番外編 ヴァルラム③
「チェルシー。ヴァルラム様から、手紙届いてる」
「ありがとう」
寮の部屋で受け取ったヴァルラムからの手紙はよれよれで、誰か開けたのではないかというほど、こすれて薄汚かった。
長い旅を終えてやってきた手紙は、水に濡れたのか文字もかすれている。
「王にも討伐の情報いってるのかしら」
「いってたって、見てないでしょう。どうせまた、まだ死んでないのかって、言うんだから」
チェルシーの言葉に、友人のカノッサは大きな息を鼻から出した。
王がヴァルラムを煙たがっているのは分かっていたが、最近ではそれを隠しもせず大っぴらに口に出すようになっていた。周囲もそれは聞き慣れて、当たり前のようになっている。
ヴァルラムが王宮を離れて八年。もう少しで九年になる。王弟の顔を覚えていない者もいるだろう。王の思う通り、ヴァルラムの存在は薄れてきていた。
チェルシーは届いた手紙を開く。ノリが簡単に剥がれるのは、先に誰かが開いたからだ。
(無駄なことを。私たちの魔法は新しく作ったものだから、誰にも破られないわ)
広げた手紙には、元気でいること、町で感謝の肉をいただいたことなど、他愛のない話で締めくくられている。
それを魔法で別の手紙に作り直すと、打って変わったつらい出来事が記されていた。
第二小隊の隊長が死んだ。魔法使いのベスが重傷を負った。おそらく助からないだろう。そんな報告が最初にある。
討伐に出発した人数は年々増えていた。王が邪魔な魔法使いや王弟を擁護する者を討伐に出すからだ。連絡が来るより先に人が来ることの方が多く把握できないのだと、珍しくぼやきが書かれていたこともあった。
それなのに、ヴァルラムは誰が怪我をして誰が死んだのか、詳細に記してくる。
遺体を家族に返すことができないこともあるが、あちらで起きていることを王が正直に民に知らせないと分かっているからだ。
王にも同じ報告が入っているだろうが、それが民に知らされたことは一度としてない。それどころか、討伐のことをほとんど口にしなかった。民に問われたら、無事だと言うだけで。
上手くいっていることは確かなのだろう。ただ、そこにどれだけの犠牲があるのかは、表に出していない。
「なんか、声しない?」
カノッサが階下から大声が聞こえると部屋の扉を開く。他の部屋も扉が開いて、何事かと廊下に出てきた。一階の階段下でも大人数で集まると捕えられることがある。しかし、皆が廊下に出て階下からの声に促されるように下に降りていった。
「————が、ヴァルラム様が、亡くなったって!!」
「————え?」
(今、なんて言った?)
魔法使いたちがどういうことだと、伝えにきた男に掴みかかった。男は王宮で聞いた話で、急いで教えにきただけだと反論する。
「王が狂ったみたいに笑ってる。ヴァルラム様は、もう戻ってこないって!!」
足元が崩れるのを感じた。
「嘘だ。そんな。なんで」
「騒ぎになってる。討伐は終わったって。最後の土地での魔獣の封印が成功したって」
「ヴァルラム様はどうなったの!?」
「分からない。王が喜んでる。これからパーティだとか」
「なんだそれ。ヴァルラム様が戻ってもいないのに!?」
口々に魔法使いたちが言い合うが、次々に情報が入ってきても、王が喜んでいる。討伐は終わり。ヴァルラム様は戻ってきていない。ばかりだった。
「どうして。今手紙が届いたばかりなのよ?」
そんなバカな話はない。だが、皆がその話を信じたくないと思っても、王宮はパーティの準備だなんだと、急にせわしなくなってきた。町には祭りが始まると伝えられ、討伐は成功したのだと吹聴された。
けれど、討伐隊は誰も戻ってきていない。討伐の功績を讃えると言いながら、讃えられる者たちは戻らず、同行した者たちの家族や恋人、親友たちは帰りを待つばかりで、いつ戻ってくるのか、本当に戻ってくるのか待ちながら、本当のことは一切分からなかった。
「魔法使いたちを讃える歌を。討伐成功の物語を」
討伐隊が帰ってこないのに、歌や物語が皆の耳や目に入るようになった。
帰ってくる者たちがいないのに、討伐に行った魔法使いや騎士たちを讃える歌だ。けれど、そこに王弟ヴァルラムの名はなく、物語に至っては、討伐に行った王弟が悪者のような話になっている。
「いつ討伐隊は帰ってくるの!?」
「生きているのか、それすらも分からない」
王宮では急速に魔法使いたちの居場所がなくなっていた。讃えられているのに、魔法使いの住む寮は解体。もう戦う必要はないなど、驚くほど呑気な話を聞かされて、魔法を学ぶ学校ですら閉鎖された。
「あり得ない。魔法自体を封じる気?」
「リタたちが自宅で集まっていたら、捕えられたって。王は魔法使いを全員捕える気?」
「王は、討伐先でヴァルラム様や討伐隊を全員殺したのではないの?」
