

 クロは最初こそ抵抗していましたが、私が「猫が一番気持ちいいポイント(耳の後ろ)」を絶妙な力加減で掻いてあげると、白目を剥いて脱力しました。


 私のゴッドハンドからは逃げられませんよ。

 私は幸せな気分で眠りにつきました。


          ◇


 翌朝、目覚めるとクロはいなくなっていました。

 窓が開いていたので、お散歩に行ったのでしょう。


 私は気を取り直し、職探しのために王城へ向かいました。

 「動物の世話係」の募集があると聞いたからです。


 面接会場である王城の庭園。

 そこに現れたのは、息を呑むほど美しい男性でした。


 漆黒の髪に、鋭い金色の瞳。

 ガレリア帝国の皇太子、レオン様です。

 「氷の皇太子」と呼ばれる彼は、私を一瞥すると、冷たく言い放ちました。


「……採用だ。明日から『猛獣舎』の世話をしろ」


 即決!?

 しかも猛獣舎ですか。

 まあ、グリフォンやワイバーンともお話しできる私なら大丈夫でしょう。


「あ、ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」


「勘違いするな。人手が足りないだけだ。……それと、私には近づくな。馴れ馴れしい女は嫌いだ」


 レオン様は冷たく背を向けました。

 なんとなく、あの黒猫の瞳に似ている気がしましたが、あんな可愛いクロと、この冷徹な皇太子様が同じなわけありませんよね。


 ただ、一つ気になったのは。

 レオン様の完璧に着こなされた軍服の肩に、一本だけ『艶やかな黒い猫の毛』がついていたことでしょうか。

 ……陛下も、猫を飼っているの?


          ◇


 その夜。

 宿に帰ると、窓の外で「ニャー(開けろ)」という声がしました。

 クロです!


「クロ! 帰ってきてくれたのね!」


 私は大喜びでクロを抱きしめました。

 クロは「にゃーん(仕方ないから来てやったぞ)」という顔で、私の胸に顔を埋めます。


「今日ね、新しいお仕事が決まったの。でも、上司の皇太子様がすっごく怖いのよ。目つきが悪くて、愛想がなくて……」


 私が愚痴ると、クロはビクッと体を震わせ、私の指を甘噛みしました。

 まるで「悪口を言うな」と抗議しているようです。


「でもね、クロと同じ金色の目をしてたの。……もしかして、クロの親戚?」


「ブフォッ!(猫のくしゃみ)」


 クロが変な声を出しました。

 風邪でしょうか?

 私は心配になり、クロを膝に乗せてマッサージを開始しました。


「はい、ここ気持ちいいでしょ〜? ここのツボを押すと、血行が良くなるのよ〜」


「にゃ〜ん……(そこ、そこだ……ああっ、人間の指、最高……)」


 クロがトロ〜ンとした顔になり、私の膝の上で「ヘソ天」になりました。

 無防備すぎる姿にキュンとします。

 

 それからというもの。

 昼間は、冷徹なレオン様に厳しく指導され。

 夜は、甘えん坊のクロと一緒に寝て癒やされる。

 そんな二重生活が続きました。


 しかし、徐々に異変が起き始めました。


 昼間、庭園でレオン様に報告をしている時のことです。

 私がポケットからハンカチを取り出した瞬間、誤って『猫じゃらし』を落としてしまいました。


 ファサッ。

 猫じゃらしが揺れました。


 その瞬間。

 レオン様の金色の瞳がキュッと収縮し、首が猫じゃらしの動きに合わせて「カクッ、カクッ」と動いたのです。


「……っ!?」


 レオン様がハッとして動きを止めました。

 顔が真っ赤です。


「……失礼した。首の体操だ」


「は、はあ……(すごいキレのある体操でしたね)」


 またある時は、昼食のサンドイッチを食べていた時。

 レオン様が私の食べている「ツナサンド」を、ものすごい熱量で凝視していました。

 喉がゴクリと鳴っています。


「……殿下、もしよろしければ、一口いかがですか?」


「……いらん! ……だが、部下の健康管理も上司の務めだ。毒見をしてやる」


 そう言って、彼は私の手からサンドイッチをパクリと食べ、恍惚の表情を浮かべました。

 ……まるで、昨日の夜、クロにあげたツナ缶を食べた時と同じ顔です。


 まさか。

 いや、まさかね。


          ◇


 そんなある日、事件が起きました。

 元婚約者のエドワード様が、突然ガレリア帝国にやってきたのです。


「リナ! ここにいたか!」


 猛獣舎の掃除をしていた私を見つけ、エドワード様がズカズカと近寄ってきます。


「戻ってこい! お前がいなくなってから、我が国の動物たちが暴れ出して手がつけられんのだ! 馬は言うことを聞かないし、伝書鳩は手紙を破り捨てるし! お前が手懐けていたんだろう!?」


「自業自得です。……お断りします。私はここで、新しい生活をしていますので」


「生意気な! ただの飼育係の分際で! 無理やりにでも連れて帰るぞ!」


 エドワード様が私の腕を掴もうとした、その時。


 ドカッ!


