番外編 ヴァルラム④
討伐隊はバラバラになり、地方の町に潜伏した。都から遠く離れた場所は、そこまで王の影響力は強くない。
討伐隊は身を隠しながらも、反旗を翻す気のある者たちを集めていた。地方では王の愚行を噂で流し、王への叛意を高めた。王から裏切りにあったヴァルラムの話も流れて、遠い地では王の悪どさが人々の口に上っている。
それが都に届くのもあっという間だった。
「チェルシー。ずっと部屋にこもってばかりだって聞いて、……なにをしているの?」
カノッサが家に訪れて、部屋に入ってきた。屋敷の離れで、仲間は自由に入れるようにしてある。心配そうな顔が見えたが、今はその顔を眺めている余裕もないと、机に向き直した。
「見たこともない魔法陣。なにをする気なの?」
「ヴァルラム様を助けるだけよ。なにか話?」
「ブルイエ団長が地方の独立はまぬがれないだろうって。だから、王を殺した後どうするのか、ちゃんと考えなさいって。私は田舎に帰る場所があるけど、チェルシーはどうするのかと思って」
「家族には都から逃げる用意をしてもらってる。ブルイエ団長に両親と妹のことはお願いしてあるから、イリノエア地方の近くの町に行く予定よ。先に出発してもらうわ。ヴァルラム様に助けられた町は多いから、受け入れてくれる町は地方に多いって言うし、安心してる」
王が死んだら、都をどうするのか。保守派の貴族たちは王の一番下の弟を次の王にする気だ。まだ幼く五歳になったばかりだが、それも勝手にすれば良いと思っている。
魔法使いの多くが地方から集まってきた者で、ヴァルラムのいない都などどうでもいいと思っている者が多い。
エニシャもヘクターも生まれは地方で、王に復讐したら田舎に戻ると言っていた。ブルイエはヴァルラムの封印を守ると言っている。
あの土地の封印を解けば魔獣が現れて、今度は逃げてきた者たちに危険が及ぶからだ。
『だから、助けられるのならば、封印を解かずに助ける方法を考えてほしい』
あの時は、なぜその封印を解かないのか。ずっと疑問に思っていた。いくらヴァルラムが望んだと言えども、封印を壊せばヴァルラムは助かるだろう。そう思っていた。
けれど、
(魔法陣を見たけど、私だけじゃ、あの封印を壊すなんてできないわ。あんな複雑な形)
壊そうとしても、一歩間違えればその土地を壊してしまうかもしれない。ヴァルラムを助けるつもりで殺してしまうかもしれない。
だからブルイエも、封印を壊さずに助ける方法を考えてほしいと、魔法陣の写し書きをよこしたのだろう。彼もあの魔法陣の凄さを理解しているのだ。
(私は、私ができることを行う。必ず助けてみせるわ————)
カノッサが緊張しながら一人歩いていると、町の人の行き来が少ないことに気付く。
みんな、都がおかしいと思って、どんどん都を出ていっているのだ。
不穏な空気。なにより王が狂ってしまった。前からヴァルラムだけでなく、自分の弟や妹を近付けないように、もしくは追放しようとしていたが、最近では側近たちを理由なく追放したり、処刑することが増えた。
ヴァルラムがいなくなってたがが外れたのか、王に意見すれば処罰される。一般人がなにを言おうと、王の耳に届くわけがなく、届いたら殺されるだけの世になってしまった。
この国は終わりだ。だから王の力が及ばないところに、できるだけ遠くに逃げようと考える。
(当然の心理だわ。普通の人ではどうにもならないもん)
周囲を確認してから裏手の空き家に入り込む。地下に降りると、エニシャが薬を作っていた。
「カノッサ。チェルシーはどんな感じ?」
「煮詰まっている感じでした。本当にヴァルラム様を助ける一心で……。でも、まだ不完全だと思います」
