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病魔に蝕まれて

 「病気……」


 セリーナさんの言葉に俺はただどう反応したものかわからなくて繰り返した。ただ痛切な思いが胸に去来した。俺も前世は病気のために死んだ身だからだ。


 「はい。セレナデーテ様は生まれつき病弱なお方でした。ですがここ一年で容態が急激に悪化したのです」


 セリーナさんの声は切々としていて悲哀に満ちていた。


 「それで……、なぜダンジョンに?」


 普通、病気なら医者の出番だろう。それにわざわざ使用人が、例えばダンジョンに潜って金を稼がねばならないほど経済的に困窮しているはずもない。


 「セレナデーテ様の病気を治す薬草がダンジョンの最下層にしかないからです」


 「失礼ですが……、その薬草はお金で買えないのですか?」


 ハイロス家の資産状況とかこの世界での立場、あるいは階級のことは分からないが、豪奢な馬車に使用人もいるとなればかなりの資産を所有しているはずだ。


 「その薬草、マイン・シャッツというのですが、非常に希少で流通していないのです」


 なるほど、そもそも流通していなかったか。それでは確かに直接採りに行くしかない。ならば。


 「協力させて下さい」


 俺は自ら進んで助力を申し出た。セレナデーテさんの置かれた状況は日本での自分を思い起こさせる。日に日に体が衰え緩慢に死に向かう恐怖。俺は知っている。だから他人事とは思えないのだ。


 セリーナさんはじっと武芸に長けた者特有の鋭い目で俺を見る。観察しているのだ。


 「いいじゃないですか!」


 そんなセリーナさんを他所にフィーファは諸手を挙げての大賛成だった。stg44のことを雷杖らいじょうと呼びいかに強力であるかをセリーナさんに説明する。


 セリーナさんは俺自身を信用することは保留しつつ、一方で銃には興味のあるようだった。


 場所を変えてハイロス家別宅、練兵場。100m先に設置された人を模した標的に俺は狙いを定めた。


 フィーファは両手で耳を塞ぎ、その様子を見たセリーナさんも一応、といった態で耳を塞いだ。俺はイヤーマフを使ってる。


 射撃。バン!と耳を突き破かんとする銃声が鳴る時には既に弾は命中して易々と標的を引き裂いた。


 射撃の手を緩めることなく30発を撃ち切った。驚愕で言葉も無いと呆然とするセリーナさん。その心胆を寒からしめたようだが同時に威力も理解したらしい。


 かくして俺はセリーナさんとパーティーを組みダンジョンの攻略に乗り出すことになった。


 「賑やかですね」


 しんしんと降り積もる雪のような静やかで、ともすれば消え入りそうな儚い声。声の元へ振り返ればそこには車椅子に乗った少女がいた。白髪で痩せ方、顔色もどこか優れず、直感的にこの少女が件のセレナデーテさんなのだとわかった。


