18話 セリスちゃんの魔法講座
盗賊の襲撃があったので、今日は警戒も兼ねて早めに野営をすることになった。
暇を持て余し、散策していたエイギルは今日の功労者達を見つけた。
「や、セリスちゃん。」
「エイギル。」
ルースの世話をしていたらしいセリスは、振り返って微笑んだ。
「今日はお疲れ様。」
「セリスちゃんこそ、大変だったろ?結界を張るだけじゃなく、それを維持したまま俺達の援護までしてたんだから。」
「気づいてたの?」
「勘の良い奴は気づいてると思うよ。誰がやったかは別としてもね。そういえば、ジークは?」
「今日の立役者だもの。いろんな所でつかまっては声掛けられるんで、天幕の中で剣の手入れをしてるわ。幸運なことに私は表に出ていない分、そういうのはないのよ。」
『勘の良い奴』が向ける視線の色の変化に気付いていないのだろうか、この少女は。
思わず苦笑したが、そこで1人の少年を思い出す。
「そんなこと言って、すっごい懐かれてた子がいたじゃないか。えーっと、トゥーリ、だっけ。」
今度はセリスが苦笑する。
「ああ、あの子ね。まあ、魔力とか色々気付かれちゃったみたいだから。見習いとはいえさすが治癒士、って所かしら。」
「?職業が関係するのか?」
「治癒士は何よりも感知能力が重要となるの。何を治すのかわからなければ、手の出しようが無いでしょう?」
「なるほど。魔法士にも色々あるんだ。」
感心していると何やら意外そうな顔をされた。
「なに?」
「えっと、魔法について知らないことが驚きで。魔物の中には魔法を使うものもいるし、たとえ使えなくても傭兵は魔法について結構知ってるイメージがあったから。」
「・・・・・・・・ジークが過保護になる理由がわかった気がする。あのね、魔法についての知識は魔法士か、貴族でもない限りきっちり学ぶことはまず無いよ。」
これを聞いてセリスは思わず呟く。
「知ってた方が色々便利なのに。」
「そりゃそうだけどさ。簡単な魔法なら金を払えば教えてくれるけど、知識のほうは知りたがる奴も少ないから金持ちの教養みたくなってるんだ。」
納得できるような出来ないような。
でも納得できずに唸っていると、ふと思いついた。
「教えてあげようか?」
「は?」
「簡単にで良いなら教えるよ?今日はこの後時間もあるし、夕食食べながらなんてどう?」
「マジ?!よろしくお願いするよ!」
「じゃあ、また後でね。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして夕食時。
周りの人間よりやや食の細いセリスは一足先に食べ終え、自分で用意した食後の茶を飲んでいた。
他の面子も食事を終えて、思い思いにくつろいでいる。
「じゃあ、はじめましょうか。」
「ちょっと待った!!」
いきなり立ち上がったエイギルは、自分の向かいを指さす。
「何でお前もいるんだ?!」
その先にはセリスからのお裾分けの茶を飲むトゥーリがいた。
「駄目ですか?」
少年の方はいたって冷静に、柔らかそうな栗色の短髪を揺らして訊ねる。
そう言われてしまえばそれ以上詰問することは出来ず、思わず言葉を飲み込んだエイギルにセリスは笑って取り成す。
「別に良いじゃない。それに私が知っている理論はあくまで師匠から教わったものだから、既存のものとは違うかもしれないし。せっかくだから、確認もかねて、ね?」
そう言われてしまえば何も言えない。再び座り込んだエイギルを見てセリスは口を開いた。
「魔法について話す前に、魔力について説明するわね。
魔力とは『魔素』と『気』が体内で混合したもののことを呼び、全ての人間が持っているわ。『魔素』とは周囲に漂う不可視のもの。魔力の元とでも考えて。『気』のほうは、生命力、精神力と呼ばれることもあるわね。
また、魔力についてはたいてい、3つの要素から考えられているわ。それぞれ『器』、『密度』、『属性』というの。
『器』とは魔力の量のこと。言わば『魔素』と『気』の総量ね。
『密度』は魔力の総量に含まれる『魔素』の量。これが大きい程、少ない魔力でも効率よく魔法を使うことができるわ。
そして最後の『属性』。さっき魔力は『魔素』と『気』の混合物だと言ったよね。2つが混ざる時、その人の『気』によって魔力の質が変わるの。その種類によって区別されたものをそう呼ぶのよ。これは魔法を行使する時の得意不得意に関係してくるわ。」
ここまで一気に話してから、周囲の面々を見回して理解しているかを確認する。
「属性は、『基本』と『派生』があるわ。
『基本』とは、地、水、風、火の4種類。それぞれに特性や相性があるけれど、特に相性はあんまり重視されないわね。ちなみに、これ1種類のみって人は滅多にいないわ。ほとんどの人が2種類か3種類保持していて、その組み合わせや割合で『派生』が決まる。
例えば水と風で雷、火と地で金とかね。水から氷、火から炎、なんてのもあるわ。
『派生』はそれこそ星の数ほど存在するから、それを専門に研究している人もいるらしいわよ。
また、そのどれにも当てはまらないものがあるわ。それが光と闇。かなり珍しくて、ほとんど確認されていないから、どんな性質なのか詳しくは不明なままね。分かっているのは光属性と闇属性は相反すること、光属性には《陽》と《月》の2種類があって闇属性への影響が異なること、ぐらいかしら。」
