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 それはあの夏。

 今でも思い出す。もう二度と出会えない彼女との日々。

 何よりも、だれよりも輝いていたあの頃の君。


 普段は乗らない方向の電車を乗り継いで海まで来た。

 平日の昼間ではあるものの、世間様は夏休みということもあって冷房の効いた車内には親子連れがちらほらといた。

 その内の何組かと一緒に駅を出た先に広がっていたのは、降り注ぐ太陽の光を反射する青い海。

 眩しいくらいの世界に飛び込んだ幼馴染が、俺を振り向いてへらりと笑った。


 走り出した無邪気な子供たちを見送って海沿いの遊歩道を歩く。

 色とりどりに咲いたパラソルを横目に煉瓦を敷き詰めた道はビーチから離れているのもあって微かに楽し気な声が聞こえてくる程度。

 穏やかで、幸せで。それでいてもの悲しい。


 彼女が、遊歩道をそれて砂浜へ降りる階段を見つけて足を速めた。

 駅前から少し歩いたせいか砂浜に広がる人も少ない。

 空と海の青の中で真っ白なワンピースを揺らす彼女が眩しくて、少しだけ目を細めた。


 この夏が終われば、もう彼女とは今まで通り会えなくなる。

 忙しくなるとか、別の場所に移り住むとか、理由は色々ある。その理由を取ってつけて、会わなくなるんだ。


 でもそんなことまるで忘れているみたいに彼女はただ嬉しそうに笑って。それを見て、胸の奥が苦しくなった気がした。わかってたはずなのに。

 それに気付かないふりをして彼女に笑い返す。

 彼女が俺を呼んだ。


 砂に足を取られないように返して傍に行くと、彼女が両手を広げていた。

 その意図を理解した俺は思わず吹き出して、それから彼女の腕の中に飛び込むように抱きしめる。触れ合う体温がくすぐったくて愛おしかった。

 ふわりとした髪は夏の匂いが香る。背中に回された細い指先がぎゅっと服を掴んだ。


 暑いねと言いながら額を合わせて二人で笑う。

 ああそうだよ、お前は知らないだろうけどさ。こんな風に触れられるのはいつだって心臓が爆発しそうなんだよ。

 今だけは、きっとこれで最後だから。


 彼女の肩越しに広がる海に目を向ける。

 きらめく水面の向こうにあるはずのものを思い浮かべようとしたけれどうまくいかなくて諦めた。ただ、このまま時間が止まればいいと思った。


 夏が終われば、俺たちは別々の道を行く。

 全部自分で決めたことなのに、もう少しだけこうしていたいと思う気持ちを抑えられなかった。

 不意に彼女が顔を上げて視線が絡む。どちらともなく離れて、歩き出す。


 生ぬるい風と共に海の匂いが肺一杯に広がった。

 それは、あの夏に置いて来た宝物の形をしていた。


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