 「お嬢様……」


 フィーファとセリーナさんが頭を下げる様子を見るに間違い無いらしい。


 「お叱りは受けます……」


 セリーナさんの怒り様から薄々察していたが、やはりフィーファは勝手に飛び出してダンジョンに来ていたらしい。その罰を受ける覚悟はできていると


 「叱るだなんてそんな」


 そんなことはしないと伝えるセレナデーテさんはどこか生気に乏しかった。全てに投げやりになっている、とでも表現しようか。


 病気で死んだ俺にはそれはよくわかる。運命が自分の手を離れ、介入の余地を残さないとなれば自分は自身の人生の傍観者に堕すしかない。結果として残るのは諦観と無気力。


 「客人ですか?」


 つ、と視線が俺に向けられる。見据えられた俺は両のかかとをつけ、気をつけの姿勢をとる。


 「こちらケンジさんです。共にダンジョンへ挑みます」


 セリーナさんが粛々と俺を紹介する。俺は発言していいものかわからなくて固まってる。時代によっては高貴な身分の者へ直接話し掛けるのは非礼にあたる。


 「ケンジさん、失礼ながらなぜそのような事を?ご助力はありがたいですが私とあなたは知らない仲ですよね?」


 随分と奇特な方ですね、とその態度は語る。


 理由はある。俺は死に直面してどうしたか?そう、ゲームしたり本やマンガを読んだり映画を見たり、何かに集中したり熱狂して現実を忘れた。殻を閉じて自分だけの世界へ。


 死にゆく恐怖は知っている。だから閉じた世界のその先へ。セレナデーテさんが恐怖せず笑えるように。


 「それが理由です」

 


×××××



 さて、セリーナさんとパーティーを組んだ俺だが、ダンジョンに行く前にやるべきことは山とある。


 最初はダンジョンでの戦訓の反映。弾切れに備えて折り畳み式のナイフと、それから強力な音と光で相手を制圧するスタングレネード。


 次いでセリーナさんとの連携の確認。お互いの戦闘スタイルや得意分野、そしてここが一番重要な、銃を説明すること。全く銃を知らないセリーナさんに銃の特性を理解して貰わねばならない。ただとんでもなく骨が折れるなんてことはない。


 要は戦闘時にどう用いるのか、どう危険なのかを伝えれば良いわけで、銃口の前に出ないこと、跳弾の危険性を教えた。


 そして最後。俺の体は宙を舞っていた。どういう訳か説明しよう。最後の準備、それは俺の格闘技のスキルを鍛えることだ。


 銃はどうしても弾切れやリロード時など撃てない状況が生まれるし、最悪落とすとか壊れるとかで使えなくなるかもしれない。そういう事態に陥った時のための備えだ。


 セリーナさんはハンパじゃなく強かった。聞けばセレナデーテ嬢の護衛を勤めているのだという。迫り来る悪漢から主君を守るため徒手格闘にはじまりナイフ、剣、弓までお手のものなんだとか。


 その腕を活かし病床に伏せているセレナデーテ嬢のためにダンジョンに潜っているのだとか。


 セリーナさんの戦闘スタイルは相手の懐に潜り込みナイフでもって相手をズタズタに切り裂くというもの。敵として想定されていたのは男で、だから男の腕の内側に潜り込めば非常に有利に戦えるとの考えのよう。


 そしてそれは舞台をダンジョンに移しても依然として有効だった。俺は特に徒手格闘とナイフ術を叩き込まれていて、それが理由で俺は空を飛んでる。


 で、俺は翼を持たない人間なのだからなかなかしたたかに地面に墜ち、背中を打ち付けた。


 「い、痛い……」


 俺にはかなり辛い特訓だった。でも訓練を通してお互いの連携を確認できた。相棒がどう動くのか分かるのは良い。こんな時どのように動くのか、自分はそれに合わせてどうするべきか。


 同盟国の軍隊同士が訓練をする理由の一端を知れた気がする。






 「あ、そういえば2人だけで良いんですか?」

 

 ダンジョンを攻略する、それも短期間でとなれば有力な冒険者とパーティーを組むなり雇うなりして戦力の増強を図るべきではないのか。


 そもそも、なぜセリーナさんは単独で挑んでいたのか。


 「ええ、2人だけで。……ああ、なぜ2人だけかと言うとですね」


 セリーナさんは理由を説明する。


 「マイン・シャッツというのはとても貴重な薬でして。私としてはそれさえ入手できれば他の報酬はどうでも良いんです。ただマイン・シャッツが一番価値のある報酬であった場合、確実に揉めて最悪入手できなくなります」


 それだけはなんとしても避けなくてはなりません、と結んだセリーナさん。


 なるほど道理だ。たしかにパーティーを組むのは難しい。


 しかし雇うのは?


 「ボス討伐が可能なレベルの冒険者、いたとして雇えるのは国王ぐらいしかいません」


 なるほどなあ。結局、俺達2人でダンジョンを攻略しなけりゃならないのか。

 

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