2話 砂漠の薔薇
砂漠の薔薇という、妙に上品な名のその酒場に足を踏み入れて、セリスはフードを外すなというジークの言葉の意味を知った。
そこにいたのは、いかにも傭兵、という感じの荒くれ者たちだったからだ。
セリスも自分の容姿が人目を引くことは自覚している。知らない者が見れば絶好のカモと考えるであろうこともだ。
・・・・ジークが聞けば、眉間にしわを寄せて「それだけか。」と抗議しそうな程度の『自覚』だが。
それでも、周囲の視線を集めていることが理解できないほど鈍くもない。そもそも店に入った今でも外套は脱がず、フードもかぶったままなのだ、怪しすぎる。
最もこの視線の集中砲火の理由はそれだけではないが。
「黒髪黒目・・・・《闇夜》だ。・・・」
「・・・《ラティルドの英雄》だろ・・・本物か?あんな若造が・・・」
「・・Aランク・・・・ここ二年ほど行方知れずだったそうだが・・・」
そんな囁きを聞き取り、セリスは隣をちらりと見上げる。
ジークは視線を気にせず、むしろ不敵な笑みを浮かべるとカウンターへと歩みだす。
――――――――――――ギルドAランク傭兵、《闇夜》ジークフリード
九年程前に傭兵となり、Aランク傭兵、《剣聖》ザリアスに師事し、共に旅をする。
約三年でCランクという記録を打ち立て、それを機に独立。
パートナーを作らず、滅多にパーティーも組まないことから密かに《孤高の傭兵》と呼ばれる。
その二年後にBランクとなり、その珍しい髪と目の色から《闇夜》の二つ名を得る。
Aランク昇格は時間の問題だと囁かれていたところで、三年前の《サラティルドの大侵攻》と呼ばれるラティルドに突如現れた魔族の軍勢との戦いにおいて勝利への功績、その後のラティルドの復旧への貢献を評価され、《ラティルドの英雄》として一般にも有名になるとともに異例の若さでAランクにまで上り詰める。
二年前に突如行方知れずとなり、消息不明に。早すぎる引退や、依頼失敗による死亡説までささやかれていた。
ジークの後を追いながら、彼の人目を集めるのに十分すぎるほどの華々しい功績を思い、セリスはそっと目を伏せる。
『常識知らず』といわれるセリスだが、ジークがどれだけ功績を上げてきたかは知っている。ずっと『見て』きたのだから。『あの時』も。
「・・・ラティルドへ向かう隊商はあるか?できるだけ早いのがいい。」
胸によぎる思いを振り切ると、ちょうどジークが店主であろう護衛の空きがあるかを尋ねているところだった。
あわてて隣に並ぶセリスを一瞥し、明らかに傭兵上がりであるとわかるいかつい店主は口を開く。
「・・三日後に出発する隊商がある。名高い《闇夜》なら大丈夫だろうが・・・・そっちは護衛対象か?」
「いや、相棒だ。」
その言葉に、店主がセリスに興味深そうな視線を送る。
「セリスといいます。」
店主の視線を感じ、礼をして名乗る。
優雅な礼を見た店主は少し目を細め、見定めるように眼光を鋭くする。
「《孤高の傭兵》の相棒・・・興味深いが、顔を見せてもらえないか?」
店主の言葉に、セリスがジークを見やると、ジークは頷き、セリスの後ろに回った。
これで後ろから見ると、セリスの姿は頭一つ以上高いジークの体に隠れ、まったく見えなくなる。
そしてセリスに向かって、「いいぞ」とささやいた。
ジークのささやきを聞き、セリスはゆっくりとフードを下ろした。
ちょっと間があきました。
しばらくは投稿は不定期になると思います。