「その2つはどう影響が違うの?」
息継ぎの間を見計らってエイギルが訊く。
「数少ない言い伝えでは【《陽》は闇の力を打ち消し、《月》は闇の力を中和する】と言われているわね。だからと言って、闇より光が強いという訳では無いようだけど。」
「へぇ。」
そう言いながら、エイギルはジークの方をチラリと見やる。だがジークには欠片も動揺は無く、いつも通り、と言うしかない。
「じゃあ、魔力についてはこれ位にして、魔法について、ね―――――――
一口に『魔法』と呼ばれているけれど、、大体3つに分けることができるわ。
まず、《共通魔法》。通称『魔法』。
『器』を重視した魔法よ。《明かり》の様な汎用性の高いものから《魔力弾》の様な攻撃魔法まで、学べば誰でも使うことができるわね。ただ、個人の『器』によってその威力は変わるわ。
次が『密度』を重視したもの。《詠唱魔道》、または『魔道』。
主に魔法士が使うものよ。呪文を鍵として発動するんだけど、『魔法』よりも威力も消費する魔力――――というより『魔素』の量が段違いなの。ただ、『魔法』と違って『属性』があるから、全てマスターするのは難しいそうね。
上級、中級、下級と難易度が分かれているのも特徴かしら。
最後が一番特殊ね。《精霊魔術》、または単純に『魔術』と呼ばれたりするものよ。精霊に呼び掛けて力を貸してもらう形のものだから、精霊の加護が必要なの。加護は『属性』が関係したりするらしいけれど、そもそも『加護持ち』が少ないからはっきりしないのよね。
普通は決まった精霊と契約して力を借りるの。だから複数の属性を扱える人は珍しいわね。契約していない精霊の力を借りようとすると、魔法陣やら呪文やらが必要となるし。
利点は『魔道』と違って自分1人に負担がかからないから、大規模なものが使えることかしら。
私が昼間使ったのもこの系統よ。
普通、魔法といって指すのは《共通魔法》と《詠唱魔道》ね。この2つには共通点があるの。それは『熟練すれば詠唱を短縮、または破棄できること』よ。《精霊魔術》はその形式上、『呼びかけ』は外せないから。まあ、理論上は短縮なら出来るらしいけど。」
「理論上はってことは実際にするのはかなり難しいのですか?」
そう訊いてきたのはトゥーリ。
《精霊魔術》は使えるものが滅多にいないので、魔法士でも上位の者以外にはあまり知られていなかったりする。
だからトゥーリにとってもセリスの説明は好奇心を呼び起こさせるものだった。
「難しいというより、今までに精霊との繫がりを、詠唱が必要ない位に強く持った人間がいないって言ったほうが正しいわね。」
それまでどこかつまらなそうに聞いていたジークが、突然何かに気づいたように身動きした。そのままジークがセリスへと視線を据えたことに、気付いたのはエイギルのみだった。視線に探るような、それでいて気遣わしげな色が含まれていることにも。
「《精霊魔術》で最も重要なのは、精霊との《同調》。抑えつけても精霊は離れていくだけだから。逆に、心を開けばそれだけ進んで力を貸してくれる。呪文はあくまで補助なのよ。」
もっとも、無くすことは出来ないけれど。
「・・・・・まあ、基本的なことはこれで全部かな。」
「これで基本?!」
「そうよ。気付かなかった?『魔法』、『魔道』、『魔術』については説明したけれど、治癒術については触れなかったでしょう?」
「今説明されたのは、『攻撃魔法として』基本的なものです。治癒以外にも、召喚、無属性など、色々あるんですよ。」
「はぁ・・・。」
トゥーリの補足に、思わず溜め息をつくエイギル。それを見て、トゥーリと一緒にクスクス笑っていたセリスだが、突然グラリと体が傾いだ。
「あ、あれ・・・・・・・?」
そのまま砂の上に倒れ込むかと思われた細い体は、鍛え上げられた腕によって支えられた。
「はしゃぎ過ぎだ。」
見上げると、感情の読み取れない表情の青年が覗き込んでいた。
一見淡々として見えるジーク。しかし、セリスには解る。
思わず体が強張る。確実に、今の彼は怒っている。それも、静かに。
それ程怒りが深くないのが救いか。しかし、セリスには何に怒っているのかは見当がつかない。
「ジ、ジーク?」
「魔力の使い過ぎだ。昼間あれだけ派手に魔力を消費したんだ。倒れるのも当然だろ。」
「ちょ、降ろしてって。」
「大人しくしてろ。」
有無を言わせず、そのままセリスを抱き上げて天幕へと運んでいくジーク。
エイギルとトゥーリは遠ざかる二人の姿をぼんやりと眺めていた。
風になびく黒髪は華奢な肢体に絡みつき、そのまま夜の世界に溶け込むかのようだった。ゆっくりと倒れ込む少女を支えるのは、野生の獣のように美しい、夜の化身のような青年。
―――――――――― 一幅の絵の様な光景に、思わず見惚れていた。
呆然自失から戻ったエイギルは、少し離れたところで顔を歪めるアンジェリカを見つけた。
視線に物質化するならば、向けられたものは確実に射殺されそうな目で睨みつけている。
その視線の先にはもちろん、ジークと、彼に抱き上げられた少女。
「やれやれ・・・・・・。」
いまだ夢見心地なトゥーリには聞こえないように、エイギルは溜め息をついた。
今までで最長です!!
内容が内容なので、説明ばっかりですが。
そして結局イチャついてますね(笑)誰かは言わなくても分かるでしょう。