君の道、僕の道
「やあっ!!」
「ぐあっ……」
僕は目の前の不逞浪士を切る。
「ふふん」
僕は「自治組」一番隊隊長、飯田 庄助(いいだ しょうすけ)。自治組で一番強い。
「はあっ!!」
その甲高いかけ声に僕は振り向いた。そこでは、三人相手に華麗に大立ち回りをしている自治組唯一の女隊士、広川 鈴(ひろかわ すず)の姿があった。広川は、顔色一つ変えずに浪士達を切り捨てた。
彼女は一息つき、顔についた血を拭うとこちらを見る。
「飯田隊長、終わりました」
そう、僕は自治組で一番強い。……この女の次に。
今、世は乱れている。平穏の時代三百年の後、様々な派閥が生まれ、争いあっていた。
そんな時代に、平穏を取り戻そうと自治組は生まれた。不穏分子を取り締まる。それが自治組の役目。自治組は、隊士を広く募集し、それには武士も農民も男も、そして女も関係なかった。
僕は元々農民。でも、強かった。だから隊士になれた。自治組は僕の生きる場所だ。農民が剣を振るう事を馬鹿にしない。
だから……。だから僕より強い広川が平隊士に甘んじているのが納得できない。
広川と出会ったのは、入隊試験で実力を見ていた時。見るだけで、わかってしまった。こいつは僕より強いと。
悔しくないと言えば嘘になる。だが、僕は、その強さに魅入ってしまった。
それは、きっと僕だけじゃない。隊長への昇進は何度も打診されたはずだ。なのに、その度に広川はそれを断る。……納得できない。
組所に戻った僕は、報告を済ませて、広川の下へ行った。
「広川」
「飯田隊長。なんでしょう?」
「お前、隊長に昇進する気は……」
「辞退させていただきます。私よりふさわしい方がいらっしゃいますでしょう」
広川は食い気味に言って微笑んだ。
「……お前、何度も昇進を断っているらしいな。その実力を持ちながら、なんでだ」
「女の下につきたいと思う男はいないでしょう。では、失礼します」
広川は、冷えた笑みを浮かべた後、頭を下げ、その場から立ち去った。
「……納得いかない」
僕は、次の作戦を考えた。
「広川!」
あくる日、組所の庭で、僕は広川に大声で呼びかける。
「なんでしょう」
広川は振り返り、周りにいた隊士達は、なんだなんだと、こちらを見る。作戦通りだ。
「僕と勝負しろ」
僕は持っていた二本の竹刀のうち、一本を広川へ投げる。公衆の面前で「隊長に勝った」という事実を広めれば、皆が昇進を後押しするだろう。
だが広川は……。
「飯田隊長に勝てる訳がありませんよ。こてんぱんにされる前に退散します」
へらへら笑って、ただ手を振るだけだった。
「逃げるなっ!」
僕の言葉に広川は、やれやれと竹刀を拾う。僕は構えるが、広川は、竹刀を構えず、こちらへと来る。そして、僕に竹刀を返すと、ぼそりと耳打ちした。
「『女に負けた情けない隊長』の烙印は押されたくないでしょう」
広川は、そう言って去って行った。
「……なんなんだよ」
僕は悔しくて、地面を蹴った。
「なあ、なんで広川はあんなに頑なに平隊士でいたがると思う?」
僕は縁側で、仲の良い隊士に聞いた。
「あー、まあ、身の程をわきまえてるんじゃないか」
「身の程?」
「あいつは女だろ?」
「……」
『女の下につきたいと思う男はいないでしょう』
『『女に負けた情けない隊長』の烙印は押されたくないでしょう』
「自治組は女も男も関係無いだろ……」
「自治組はそうでも、世の中の大半はそう見てくれない。自治組の隊士の中にも、そう思っている奴らだっている。あいつは、そんな中で生きてきたんだろ」
「……」
……納得……いかない。
「こんな夜更けに、なんですか」
僕は広川を人気の無い神社の境内に呼び出した。
「僕と勝負しろ」