部屋のあちこちに散らばる魔法陣の描かれた紙。チェルシーはずっとヴァルラムを助けるための魔法陣を創作している。顔色は悪いというレベルではなく、何かに取り憑かれたような顔をしていた。
チェルシーはカラスのような真っ黒な長い髪と瞳を持ち、白皙の肌を持っていた。集中すると周囲が見えなくなるほどで、部屋にいることが増えると病的に青白くなる。
ヴァルラムはいつもそれを気にして、研究に没頭することがあればわざと外に食事へ誘ったりしていた。
二人は五歳違いで、そのうち結婚すると思っていた。チェルシーはヴァルラムを師と仰ぎ一心に魔法を学んでいたが、そこには恋心があったと思う。ヴァルラムもチェルシーを構うことが多かった。
「暴走しないように気を付けといて。ヴァルラム様が考えた魔法陣だから、簡単に穴を開けることなんてできないだろ。俺らも手伝いたいけど、ヴァルラム様の魔法陣の作りをよく理解してるのはチェルシーだから」
エニシャはそう言いながら、薬をしまい、魔法陣を描いた紙を胸元に隠す。呪文が唱えられない時に使う、予備の魔法陣だ。
王を狙う日が近付いている。地方は共闘して都を封じるだろう。その時に町の人間が巻き込まれないようにしなければならない。カノッサはその役目をもらった。
城の中に戦いに行く者は高位の魔法使いばかりだ。カノッサには彼らの戦いについていけない。
反乱は一気に行う。これが正しいのかなんて分からないが、このままではほとんどの魔法使いが殺されてしまうだろう。
「魔獣だ!!」
「なんでこんなところに!?」
町の人間が家から出て外へと走り出す。悲鳴が聞こえて、カノッサは人々が逃げ出してきた方向を見上げた。
「嘘でしょ……」
「なにがどうした! どこに魔獣がいるって!?」
「エニシャ様、あっち。王宮の方です」
王宮近くの建物の屋根の上に、鎌のような腕を持つ、巨大な魔獣がいる。それも、一匹や二匹ではない。
「なんであれがこんなとこにいんだ! カノッサ、町のやつらが逃げ回らないように誘導しろ! あれは動くものを追うタイプだ!」
そんな魔獣相手にしたことがない。見たことがないほど巨大で、羽をばたつかせれば、家を簡単に跨いで、軽々と地面に降り立つ。構えられた鎌でひとすくいすれば、数人がその鎌にからんだ。
エニシャが風の魔法で鎌を切り裂く。高音の悲鳴は魔獣から発せられて、その声に気付いた町の人々がさらに外に出てきた。
「そんな、無理よ。どうしろって言うの!?」
大体どこから出てきたというのか。エニシャが一匹倒しても、次がどこからかやってくる。それは王宮のある方角で、チェルシーの家の方だった。
「まさか、チェルシー……っ」
走り出して、さっき通った道を戻る。チェルシーの家はお屋敷で、貴族の中でも結構な土地を擁している。だから本棟ではなく、離れの建物に閉じこもっていた。
その建物が、崩壊している。
「チェルシー!!」
崩れた建物の中に、黒髪が見えた。急いで駆け寄ろうとするが、壁が崩落していて近寄ることもできない。
しかし、部屋の中で青紫に滲む光が見えると、そこからにゅっと鎌の腕を持った魔獣が出てきた。
「ひっ!」
カノッサは咄嗟に崩れた壁の影に隠れる。魔獣はカノッサに気付かなかったか、ゆっくりと崩壊した建物から出てくると、壁を踏みつけてばさりと羽を動かし飛び立った。
重さで壁が動いたおかげで、登ることができる。カノッサは壊れた壁をよじ登り、崩れた天井の側で寝転がっているチェルシーに走り寄った。
「チェルシー! チェルシー!!」
「カノッサ、失敗したわ。魔法陣、消して。魔獣が出てくる、から」
カノッサは言われた通り、光を帯びている魔法陣が描かれた大型の紙を魔法で燃やした。しかし、もうすでに何匹も魔法陣から魔獣が出ていた。
それに、崩れた天井が当たったか、チェルシーの頭が血だらけだった。
