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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドラゴンスレイヤー(仮)はかく語りき

お越しいただきありがとうございます。

お楽しみいただければ幸いです。

「おぉ! 其方が我が国に巣食っておったブラックドラゴンを倒したドラゴンスレイヤーか!」


 大仰なほどに喜色を露にするのは、高い玉座に腰を据えるこの国の王であった。

 王の証である冠はギラギラとした金と宝石に彩られ、希少な魔物の毛皮をあしらったマントに包まれた身体は目に見えて肥えていた。

 玉座の肘置きを掴むむっちりとした腸詰のような指全てにも金の土台に煌びやかな宝玉の嵌った指輪がぬらりと彩を放っていた。


 その王の両隣には王によく似た娘が二人、立っていた。

 こちらも王と同様に贅肉を蓄えており、ウェストを絞ったドレスを無理やりに着込んでいるのがまるわかりで、贅沢な布地の悲鳴がここまで聞こえてきそうだ。

 だが、そんなことに気づいているのかいないのか、不愉快気に顔を歪め、玉座の下手に立つ男を見下ろしていた。


 王と彼女らの視線の先には、一人の男。

 長き旅路を越えてきたのか、埃に塗れた旅装と、擦り切れそうなブーツを身に着けた男は、遠目でも見てわかるほどに鍛え上げられた肉体を持っていた。

 その顔は、やはり旅路の途中、無理やりにここに引き摺り込まれたのがありありとわかるほどで、もっさりとしたヒゲと、本来は金髪らしい伸びきって荒れた毛髪が、男の表情を隠していた。

 そして男の膝の辺りを掴んで、不安げに男を見上げるのは……メイド服を着た年端も行かぬ少女だった。

 この国では珍しい黒目に金の瞳、褐色の肌を持つメイド服の少女は、男と同じほどにこの煌びやかな場から浮いていた。


「其方は我が国を脅かしていたブラックドラゴンを倒した立役者ゆえ! 多少の無礼は許そう! そして我が娘のどちらか一人を娶り、末永く我が国に尽くすがいい!」


 王の言葉に、その場にいた人々の間から困惑が漏れる。

 特に大きいざわめきが起きたのは、この国の意匠とは異なる衣裳を身に着けた集団であった。

 その集団、隣国の王太子を含めた使節団から起きたざわめきに、この国の王はしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべた。


 隣国には国力で大きく水をあけられていたが、ブラックドラゴンを倒せるほどの実力を持ったドラゴンスレイヤーを自国に引き留めることができれば自国の方が有利になると皮算用し、王は一人でほくそ笑んでいた。


 両隣にいた娘が、小汚い平民出身の男の嫁になるくらいなら、見目麗しい隣国の王太子と縁を繋ぎたいと虎視眈々と狙っていたことなど気づきもせずに。


 ……今まで一言も発していない男の胸中など察しもせずに。


「さて……ドラゴンスレイヤーよ。どちらの娘がよろしいか?」


 にたにたと下卑た笑みを王が浮かべた瞬間、黄色いドレスを着ていた王の娘が叫んだ。


「わ、わたくしよりお姉様の方が相応しいですわ! そしてどうぞ! 隣国の貴方! わたくしを連れて帰ってくださいませんこと!」


 突然の発言に周囲が騒めく中、もう一人の青いドレスを着た娘が口を開いた。


「何をいうの! 姉であるわたくしを差し置いて! 隣国の王太子妃に相応しいのはこのわたくしよっ! あなたはそこな男の妻になればよいでしょう!」


「そんなっ! お姉様っ! いやよいやよ! わたくしあんな粗野な男の妻になるなんて絶対にいやぁぁぁぁぁ!」


 妹姫の絶叫に、辺りは白けた空気が満ちた。

 贅を味わう為に悪政を行う王と共に、王族らしい行いを何一つすることなくこれまた贅の限りを尽くす王女たちは、この国の貴族たちからも良く思われていなかった。


 そして、姫たちがつかみ合いをせんばかりになった頃。

 

