19話 襲撃~夜~1
自覚して気が抜けたのか、体に力が入らない。
どうやら魔力だけでなく、体力もずいぶん削られていたようだ。
力無い身体をジークにゆだね、セリスはまぶたを下ろす。布越しに感じるジークの体温が心地良かった。
少し意識を失っていたらしい。
セリスが目を開くと、天幕の天井が視界に入った。
「気づいたか?」
起き上がらないままで声の方向に視線を移すと、脱いだ外套を持ってジークが傍らにやって来た。
ゆっくりと上体を起こすセリスの背を支え、楽な姿勢をとれるように丸めた外套を置く。
「脱がせるぞ。」
声をかけてから、セリスのブーツの紐を解いていく。
今の状態になって間もない頃、勝手がわからず無茶をしてはダウンしていた時があった。その時に抱き上げて運ばれることには慣れたが、これともう1つは何度経験しても慣れない。
今も出来れば止めて欲しいのだが、力の入らない身体では自分で解くことは難しい。
シュルリ、と微かな音を立てながら解かれる様子を見詰めながら、気恥ずかしさを誤魔化すために口を開く。
「・・・どのくらい気を失っていた?」
ジークは手を止めぬまま答える。
「それ程長くない。今夜は満月だ。皆が眠るまでは大人しくしていろ。」
両足のブーツの紐を解き、ブーツを脱がせる。
スラリとした白い素足があらわになった。薄暗い天幕の中でも目を射る眩しさ。
思わず惹きつけられる視線を無理やりに外し、セリスの顔へと向ける。
恥らうセリスの表情を見て、再び理性を総動員させながら、気分を尋ねる。
「まだちょっと身体に力が入らないわね。予想以上に体力を消耗してたみたい。まあ、魔力の消耗も影響しているんでしょうけれど。」
セリス程魔力が大きいと、体力の半分ぐらいが魔力で構成されている。基礎体力が劣るセリスにとっては魔力で補えるということは幸運なのだが、加減を間違えると今回のようになるのだ。
「まあ、体力に関しては眠れば何とかなるでしょう。残るは魔力だけど・・・・今夜が満月で助かったわね。」
「そう言うが、実はきっちり計算してただろ。」
その辺、セリスは抜け目無い。それを知っているジークは思わず突っ込むが、笑ってかわされてしまった。
思わずため息を吐き、そこで話を逸らされたことに気づいて、顔を険しくした。
先程は誤魔化していたが、セリスは《月》属性だ。月の光を浴びれば魔力は容易く回復する。満月ならばなおさらだ。だが、今の力を抑えた状態では月光を浴びても回復はたかが知れている。だから、心置きなく力を解放できる場所に移動するために、魔法を使って人目を避けなければならないのだ。しかし、魔力が枯渇寸前の今の状態ではそれは無理。
つまり、今のうちに多少なりとも魔力を回復する必要があるのだ。
だが、セリスからそれを言い出すことは無いだろう。理由はわかっている。それを尊重したいとも思う。
しかしこの時、優先するべきはセリスの体だった。
後々の抗議を覚悟して、そっとセリスに近づく。
そのまま―――――――――――――――――唇を重ねた。
「?!」
驚きに目を見開くセリス。しかし、力でジークに敵うはずもなく、抵抗はアッサリと抑えこまれてしまう。
セリスの儚い抵抗を気にすることも無く、ジークは重なった唇を通して自分の魔力を流し込む。彼女から香る花の香りや、甘い感触を内心確かめながら。
本来、自分の魔力を他者に分け与えることなど考えられない。なぜなら、まったく同じ属性の魔力を持つ人間が存在する確率など、果てしなく低いからだ。ましてやセリスは希少といわれる月属性なのだ。
それを可能とさせているのは、ジーク自身の属性とセリスの属性の相性。そして2人の間で交わされた『契約』の効果だった。
ただし、本来の力を封じている今のセリスでは『契約』の恩恵を十分に得られない。だからこそ、こうしてセリスと直接『繋がる』必要があった。
封じている力を解放すれば何もせずとも魔力の共有は行われるが、どこに人目があるかわからないこの場ではそれはマズイ。
ジークはちらりと、天幕の入り口に視線だけを向ける。そこにいるのが誰なのか、推理というよりは勘でわかっていた。
その人物に見せ付けるように、セリスを抱きしめる。暴れようとしたセリスを抑えるためでもあったが。
抱きしめたのは自分なのに、腕の中から立ち上る甘い香りに包まれているようだった。
甘い唇の味に、花のような香りに、そのまま貪りたくなる欲求を何とか振りほどく。ある程度の魔力を渡して、触れるだけの長い口付けを終える。
ジークが解放した瞬間にセリスは、それまでの力無い様子はどこへやら、バッと距離をとる。
「ジークッッッ!!!!」
紅潮した顔で思い切り叫ぶ。その後は言いたいことがあり過ぎてか、はたまた混乱して何も思い浮かばないのか、口をパクパクと開閉させるだけだ。
「・・・・・・・。」
自分よりもはるかに長い年月を生きているくせに、彼女はこういう事にはいつまで経っても初心なのだ。
滅多に見られないセリスの姿に浮かぶ笑みを何とか押し止める。
「ある程度の魔力の供給が必要なことは自分で分かっていただろうが。それよりも今は寝てろ。」
「わ、わかってたけど!!でも、こんな、いきなり!!!!!」
「言えば逃げるだろうが。いいから体力の回復に専念しろ。明日も進むんだぞ。」
「うう・・・・・・・・・・。」
ジークの言うことが正論である以上、セリスは黙るしかない。
まだ赤い顔を毛布で隠し、せめてもの抗議とジークから離れて寝転がる。
その外見相応な行動に、ジークはクツクツと笑うが、セリスは無視した。
だから、そっと唇に触れたジークの表情を、セリスは知らない。
声なき声で紡がれた、自らの名のことも。
天幕の外では、はしばみ色の瞳をつり上げ、唇を噛み、拳を握り締めて立ち尽くすアンジェリカの姿があった。
ジーク、役得(笑)。