カノッサは寒気がした。耳や目からも血が流れているのか、頭の傷から流れた血がついているのかよく分からない。分かるのは、かなりの傷だということだ。
「今、手当するから」
「魔法陣、間違えたわ。繋げるとこ。ヴァルラム様、難しすぎるのよ、魔法陣が、私じゃ、無理、だわ」
「危険すぎるのよ! 町を魔獣だらけにする気!?」
「————は、はは。ああ、それ、いいかもね」
「バカ言わないで! エニシャ様が魔獣を倒してる。魔獣を呼び寄せただなんてバレたらっ。とにかくここから、離れないと!!」
カノッサはチェルシーを背負うと、崩れかけた壁を滑るように降りる。
まだ魔獣が暴れているせいで、ここが発生源だとは気付かれていない。
チェルシーを庭園の木陰に運んで手当てをしていたら、チェルシーが羽織っていた上着を脱いで、頭から流れた血で上着の内側に魔法陣を描いた。
「これ、ヘクター様に渡しておいて。ヘクター様なら、もっといい魔法陣、作れるはずだから」
「渡しておくから、あんたはここで隠れてなさいよ? 誰か人を呼んでくるわ。あなたの両親も外に避難しているかもしれない」
「分かった。……カノッサ。ありがとう」
「お礼はあとでいいから」
魔獣を呼び寄せたことに気付かれたら、チェルシーは死刑になるだろう。しかも魔法使いが呼び寄せたと、悪いイメージに使われることが簡単に想像できる。早くあの場所から移動して、姿を隠さなければならない。
(でも、血の量が多すぎじゃなかった? 早くしないと、チェルシーが)
けれど外は魔獣が暴れて、助けてくれる人が見つからない。轟音が聞こえ、エニシャや他の魔法使いが魔獣を倒すために魔法を使い、魔獣ごと家が崩れるのが見える。
あんな魔獣を、ずっと倒してきたのか。討伐隊が行ってきた苦労を、今さら目の当たりにした。
それと同時、王への恨みがさらに強くなる。
(ヴァルラム様がいればっ)
誰か。誰かいないのか。医者はいないのか。
走って探して、やっと見つけた医者は、怪我を負った者たちを手当てしていた。
「大怪我した子がいるんです。助けてください!!」
ずっと、嫌な予感しかない。手当てを終えた医者を引っ張って、チェルシーのいる木陰まで行くと、そこに彼女の姿はなかった。
代わりに、王宮の方で、再び魔獣が出たのが見えた。
「魔法? チェルシーっ」
魔獣を誘導するように、いくつかの光が王宮に向かって飛ばされていく。それに促されるかのように、魔獣が何匹も城へ飛び、窓に張り付いては屋根を走っていた。
「やだ、チェルシー。ダメよ。そんなことしたらっ」
光の他に、攻撃の魔法も見える。誰かが城に向かって攻撃を行っている。
それが誰なのか、考えなくても分かる。
「チェルシーっ!!」
カノッサの叫びは爆発の音でかき消されながら、その爆発音もいつしか消えて、魔獣だけが城を襲い続けていた。
「何人かの魔法使いが捕まり、処刑される。魔獣を誘き寄せた罪だそうだ」
ヘクターの言葉に、誰もが沈鬱な面持ちをした。
チェルシーは?
そんなことを聞くまでもない。チェルシーの魔法は途中で潰え、途絶えたのを見ていた。
犯人が分からないから、捕らえた魔法使いを犯人に仕立てただけだ。
「町が壊滅状態である今が、反乱の時だろう。すでにこちらに向かっている者たちに、早馬を出した。王を処する時が来たのだ」
魔法使いの処刑は、すぐに行われた。
そこにチェルシーの姿はなく、男三人がぶら下がった縄の前に並んだ。
町の人々へ、今回の騒動の犯人であると書状が読まれ、男たちの首に縄が掛けられる。
「カノッサ、行こう。もう始まる」
エニシャの声に彼らを背にした。自分たちだって、失敗すればああなるのだと、震えが止まらない。
悲鳴が聞こえて、耳を塞ぎたくなる。
遠くで馬のいななきが聞こえた気がした。




