7話 波乱の出発 3
ジークが二戦目を始めようとしたとき、
「ジーク。」
邪魔されたということよりもその声の主に苛立ち、ジークはその苛立ちを隠そうともせずに舌打ちした。そもそも打ち合わせの後にこの女に引き止められていたせいでセリスの元にいくのが遅れたのだ。エイギルを見ると、それがわかっているのか苦笑いをしている。
いっそ無視してやりたいが、この場にはセリスがいる。女性の扱いに厳しい彼女はけしてそれを見過ごさないだろう。ややこしい事態になるのは明らかだ。
仕方なく剣を収めると、駆け寄ってくる女の姿があった。傍に来た女はジークの腕を取り豊かな胸に押し付け、自らへの自信と媚を覗かせた目で見上げる。赤い唇からこぼれるのは甘えを含んだ声。
「いきなりどっかに行くからビックリしたわ。まだ話は終わってないわよ?」
その男を惹きつけてやまないであろう容姿も、肢体も、動作も、ジークの心に何一つ感銘をもたらさない。いや、どんな美女でも同じだった。すでに彼の心にはいつでも唯一人がいるのだから。
近づいてきたのは赤い髪が印象的な女性だった。剣士であることを示す剣は女性用らしく、一般のものよりも細身である。肩までの髪は鮮烈に赤く、ゆるく波打っている。長身だが簡素な革鎧の上からでも女性的なラインが明らかな肢体や、自信に満ちたはしばみ色の瞳もあいまって、勝気な美人という言葉がよく似合う。
「アンジェリカだよ。」
セリスが、身を寄せ合うようにして(というよりアンジェリカが一方的に擦り寄っているのだが)話す二人をぼぅっと眺めていると、いつの間にかエイギルが隣に来ていた。アンジェリカが来たのを幸いにジークの元から避難したらしい。
セリスが見上げると笑い返された。
「気になる?」
「別に。」
間を開けずに返ってきた返答が含むもの。それを見分けようとして、エイギルは挫折した。
言葉だけならば、意地っ張りな少女の虚勢のような反応。しかし、そうにしてはあまりにも空虚な声音。表情が変わらないこともあり、本当に人形になったかのようだった。
何となく目を逸らしながら(友人の為に)アンジェリカについて補足をする。
「剣の腕は中の上ってとこかな。強い人間のいるグループに加わって生活しているらしい。
見ての通り、ジークに熱烈アタック中。打算も入っているだろうし、どれだけ本気かは知らないけれどジークは全く相手にしてないな。
当人はなんか言ってた?」
「聞いたんだけど、昔の女だ、としか言ってくれないの。」
先程の虚ろな様子が嘘のようなセリスの態度。しかし、その言葉の内容にこそエイギルは驚いた。ジークがそこまで話しているとは思わなかったのだ。
「・・・・・・・・ちなみに意味は解ってる?」
「そこまで言わすの?肉体関係があったってことでしょ。」
「えーと・・・・スミマセン。」
睨まれて思わず謝りながら、そのざっくりした説明に内心絶句するエイギル。
そんなエイギルから目を離し、セリスはフイと視線をジーク達に戻した。こちらへと歩いてくるジークとそれを追うアンジェリカを見つめる。
「・・・・・・・・やっぱり、離れるべきかな。」
小さな呟き。しかし、うつむく彼女の表情は見えなかった。
なんだかアンジェリカが出てきてから書きにくい…。
個人的には好きなんですけどねー、彼女。