20話 襲撃~夜~ 2
初めて会った時、条件の良いカモを見つけたとしか思わなかった。
全く思い通りにならない彼に苛立った。
いつもと違う様子に、好機だと思った。
肉体を重ねて、捕らえたと確信したのに。
朝になって今までと変わらないどころか、それまで以上にこちらを見なくなった気がした。
しばらくして、それが気のせいではない事を確信して、あたしは初めて気付いた。
彼の視線が決してアンジェリカを見ていないことに。
それでもまだ、我慢が出来た。
自分と同じように彼に惹かれ、近づく者達の誰もが、彼の瞳に映ること叶わなかったから。
なのに
なのになのになのになのに!!!!!!!!!!!!!!!!
いつの間にかジークの隣りにはあの小娘がいた!!!!
彼の視線を独り占めして!!!!!!!!!!!
戦闘があった夜は熱が治まらないものだ。特に、前線で戦う戦士たちは。
あんな小娘にジークを満足させられる訳が無い。きっと私の誘いに乗ってくれる。
小娘が倒れたときも、邪魔者が居なくなったと内心笑っていた。
頃合いを見計らって彼に誘いをかけよう、と考えていた。
だけど
そっと覗いた天幕の中での光景。
彼はまるで姫君か、女王に仕える騎士のように跪いていて。
そうかと思えば突然、長い、永い口づけを交わしていた。
薄暗い天幕の中で口づけを続ける青年と少女。
倒錯的なようでいて、ただ刹那の美だけが強調される画に、思わず目を奪われていた。
「っ!?!?!?!?」
どれ位の間そうしていたのだろう。
背後に気配を感じ、咄嗟に声を殺して後ずさる。
「盗み見とはいい趣味だねアンジェリカ。」
振り向けば、自分が最も惹かれている人物の近くに立つ、大嫌いな男が居た。
かつてジークとは異なる意味で自分を拒んだ男。あのときの屈辱は忘れられない。
今だって気配を消して近づき、ワザと自分に向けて殺気を放ったくせに、自分は何もしていないと言いたげにヘラヘラと笑っている。
その目だけは冷たい光を宿して。
「君も懲りないねえ。あんだけ2人の惚気というか溺愛というか、とにかくイチャイチャぶりを見せられていて。いや、それ以前にあれだけジークに拒否されていてまだ諦めないなんて、というべきか。」
ニコニコ笑いながら痛い所ばかり突いてくる。だからこの男は嫌いなのだ。
初対面時の第一声が甦る。
――――――――――容姿を誇る寄生虫って響きからして滑稽だよね。知ってる?寄生虫って自分の力が無いから寄生するんだ。それに、俺は虫が嫌いだしね――――――――――――
どこまで毒だらけなのだろうか、と言いたくなる台詞。
「ね、ちょっと向こうで話そうか。」
了承を得るかのようでいて、相手に全く選択の自由を与えない言い方。
憤りをこらえて出来るだけ冷ややかな声を発する。
「いったい何を話すというの・・・・・・・・・エイギル?」
「わかんない?そこまで愚かな訳じゃないよね・・・?」
薄く笑うと、踵を返して歩いていく。無視しても良かったが、ここに立ち尽くしている訳にはいかない。何より後で『あの時素直について来れば良かったのに』等と言われる事が悔しい。
過去、それで痛い目を見たことも幾度かあった。
掌を爪が食い込む程に強く、握り締めて後を追った。
「ジークが君を見ることは、いやセリス以外を見ることはありえないよ。」
野営場所から少し離れた場所。砂丘の影で待っていたエイギルは、開口一番にそう言い放った。
「っっそんな、こと・・・・・・。」
「彼の目を見れば分かっているだろ。誰も見ていなかったジークが、1度一人に決めればそう容易く他の誰かに乗り換えることなんてそれこそ有り得ない。ずっとジークを見てきたと言うのなら、その位理解してるよね?」
反論できず、アンジェリカは俯く。
「それに、セリスはジークの周りにいたどんな人間とも違う点がある。」
「それが、ジークがあの娘を選んだ理由・・・・?そんなに価値があると言うの?」
やっとのことで絞り出された声に、エイギルは呆れた顔をした。
「価値が有るとか無いとかいう次元じゃないんだけど・・・・。まあ、アンジェリカに理解しろというほうが無理か。
俺としては正直ジークが無茶苦茶うらやましいよ。何かと引き換えに得られるものではないしね。」
ただ、と言い置き、エイギルは声に圧力をかける。
「君に、少なくとも今のアンジェリカじゃあ、逆立ちしたって身につけられるものじゃない。潔く身を引くんだね。」
容赦の無い宣言に、沈黙が落ちる。
「・・・・・・・・いまさらだけど、ひとつだけ聞かせて。」
ポツリ、と零れ出た言葉。アンジェリカは気付いていない。始めの、エイギルに対する強烈な嫌悪感が薄れていることに。
「どうして口を出したの?」
そう、個人的な諍いに介入することは、傭兵として誉められたことではない。
「ジークの友人として、かな。」
「それだけ?」
「そう。《サラティルドの大侵攻》という地獄を行きぬいた戦友として、ね。」
そして、彼が背負う『闇』の深さを垣間見た者として。
彼の『光』を潰したくないと思うのだ。
先程のセリスの話を思い出す。
彼女は言わなかったが、ジークは間違いなく《闇》の属性を持っている。
おそらく、ジーク自身もそれを疎んじているのだろう。あのひたすら巨大な力は、畏怖さえ呼び起こすものだったのだから。
人の身には重過ぎる力だと思う。
そして、《闇》を疎み、恐れるジークにとってセリスは、間違いなく『光』だ。
ジークにとってこの上ない安心をもたらす存在。
ジークのように、その『強さ』を認められてしまった者は、『護る』ことだけを期待される。
誰だって自分より強い存在を『護ろう』とは考え難いだろう。特に、アンジェリカのように自分以外の者を利用しようと考える者は。
だが、それではジークの重荷は増すだけだ。
セリスは、ジークがその強さを認められてから、エイギルが初めて出会ったジークを『護ろう』とする人間だった。
だからこそ、ジークの相棒として認めたのだ。
「友人には、幸せになってもらいたいものだろう?」
そう笑いかけたエイギルに、アンジェリカはため息を吐いた。
その拍子に、雫が一粒、零れ落ちる。
耐え切れず、俯いた。
「・・・・私だって、大切な人には幸せになってもらいたい。」
慰めるでもなく、黙って聴いているエイギル。
それまでのアンジェリカなら、その姿に自分勝手な憤りを感じただろう。 ただ見ているだけなのか、と。
でも、今彼女の胸の内に満ちるのは安心感だった。
自分の変化を、アンジェリカは自覚していない。
だから、互いに嫌悪していると思っていた青年が、優しいまなざしで彼女を見ているなんて、思ってもいなかった。
エイギルがものすごく黒いですね(笑)
半分はアンジェリカ視点のためですが、もう半分はエイギルの確信犯です。
上位ランク傭兵は、曲者が多いよ!!という話です。
エイギルがアンジェリカを嫌っていたのは、他人の力に頼るだけの者が大嫌いだったからです。昔は青かった、と本人は言うかもしれないですね。