「あの……ちょっといいか?」


 今まで像のように身じろぎせずにその場に空気のように立っていた男が口を開いたのだ。

 その低い声には妙な威圧感があり、甲高い声で叫んでいた二人の王女も掴み合ったまま押し黙った。

 

「……どうかしたか? ドラゴンスレイヤー」


「あー、それなんだがな。おりゃあそもそもドラゴンスレイヤーじゃねぇよ」


 パサついた髪を掻きながら、男がぼやいた瞬間、周囲は再びざわめきに包まれた。


「な、なんと?! 其方我らをだましたのか?!」


 ガチリと金属の土台でできた指輪と木製の肘置きがぶつかり合い、不愉快な音を立てた。


「だましてねぇよ。確かに俺はブラックドラゴンに会いに行ったが……。それだけだ。俺が会いに行った後でブラックドラゴンの姿が消えたもんだから、そっちの騎士が勘違いしたんだろうがよ」


 俺は悪くねぇと嘯く男に、男をドラゴンスレイヤーだと言って連れてきた騎士団長の顔色が悪くなる。


「っ! 貴様っ!?」


「それよりもよぉ」


 抜刀しようとした騎士団長を留めるように、男の声が広間に響く。


「アンタよぉ。ブラックドラゴンが悪い竜だってそこらで吹聴してるみたいだが……。実際に何をされたんだい?」


 前髪の隙間から、真っ青な瞳がじとりと王を見抜いた。

 その態度に、王は怯み、隣国の王太子は思案するように顎に手をやる。


「なっ!? ブラックドラゴンなどその存在自体が民を脅かすものであろうに!」


「……で? 実際にお前さんの民とやらはブラックドラゴンに何かされたんかい?」


 なおも冷静な男の声に、王の顔色が怒りに染まる。


「だから言っておろうが! ブラックドラゴンの存在自体が悪だと! その存在は消し去らねばならぬと! さもないと……っ」


「さもないと、竜のねぐらの下にある金鉱が手に入らないもんなぁ」


 男の言葉に、王ははくりと息を吐いた。そして周囲に動揺が広がっていく。隣国の王太子はなおも思案気な表情を浮かべていた。


「っ! き、貴様……どこでそれをっ!」


「教えてもらったんだよ。ブラックドラゴンとやらがねぐらにしてた山の近くに住んでる人間にも聞いてみたが、別にドラゴンがいることによって何か被害を受けた訳じゃないらしいな。

 それどころか、ドラゴンを恐れてつぇえ魔物がでなくなって万々歳だったそうだ。ついでに言うと、ドラゴンが消えたことによって呆然としていたぞ? また魔物に怯える日々が来るってなぁ。どうやら国は金をケチって騎士を派遣してくれないらしいからなぁ」


 唇の端を上げ、男がにやりと嗤う。

 ぶるぶると贅肉を揺らし、顔を赤く染めた男が口角泡を飛ばして男を怒鳴りつけた。


「なっ! 何をいうか! でたらめだっ! でたらめをいうなっ!」


「へぇ、でたらめねぇ」


「そ、そうだっ! こやつの言っていることは全てでたらめっ! はっ! 貴様もしやペテン師だな?! ブラックドラゴンを退治したと言って我が国から金をせびるつもりだったんだなっ!?」


 王の言葉に、男はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。


「だいたいそっちが無理やりに連れてきたんじゃねぇか。俺はコイツと旅に出ようとしてんのによぉ」


 男の視線の先には、周囲の怒号に恐れをなしたのか、男の背後にしかとしがみつくメイド服の少女の姿があった。

 その儚げな姿に、王の鼻の下が伸びる。


「ふんっ。たかが平民が我ら王族を謀った罪は重いっ! 貴様など即刻首を跳ねてしまいたいところ……だがその娘を寄越すのであれば、身ぐるみ剥いで国外追放にしてやろう」


 再び玉座にふんぞり返った王に、隣国の王太子の冷たい視線が突き刺さる。

 それにすら気付かぬまま、王は珍しい褐色肌の女子を好きにできると妄想にいそしんでいた。


「はぁ……。だから別に謀っちゃいねぇよ。むしろ、謀ってんのは……てめぇだろ?」


 ギラリと男の蒼い目が光る。

 も、くいと少女に腕を引かれ、男の殺気はあっという間に収束した。


「何を言うかっ! ブラックドラゴンは悪! ブラックドラゴンは倒すべきだった! 民の為になぁ! そんな国の大事を為したと謀った貴様が悪いのは明白ではないかっ! ……ぐへぇっ?!」


