冒険者の小さな1日
この街に来てから8ヶ月ぐらい経つだろうか。星々が輝く夜空の下で冒険者であるエトルは街を歩きながらそんな風に思っていた。いつものような冒険者用の装備ではなく、長いコートを羽織っていた。とはいえ、もし何かあった時のためにコートの下にはアンダーアーマーを装備しており、腰にはいつもの小剣をさしている。
今日のところは特に予定はない。というより、ギルドから「所属メンバーは緊急の依頼が来ない限りは2週間休暇すること」と通知が来ていたのだ。ギルドからの連絡であれば従う他ないだろう。
そんな休暇期間の半ば、エトルは街の様子を見ながら歩いていた。
街の雰囲気はほとんどいつも通りだ。ただ1つ違うところと言えば、人々は何処か落ち着きないように見えることだ。
エトルはコートのポケットから、たまたま目について購入した懐中時計を取り出して時間を見る。あと20分ぐらいで12時になろうとしているようだ。
「……皆、待ってるんだ」
そんな街の人たちの様子を見ながらエトルは小さく呟き、いつもの場所へと向かって歩いていく。
その道中、ふと明かりの灯った店を見かける。扉の看板には『OPEN』の文字があった。どうやらまだ営業しているようだ。
何かを思ったかのように、エトルはその店へと入っていく。
「いらっしゃいませー……あ、エトルくん、よく来たね」
「こんばんはイオさん。……この時間帯にもやってるなんて珍しいですね?」
店の中に漂うパンの匂いを感じながら、エトルは店主であるイオに声をかけた。イオはエトルの問いに頷く。
「まぁね。ほら、もうすぐでしょ? こういうの外で待ってる人が多いからさ、店を開けておけば誰か買ってくれるかもでしょ?」
「なるほど……確かに小腹が空いたときとか、何処かに寄りたいなとか思った時に便利ですね」
イオの答えに、エトルは感心するかのように頷いた。
店の中に目を向けると、置いてある商品は少ないように感じた。もしかして結構売れていたのだろうか。あるいは作りすぎないようにあえて少なく作っているか。
「ふふ……冒険者って顔してる」
「え?」
冗談でも言うかのような声色でイオにそう指摘されたエトルは、自分が何をやっていたかをすぐ思い出した。
「……あっ。ごめんなさい、なんだかクセになっちゃってて……」
エトルは申し訳なさそうな顔で頭を掻いた。
まだ冒険者としては1年も経っていない。ただ冒険者として依頼や調査などをいくらかこなしている。その過程で、「見えるものから情報を読み取る」能力を日頃から鍛えた方が良い。と、先輩であり、『お手伝い』でもある彼女から言われていた。そのためふとしたことでも先ほどのように見て読み取ろうとしていたのだ。
とはいえ、今は休日でもあるし、第一店の中でそんな顔は相手にとって失礼だろう、とエトルは自分で自分を責めた。
「……で? 何か分かった?」
イオが笑顔で質問してくる。何処か心当たりありそうな感じだ。
そう言えば、とエトルは思った。目の前にいるイオは元冒険者であり、自分の店を経営できるまでは冒険者として稼いでいた、と言う話を聞いたことがある。そしてイオと一緒に行動していた1人に、その『お手伝い』がいたそうだ。
だからなのだろう。先ほどの問いは、もしかしたら冒険者として培われた技術に心当たりあったのかもしれない。
そんな風に思いながらエトルは、質問に答えた。
「そうですね……僕もお昼に来るんですけど、その時に比べたらやっぱり少ないかなと」
「どうして少ないと思う?」
「うーん……」
目に見える情報では、先ほどの2択しかない。別に何かあるわけでもないが、せっかくなら当てておきたい。もう一度エトルは商品棚へと目を向ける。
「…………夜の時間帯だから作るのを少なくしてる?」
「あー、惜しい。作るのを少なくしている、は合ってる。でも夜の時間帯は、じゃなくて今日は、ね」
「あ、そっか……今日は家で済ましたりする人が多いからか……」
目の前の情報に囚われすぎて、周りの情報を読み取るのを完全に忘れていた。自分もまだまだだな、と思いながらエトルは再び頭を掻いた。
「でもイイ線行ってて凄いと思うわ。……そうだ。どうせあのシスターに会うんでしょ? だったら……」
そう言ってイオは棚にあったパンを複数袋に詰めた後、エトルに渡してきた。このパンは何度も食べたことがある。風味のあるチーズの入ったコッペパンだ。
「これ上げるわ。あの子の好物でもあるし、喜ぶと思うわ」
「あ、ありがとうございます。えっと、お代は……」
「いいのいいの。どうせ残ってたらもったいないからね」