血の気が失せる気がした。魔法を使う者たちの肩身はどんどん狭くなっていく。王が魔法使いたちを消そうとしているのは明らかで、民もおかしいと思いながら、けれど捕えられていく魔法使いを見るうちに、魔法使いを敬遠するようになった。
「ここで集まっているのも、いつか知られるんじゃないかしら」
カノッサは不安を吐露する。チェルシーの家に集まったのはたった五人だ。大人数とは言えない。
それでも、よく分からない理由で魔法使いは捕まっている。
「ヴァルラム様が殺されたのならば、他の者たちはなにをしているの!? ブルイエ団長は!? ヘクター様は!? エニシャ様はなにをしているの!!」
叫んでもなにも変わらない。ただ、自分たち魔法使いや王弟よりの貴族たちが、少しずつ捕えられていくのは分かっていた。
不安な日々を過ごしていたある日、チェルシーの家に何者かが侵入したのは、深夜を過ぎた頃。物音もせず入り込んだ者たちが小さな光で合図する。
「エニシャ様!」
「チェルシー、結界を張って。誰にも気付かれちゃダメだ」
ボロボロの服。血の跡か黒くなった袖。顔も傷があり、丸い顔がひどく痩せて見えた。
ヘクターも後ろにいたが、顔は真っ青で、四角い顔も頬がこけている。
「ヘクター様もご一緒でしたか。……ヴァルラム様は?」
チェルシーが三人の入る結界をすぐに作って問えば、二人とも黙ったまま、視線を合わせようともしない。
嫌な予感しかしない。まさかと思っていたことが、現実だと知った瞬間だった。
「嘘でしょう。ねえ。嘘ですよね!!」
「死んではいない」
ヘクターの言葉に安堵するのも束の間。ヴァルラムが封印を施した土地で、自らも封印したことを聞かされた。
魔法使いの一人が裏切ったこと。ヴァルラムが封印に巻き込まれたが、その封印を解くなと自ら命令したこと。ブルイエはその地に留まり、封印を守ることにしたこと。
聞いていても、意味が分からない。どうして、ヴァルラムが犠牲になって、封印をそのままにしてきたのか。
「ブルイエからの手紙だ」
ヘクターから渡されたブルイエの手紙には、ヴァルラムの最後と伝言が書かれていた。
『必ず幸せになるように』
「なにを、ばかなことを」
「チェルシー。落ち着いて」
「落ち着いてられるものですか!! 王はヴァルラム様が死んだと喜び、日々パーティを行なって、討伐隊が戻る前に大規模な祭りなんて開いて、町中大騒ぎだったんですよ!? その後は魔法使いを弾圧して、あなた方が戻るまでに何人が捕えられたと思っているんです!?」
「こっちも、多くが死んだよ。討伐が終わって向こうを出発した後、計ったかのように俺たちを殺しにきた」
エニシャが歯噛みする。討伐隊の中心であるヴァルラムが封印の中に入り、皆は意気消沈しながらも帰路へついていた。封印は成功し多くの魔獣を封じることができたが、その時にいた討伐隊の約半数が犠牲になった。
動ける者だけ都に戻ることにしたが、戻る途中、見知らぬ者に襲われる事件が起きた。
「さすがに何度目かって時に、もうこれは私たちを殺すつもりなのだと確信した。だから、王宮を捨てることにした」
「どういう、ことですか?」
へクターは疲れた顔のまま、椅子に座り込んで顔を押さえる。もう、限界のような顔をしていた。
「イリノエア地方の封印が行われて、我々が留まっていた城へ帰還すると、そこに王の勅使が来ていた。最初から決まっていたんだろう。言いたいことだけ言いやがって」
「ブルイエ団長だけが、イリノエア地方の、その魔獣が一番出る土地に残って、管理しろって。今回の討伐の褒美だってさ」
「なんですか、それ」
「ブルイエ団長だけは生かすってことなのか分かんないけど、今回の討伐の褒賞として、土地を与えたって事実が必要だったんじゃないかって話。他はさっさと帰ってこいって命令だったんだよ」
聞いているだけで震えてくる。ブルイエ騎士団長は王からも信頼されていたが、今回の討伐を自ら進んで希望した。それの嫌がらせなのか、人の住むことができなかった魔獣の生息地を褒美として与えたのだ。
そして残った魔法使いや騎士たちには戻れと命令した。だが、途中で襲撃され、討伐隊はさらに数を減らした。
「ブルイエも帰路になにかあるだろうと予想はしていた。それがその通りになっただけだ」
ヘクターが吐き捨てるように言いながら鼻で笑う。
ブルイエからの手紙には、同封されているものがあった。
封印の魔法陣。それから、ヴァルラムに施された、魔法使いの鎖の魔法。
その魔法陣を研究し、ヴァルラムだけを助けることはできないか、相談する内容だった。
「チェルシー。信頼できる魔法使いを集めてほしい。魔法使いを弾圧している話は地方にも届いていた。だから我々はブルイエの残るイリノエア地方の町で話し合いを行った。王は錯乱している。これ以上王に従う謂れはない。魔法使いを集めて、王を引き摺り落とす」
反乱を行う。そのつもりで戻ってきたと、二人は大きく頷いた。




