4話 彼女の力
冷や汗をかきながら、店主はジークにセリスのランクを尋ねた。
ギルドランクを尋ねるのには意味がある。実力はあっても実戦経験がない、というのではいざというとき使えないのだ。ジークが相棒というのだからまったくの素人ではないのだろうが、知っておくに越したことはない。
「ランクはDランクだが、そもそもギルドに加入したのが一年ほど前だから参考にはならないぞ。ただ、使えるということは保証する。経験に関しては確実に俺よりあるし、実力も今の状態でも本気で戦えば俺でも勝てるかどうかだからな。」
ジークのランクはAランク。最強といえる部類だ。そんなジークの言葉に驚いていると、トドメとばかりの台詞が。
「この前、三つ目狼退治の依頼をこなしました。数が多かったのでジークと二人で、ですけど。」
「ここから南に10キロ程の所でな。結局60頭ほどいたんだよな。」
・・・・確かその地点には30ほどの氷漬けの像が立っているのだと2,3日ほど前から噂があったはずだ。
「・・・・わ、わかった。力は十分なようだな。依頼主は商人のラダムス。砂海亭という宿にいる。『砂漠の薔薇』からの紹介だと言えば大丈夫だから、この後会っておけよ。」
酒瓶が並ぶ棚の陰から書類を引き出して告げる店主に礼を言い、店を出ようとした時、
「・・・・ジーク、やっぱり降りないか?」
店主の思いがけない言葉に振り向くと、心配そうな顔があった。
「サラティルドで名指しの依頼がある。緊急の要件だそうだ。次は一週間待たなくてはならないからな、却下だ。」
「そうか。いや護衛のメンバーが少しな。お前の顔見知りがエイギルと・・・・・アンジェリカなんだ。」
「「アンジェリカ?」」
その名を聞いて、首をかしげるセリスと顔をしかめるジーク。
2人の(とくにジークの)様子を見て「やっぱりやめるか?」と声をかけたが、ジークは首を振った。
「分かった。気をつけろよ・・・・。」
「ああ」と答えて店を出るジークと、それを追いかけるセリス。
2人の後ろ姿を店主は心配そうに見送っていた・・・・。
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・・・・数時間後、場所は変わって宿で。
『砂漠の薔薇』を出た後、その足で二人は砂海亭へ向かった。砂海亭は最高級の宿なので場違いな旅人二人が門前払いされかけるという一幕もあったが、ジークのAランクのギルド証によって何とか入り、ラダムスに面会すれば、後は『砂漠の薔薇』の紹介とAランク傭兵ということで、無条件で雇用が決まった。
その後、ジーク行きつけの『安くて料理がうまい宿』で部屋を二つ取り、二人はそれぞれの部屋で旅装を解いて、今、ジークの部屋で二人でくつろいでいた。
ちなみに、わざわざ二つ個室をとったのに片方の部屋で休んでいるという現状に疑問を持たない。
少なくともセリスにとっては二人部屋ひとつでも構わないのだが、セリスの年恰好から不名誉な噂を立てられてはたまらない、というジークの意見によって部屋を分けている。
「アンジェリカって誰なの?」
唐突に投げられた問いに、愛剣の手入れをしていたジークはセリスへ目を向ける。ベッドに寝そべる相手の目に浮かぶのは予想通り、嫉妬などではなく溢れんばかりの好奇心だ。その様子に内心ため息をつきながら、「昔の女だ。」と答える。
「それだけ?」という視線を向けてくるが、無視して手入れを再開する。そんなジークの様子をつまらなそうに眺めるセリスを見ずに、からかいを交えて「『見て』いたんじゃないのか。」と尋ねる。
「言ったでしょ。基本的に『見て』いたのはその剣を抜いたときだけよ。確かに様子は知りたかったけど、監視をしたい訳じゃなかったもの。私生活なんかほとんど知らないわ。」
「と、いうことは少しは『見て』たんだな?」
「・・・っ!そ、そういえば、もう一人、えーと・・・そう、エイギル!!その人は誰なの?!」
ジークの切り返しに、旗色が悪くなるのを感じてか、話題を変えようとセリスは叫ぶ。しかし、
「ただの知り合いさ。で、『見て』たんだよな?」
「わ、わざわざあの店主が言うんだもの、それなりに親しいのよねっ!」
「何度か一緒に仕事はしたな。で、どうなんだ?」
「・・・・・・・」
「どうなんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「黙ってるってことはやっぱり『見て』たんだな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あーもう!確かに少しは『見』ましたよ!しばらく剣抜いてないけどどうしたのかな、と思ったのよ!」
「つまり、心配したんだな?」
「当然でしょう!!!・・・・こうなったら、そのエイギルとかいう人に、あんたの可愛かった子供時代をばらしてやるから!!!」
こぶしを握って言うセリスに、思わず、何度も尋ねた疑問を投げる。
「・・・・・・・ほんとに精神そのままなのか?性格変わりすぎだろ。」
返ってくる答えも、向けられる少女とは思えぬ艶やかな笑みも何度も見たもの。
「女は誰だっていくつもの顔があるのよ。」
その笑みは確かに『彼女』そのままで、ジークは思わず・・・・・・見惚れた。
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