 横から飛んできた黒い影が、エドワード様を蹴り飛ばしました。

 現れたのは、レオン様でした。


 しかし、その姿はいつもと少し違います。

 頭にはフワフワの黒い猫耳が、お尻からは長い尻尾が生えていたのです!


「レ、レオン様!? そのお姿は……!?」


「……ちっ、怒りで呪いの抑制が乱れたか。まだ日が落ちきっていないのに、変身が始まってしまった」


 レオン様は舌打ちをすると、金色の瞳でエドワード様を睨みつけました。

 その威圧感は、ライオンそのものです。


「私の『飼い主』……いや、部下に何をする」


「ひっ、化け物!? なんだその姿は!」


 エドワード様が腰を抜かします。

 レオン様は私を背に庇い、冷徹な声で告げました。


「私は『夜になると獣になる呪い』を受けている。……だが、この姿のおかげで、極上のブラッシングテクニックを持つ伴侶を見つけることができた」


 彼は振り返り、私を見つめました。

 その瞳は、毎晩私を見つめるクロの瞳と同じ、甘くて優しい色をしていました。


「リナ。……毎晩、世話になったな。君の膝の上は最高だったぞ」


「えっ……えええええ!?」


 私は真っ赤になって叫びました。

 じゃあ、毎晩一緒に寝ていたあの猫は……!

 お風呂に入れたり、肉球をプニプニしたり、お腹に顔を埋めてスーハー吸っていたあの猫は、レオン様ご本人だったのですか!?


「き、気づいていなかったのか? あんなに甘えていたのに」


「猫ちゃんだと思ってましたから! 男性だと思ってたら、お尻の匂いなんて嗅ぎませんっ!」


「……嗅いでいたのか(満更でもない顔)」


 レオン様は私の頬に触れ、愛おしそうに微笑みました。

 そのデレデレ具合に、エドワード様はドン引きしています。


「く、狂ってる! 獣と変態女が! こんな国、いられるか!」


 エドワード様は逃げ出そうとしましたが、猛獣舎のライオンや虎たちが「リナちゃんをいじめるな!」とばかりに檻をぶち破り、彼を追い回し始めました。

 哀れな元婚約者の悲鳴が遠ざかっていきます。


          ◇


「……さて。正体がバレた以上、もうクロとして甘えることはできないな」


 レオン様(猫耳つき)が、寂しそうに耳を伏せました。

 シュンとしている姿が、完全に叱られた猫です。


 私は……大きくため息をつき、彼の手を取りました。


「何をおっしゃっているんですか。……これからは、レオン様として存分に甘えてください」


「えっ……いいのか?」


「はい。ただし、夜だけですよ? それと……」


 私は鞄から、とっておきの『猫じゃらし』を取り出しました。


「これからは、このおもちゃで遊んであげますから」


「なっ……!?」


 レオン様が驚愕の表情を浮かべました。

 ですが、私の手の中で揺れる猫じゃらしを見ると、その瞳孔がキュッと開き、体がうずうずと動き出してしまいます。


「くっ、やめろ! 私は皇太子だぞ! そんな子供騙しに……体が、勝手に……!」


「ふふっ、捕まえてごらんなさい?」


 私が猫じゃらしを振ると、レオン様は「にゃーん!」と飛びかかってきました。

 ……チョロいですね。


「リナ、愛している。……とりあえず、今すぐ撫でてくれないか? 我慢の限界だ」


「もう、ここですね? はいはい、ゴッドハンドいきますよー」


 こうして、私は「夜だけ黒猫になる皇太子様」の専属飼育係……兼、お妃様になることになりました。


 昼はクールな皇太子、夜はデレデレの黒猫旦那様。

 私の新しい生活は、以前よりもずっと「もふもふ」で「甘々」なものになりそうです。



読んでいただきありがとうございます。


ぜひリアクションや評価をして頂きたいです!

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夜のご褒美‥ゲフンゲフン。
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