僕は、竹刀を広川の方へ投げる。
「またですか……」
「僕に勝って、一番隊の隊長になれ。僕が後押しする」
「女が隊長になったって、不満が募るだけですよ」
まただ。女女女……。
「女というのが、それだけ活躍の場を減らす理由になるのか!」
「なりますよ!!」
突然の広川の叫びに、僕は体を震わせた。
「『女が剣を振るうな』、『女は家に入れ』、『女のくせに偉そうにするな』……どれだけ言われてきたと思っているんですか!」
「……!」
『農民のくせに剣を振るうな』、『農民は耕作だけしてろ』、『農民が偉そうにするな』……僕が散々言われてきた言葉だ。
「運良く……自治組に入れて……剣を振るえて……私は、もう、それだけでいいんですよ……。これ以上……引っ掻き回さないでください……」
普段、冷静な広川の吐露は、痛い程、僕に突き刺さった。
広川は……僕だ……。自分のやりたい事を否定され、自由を奪われながら、それでも自由を求めた。自治組が、それだった。剣を振るえて、幸せだった。
でも……。
「きっと、それだけじゃ駄目なんだ……」
「?」
「広川、わかったよ。今まで、すまなかった。部屋に戻れ」
僕は、広川を見送った後、竹刀を拾って、組所へ帰った。
「で? 話ってのはなんだ」
数日後、僕は組長の部屋へと赴いた。
対面に座っている組長に、僕は手をついて頭を下げ、こう言った。
「……自治組を、辞めます」
「理由を聞こうじゃねぇか」
「やらねばならぬ事ができました」
僕は頭を上げ、組長の目を真っ直ぐ見つめる。
「武士も、農民も、男も、女も、自由に活躍できる……そんな時代を作るのです」
組長は、僕をしばし見つめた後、ふっと笑った。
「ガキが、立派になったもんだ」
「組長……」
「とっとと出てけ。引き留めやしねぇよ」
「ありがとう……ございます……。自治組にいられて、僕は……」
「しんみりすんのは性に合わねぇ。行け」
「……はい!」
僕が部屋から出ると、そこには広川がいた。
「自治組を辞めるって……」
「聞いてたのか」
「すみません……」
「良いさ」
暫しの沈黙の後、広川が口を開く。
「皆が自由に活躍できる時代を作る……」
「ああ、そうだ」
「飯田隊長」
「もう隊長じゃない」
「飯田……さん」
「なんだ」
「私も、ついて行きます」
「え」
広川の言葉に僕は目を丸くした。
「私も、飯田さんと、そんな時代を作りたい」
広川は、真剣な瞳で僕を見つめてくる。
「並大抵の事じゃないぞ」
「承知の上です」
「僕の足を引っ張るなよ」
僕は冗談めかして言う。
「私、勉学も飯田さんよりできますので」
「うぐぐ……」
僕のそんな様子を見て、広川は笑った。
『平民議員ノ活躍目覚マシク』
『増エル女子大学』
「本当にこんな時代を作れるなんてねぇ」
目の前に座る鈴は、新聞を読みながら、顔の皺を深くし、笑う。
「僕のおかげだな!」
「賛同して活動してくれた仲間のおかげでしょう?」
「褒めてくれたっていいじゃないか……」
「あなたは甘えん坊ねぇ」
「むむむ……」
「でも、まだまだこれからよ」
「そうだな」
「ばぁば~!」
バタバタと廊下から騒がしい足音がしたと思うと、新聞紙を丸めた物を持った、幼き我が孫がやって来た。
「チャンバラしよ~!」
「ええ、良いわよ」
鈴は新聞紙を畳んで立ち上がる。
「なぁ、じぃじとはしないのか?」
「だって、ばぁばの方が強い」
「じ、じぃじだってなぁ、昔、自治組一番隊隊長……」
「それ、前にも聞いたー」
「ふふ……」
鈴の溢した笑顔を見て、僕のやってきた事は間違っていなかったと思った。
僕は、きっと、この笑顔の為にやってきたんだ。
朗らかな喧騒の中、幸せな時間が過ぎていく……。




