9話 波乱の出発 5
目の前の光景に、エイギルは硬直していた。理由は、少し前までさかのぼる。
妙に空虚な印象をもたらすセリスを見ていられず視線を逸らすと、友人がこちらへ歩いてくるのが見えた。まとわりつくアンジェリカの腕を無視する姿に違和感を感じていると、フッとジークがこちらを見た。その途端、顔色を変えると乱暴にアンジェリカの腕を振りほどき、こちらに向かってくる。視線をたどると、軽くうつむくセリスの姿があった。
駆け寄ったジークは顔を上げたセリスに自分の顔を近づけ、二人はそのままなにやら話し始めた・・・・・・・・。
そして今、エイギルの前には、知らない人が見たら間違いなく誤解を受けるであろう体勢をやめ、何事もなかったかのように立つ二人と、ジークにしなだれかかり微笑みながらもセリスを睨みつけるアンジェリカがいた。
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(えーっとぉ・・・・・・・・・。)
先程から自分に向けられる鋭い視線にセリスは困惑していた。
ジークとの会話を終えたあと、彼を追ってきたらしいアンジェリカはセリスを見咎めた。彼女の視線はまずセリスの顔に向けられ、次に下へと降りていき、また顔に戻る。しばらくじろじろと見たあと、フンッと鼻で笑った。そして、ジークにしなだれかかる。
鬱陶しげに顔をしかめるがいつものように邪険にはしないジークに気分を良くし、セリスに向かって優越感に満ちた笑みを投げかけた。
「あなた、ジークの依頼人?」
「えっと」「俺の相棒だ。」
セリスの言葉を遮り、切りつけるようなジークの言葉。その思いもかけない内容にアンジェリカはセリスを睨みつけた。
突然向けられた鋭い視線に、訳が解らないセリスはわずかに身動ぎする。
そんなセリスを背にかばうジークに、アンジェリカはセリスを見る視線をより鋭くさせた。
そんな攻防をを他所に、セリスは自分を見下ろし、身につけている物を確かめる。
生成りのチュニックに桃色のワンピースを重ね、黒いスパッツをはき、こげ茶のブーツを履く。両手には革の指無し手袋をして、旅人の必需品といえる外套をまとう。本来はこれに砂避けのフードマフラーをするが、今はしていない。
防具をつけていないこと、外套が砂漠用ではなく一般的な厚手のものであるということを除けば、砂漠の旅人の典型的なスタイルだ。
(別におかしくないよね・・・・?)
アンジェリカの視線の鋭さの理由に思い至らず、首を傾げるセリス。
以前にも述べたが、セリスは自身の容姿については自覚しているし、まともな美醜感覚も持ち合わせている。しかし、その容姿が周囲に与える影響の大きさというものをまったく考えていないのだ。
よって、〈自分が狙っていたジークの相棒になった少女に嫉妬し威嚇をした。〉ということに思い至らないのだ。
そんなのんきなセリスの様子を見ていたエイギルは、アンジェリカの威嚇が通じていない様子にホッとした。しかし、アンジェリカと向き合うジークの様子に再び顔を強張らせる。ジークとはなかなかに長い付き合いなエイギルは、まとわりついてくるアンジェリカに急激にジークの機嫌が悪くなっていくことを感じ取っていた。それが、セリスについて難癖をつけるアンジェリカの言葉によって、限界が近づいてきたのだ。
セリスのほうはそれがわかっているのかいないのか、〈一方的に〉どんどん激しくなっていく会話を静かに聞いている。
そしてとうとう、ジークの堪忍袋の緒が切れた。
乱暴にアンジェリカの腕を振り払い、距離を置く。
「いい加減にしろ!!!お前とセリスでは比べ物にならない。実力も、それ以外でもな!!
そもそも、俺にとってお前は何の価値もない存在だ。これ以上無駄な時間を費やさせるな。目障りだ!」
これまでの憤りが一度に噴火したのだろう。乱暴な口調で吐き捨てるジーク。
大きく目を見開いたアンジェリカに向かって最後通牒を突きつけた。
「これ以上うるさく言うなら、切る。」
身にまとう殺気は本物だった。
さすがに言い過ぎだと感じ、その気迫に耐えながらエイギルはジークをなだめようとした。
しかし、それより早く
「ジーク!!!!」
振り向くと、腰に手を当てて仁王立ちし、ジークの殺気に怯むことなく睨むセリスがいた。
次は少し短くなるかもしれません・・・。