イオが笑みを浮かべてエトルに袋を押し付けた。彼は若干申し訳なさそうに思いつつも、「受け取った好意はありがたくもらう」ということを思い出し、同じく笑顔で受け取った。
「……でしたら、もらっていきますね。イオさん、ありがとうございました」
「どういたしまして。……あ、そろそろ向かった方がいいんじゃない? どうせ、ルミナに会うついでに寄ったんでしょ?」
「ついでじゃないですってば!?」
さすがにそのために寄ったわけではない、とエトルは首を横にブンブンと振った。その様子を見てイオは明るく笑うのだった。
店を出たエトルは、街の街灯を頼りに懐中時計を確認する。もう少しで1日が終わろうとしていた。
エトルは速足で目的地へと向かう。その1歩1歩を、この街に来てから増えた思い出を思い出しながら。
時には笑って、時には落ち込んで、時には依頼を受け、遠出して。
そして、時折剣を『お手伝い』に盗まれては追いかけて。
日々は変わっているようで、その時間は変わらない。きっとこれから先も、節目を超えて新たな節目になったとしても。
そんな風に思いながら、エトルは教会へと続く石橋へとやってきた。そこでは街の風景を見ていたシスターがいた。
「ルミナさん」
エトルが声をかけると、名前を呼ばれたシスターがこちらを振り返った。
「こんばんはエトくん。ちょっと遅かったんじゃない?」
「すみません……ちょっとお店に寄ってたら結構話盛り上がっちゃって……それで、これ、良かったら」
遅れたことに謝罪した後、エトルはルミナに紙袋を渡す。受け取ったルミナは袋を開いて取り出して中身を見た。
「あぁ買ってきたんだ。エトくんこのチーズパン好きだよねー」
「はい。何だか飽きない風味と言うか、旨味みたいなのがあって……」
「分かる! イオの作るパンはどれもいいけどこれは結構いいよね!」
同調するかのような顔でルミナは頷いた。エトルにとっては見慣れた笑顔で、何処か安心する。
「……そういえば、エトくんはここにきて何ヶ月になるんだっけ?」
「え? えっと、たしか8ヶ月ぐらい……ですかね」
「そっか……もうそんなに経つんだ」
ルミナは何処か感慨深そうな表情で、街の方へと目を向けた。
「正直単なる偶然でここまでの付き合いになっちゃったんだなーって、ちょっと不思議に思ってるんだ」
「……もしかして、嫌でした?」
「全然。寧ろ楽しいよ。キミと一緒にいるといろんなことがあって楽しめるからね。何より、教会の仕事もしなくていいし!」
「…………それは流石にやった方がいいんじゃ……」
さも当然のことを言うかのように言ったルミナに、エトルは少し引いたような目で見た。ルミナはクスクス笑うと、続ける。
「それに、私自身としても……なんていうんだろ、満たされていくって感じかな」
遠くを見つめるような顔で、ルミナは小さくそう告げる。
「元々いっぱいあった器の中が空になって、またいっぱいになろうとしてる……という感覚、かな? そういうのが、エトくんと一緒にいると良く感じるんだ」
「……そうなんですか?」
少し自信のなさそうな顔でエトルは答える。
「そうだよ。だからさ」
少しだけ目を瞑ったルミナは、エトルの方に振り返る。
「キミはキミらしく、自分がやりたいことをやってほしい。当たり前だし、私から言えることじゃないんだけどさ」
少しだけ、困ってるかのような、自嘲するような顔でルミナはそういった。
どう答えるか。エトルは口をきゅっと閉じた。本人の前では堂々と言えることではないが、ルミナは先の先を見据えたり物事を考えたりして発言するようなシスターではない。「分かりました」というのは簡単だが、それはきっと自分自身が望んだ答えではないだろう。
では答えはどうする? 考えるよりも、自分の心が、口の中から言葉を紡ぐ。
「もちろんです。自分のやりたいこと、自分が思っていることを実現すること。……みんなと出来たらなと思うんです。当然、そこにはルミナさんもいますから」
優しい笑みで、エトルは告げた。
ルミナは何処か安心したかのように笑い返す。
たった1つの、2人にとっては当たり前のような反応。それが2人には一番安心できる時間の1つだった。
夜空に光が打ちあがる。遥か遠い地からここまで伝わってきた、『花火』というものだ。
神々しく、そして力強い音が空から街へと鳴らしていく。
2人は花火を見て、お互いを見つめる。
「……新しい年が始まりますね。ルミナさん」
「そうだね。これからもよろしくね、エトくん」
再び2人は笑顔を浮かべ、しばらくの間夜空と花火を眺めるのであった。