 ふんぞり返ってブラックドラゴンを悪と断じた王が、突如として潰されたカエルのような声をあげた。

 周囲の人が慌てて王を見れば、見えない力によって玉座に押し付けられている王の姿があった。

 摩訶不思議な光景に、周囲の人間に動揺が走る。


 この広間の中、平然としていたのは髭面の男と、隣国の王太子、そして……。


「……ずいぶんと勝手なことを囀る男よのぉ……」


 メイド服の少女だった。


 否、その存在は先ほどまでの保護欲をそそるような儚げな様子は消え、少女とは思えぬ覇気を見に纏っていた。


「のぉ。そこな男よ……。貴様、さっきから随分勝手なことを宣っておるが……。何故ブラックドラゴンが悪なのかぇ? 我に理解(わか)るよう教えてくれんかのぅ」


 少女の金眼が不穏に煌めく。

 玉座に押し付けられたこの国の王は喘ぐように言い放った。


「ドラゴンなど須らく悪ではないかっ! あんな恐ろしい存在(もの)! 滅ぼしてしまうが世の為だ!」


「ほぉ。面白いことを……。其方の狙っていた金鉱はあれ以上掘り進めると山が崩れ、麓の民達が生活できなくなる。更に山が崩れれば地形が変わり、隣国の農作に影響を及ぼすと知っていて、我を押しのけようとする……。ほんにほんに……どちらが悪なのかのぅ」


 少女の言葉に、静観していた隣国の王太子の顔色が変わった。この国が自業自得で亡びるのであれば致し方ないが、自国に影響があるならば、話が違ってくるからだ。


「なっ! 何をいうかっ! だいたい貴様のような小娘の戯言を誰が信じるというのかっ!」


 隣国の人間からも、自国の貴族からも不信を向けられ、脂汗でぬとりと湿った顔を怒りに歪めながら、王が少女に指を突き付けた。


「騎士達よ! その者らを始末せよっ! その者らはドラゴンを擁護する悪だっ! あの邪魔なドラゴンをどけようとして何が悪いっ!」


 王の言葉に、ドラゴンスレイヤーではない男を連れてきたことによって無能の札を張られそうになった騎士団長が率先して剣を抜く。

 そんな騎士団長に従う形で、騎士達も各々の武器を手に男と少女を囲み始めた。


 唐突に始まった荒事に、隣国の王太子は隣国の人間によって周囲を固められ、壁側へと退避する。

 王の娘たちは、身の程知らずな男が残虐に殺されることを期待して、わくわくとした表情を隠さないまま高みの見物を決め込んでいた。

 それは王も同じで。


 その残忍な有様に、自国の貴族達が見切りをつけたことなど気づかぬままに。


「ほぉ。我に剣を向けるか……。ならばその覚悟、しかと受け取ってやろう」


 閉ざされた広間にざわりと風が吹く。

 くるりくるりと広間の中を吹き渡りながら徐々に強さを増していく風が、少女のエプロンドレスの裾をハタハタとはためかせた。


「……おい。手加減してやれよ」


 ぼそりと男が呟いた言葉は、いきり立っていた騎士団長を煽るものでしかなかった。


「っ! 貴様っ! たかが少女に我らが遅れをとると思っているのかっ! そのメイドの首を落とすと同時に貴様も物言わぬ躯にしてやろっ! ……ひぎゃ?!」


 騎士団長が大きく振りかぶって少女に迫った瞬間、騎士団長の顔が大きくひしゃげた。


「団長?!」


 無様に吹っ飛んでいく騎士団長を見送った騎士達が視線を戻した先には、黒い布の塊が迫っていた。

 それが少女が来ていたエプロンドレスのスカートだと気づく前に、十人ほどいた騎士達は少女の細い足から出たとは思えぬ蹴りを頭部に喰らい、全て意識を刈られていたのだった。


「なっ!? 貴様っ!」


 あっという間に床に伏した騎士達を見て、王が驚きの声をあげた……その瞬間。ふわりと目の前に降り立ったのは、メイド服の少女だった。


「なぁっ?!」


「のう。この国の王とやらよ。あやつがブラックドラゴンに会いに行った後、ブラックドラゴンの姿がなくなったから、あやつはドラゴンスレイヤーだと勘違いしたのだろう?

 だが、あやつはドラゴンを倒してないという……。のう? 不思議ではないか? だったらブラックドラゴンは……どこにいったのかのう?」


 にたりと嗤う少女からは、先程まで男の背後に隠れていた弱々しさは微塵も見えない。

 見えない殺気に気圧されて、王の股間の布が内側からじんわりと濡れていく。


「な……なっ……!」


「正解はのぅ。ブラックドラゴンはあやつの提案に乗って旅に出ることにしたのだよ。……人の(なり)をとってなぁ!!」


 ばさりと少女の背中から翼が広がる。

 切先に鋭い爪を備え、真っ黒な皮膜に覆われたその翼は……確かにドラゴンが有する翼によく似ていた。


「なぁ?!」


 じわじわと股間を濡らしながら後ずさる王を、嘲るように少女がくつくつと笑みを零す。

 

「あぁ! おかしきこと! おかしきこと! 我をドラゴンと知りながら! 我を伴って旅をするという! あやつほど面白い存在はここ数百年で初めてだ! 元来我ら長寿種は長き生に飽きるもの。なれば愉快なことを宣う男の手を取るのは当然であろう。あぁ! ゆかいゆかい!」


 庇護欲をそそる少女の気配は微塵も無くなり、ただひたすらに傲慢に笑う少女に辺りは静まり返った。

 そして、静まり返った場に、先程とは様子を一変させた少女の声はよく響いた。

 

「我があの場からいなくなったことによって、あの場には再び魔物が集まるだろうよ。しかと対策せねば……あそこは人の住める場所ではなくなるであろうて」


 まぁ、我にはもう関係ないこと……。


 くつりと一つ笑みを落として、踵を返す。

 すたすたと歩み寄った先には旅人の男がいた。


「さての。もう我らは旅立つ故……ゆめゆめ旅路の邪魔をするなど思わぬことよ……」


 最後にちらりと隣国の人間達を流し見る。

 その視線に僅かに頷きを返した隣国の王太子に、少女は満足げに頷いた。


「ではな」


「おい! ちょっとこれはないだろがっ!」

 

 少女はまるで重さを感じていないかのように男を担ぎ上げると、広間の出口へと向かう。

 堂々と歩き去っていくその背中を、引き留められる者は誰ひとりとしていなかった。


 しばらくの後。

 ドラゴンに悪を押し付けていた国は、ドラゴンがいなくなったことによって集まり始めた強力な魔物に蹂躙され、滅ぼされたという。


 

「……ていうかなんでメイド服なんだよ。年だって本当はもっと上だろうがよ」


この格好(メイド服)は人の世に置いて主の世話をする人間が纏うものだと聞いておったのだが? 我を連れ出したそなたは我の主であろう? それともなんぞ? もっと年頃の女人の姿がよいのかぇ?」


「っ!? って急に成長すなっ! 人に見られたらヤバいだろうがっ!」


 そんな会話を繰り広げながら旅をする男とメイド服の少女の二人組が、その後()()()に渡り世界のあちこちで目撃されたが、それが彼らだったのかは誰も知らない。


最後までご覧いただきありがとうございました。

ご評価、お星様、ご感想、いいね、レビュー等々お待ちしております。


ドラゴンメイドさんは好きですかー! 好きでーす!

という訳でこちらはX上で開催された戦うメイドさんを書く企画「#神崎メイド杯」に参加した作品です。

つよつよメイドさん、いいですよねっ!


改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!

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