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目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです  作者: MIRICO


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番外編 ヴァルラム①

 じりじりと焼けるような日差しの中、フードを深く被り直した。


「暑いな。この地域の暑さは体に堪える」

「魔獣が水辺を奪って村の人々はほとほと困っているとか。夏は子供たちの遊び場でもあるのに、危なくて近寄れないそうですよ」

「魔獣も夏は暑いってことでしょ。あー。俺も水浴びしたいよ。うわ、虫! いすぎだろ、虫!!」


 都から遠く離れた町に滞在すること数日。

 馬で少し走った先にある村で、住み着いている魔獣が増えて生活が難しくなり、避難を余儀なくされたと聞いて、予定外の討伐に来たが、茹だる暑さに馬も人も地面に視線を下ろして歩くほどだった。

 長期の遠征と討伐の疲れで三人だけ連れてきたが、一人だけ文句が多い。


「エニシャ、うるさいぞ。文句ばかり言うな」

「ヘクター様、虫除けしてくださいよ! こっちの虫、刺されると膿むんですよ!?」

「薬なら持っているよ?」

「ブルイエ団長、優しい!!」


 話を聞いていると、母親と父親に子供が文句を言っているようにしか聞こえない。

 実際、エニシャは身長が低く、短い赤い髪が頭の形に沿って丸っとしており、子供のような顔をしているので子供に勘違いされることは多いが、これでも腕の良い高位の魔法使いである。


 ヘクターは四角くいかつい顔で、笑うのを隠すようにフードを被り直した。エニシャの師である高位魔法使いで、エニシャを良くからかっている。

 後ろでブルイエは二人の話を聞きながら、穏やかに笑った。騎士団長とは思えないほど人に甘く寛大な男だが、戦いとなると容赦なく剣を振るう。騎士団長ながら魔法も得意で、王にも一目置かれていた。


「ヴァルラム様、魔獣です」


 そのブルイエが川岸で何かを食らっている魔獣を見付ける。クマでも倒したのか、大型の動物を三匹でむさぼっていた。喧嘩をしながら奪い合っているので、餌は足りないようだ。

 取っ組み合いのように奪い合うので、その動きで草木が大きく揺れ、倒れれば地響きのような音がする。魔獣の中でも中位の大きさだが、クマの二倍ほどの身長があった。


「魔獣を水の中で殺さないようにね。体液で水が汚れてしまうから。森の方に引き付けてから倒そうか」


 ヴァルラムの言葉にエニシャがさっと小さな雷の魔法を森側に投げると、ばちばちとそれが弾けた。びくりと驚く魔獣たちが吸い寄せられるように、そちらに吹っ飛ぶ。

 そこにヘクターが鋭い槍のような雷を落とした。魔獣に突き刺さり身動きできなくなったところを、ブルイエがあっさりと首をはねる。


 ヴァルラムはそれでも動く魔獣の体を燃やした。肉が焦げる匂いと生臭い血液の匂いがぷうんと臭ったが、この匂いも体に良くないので、風の防御を行い、その場だけに留まるよう魔法をかける。


 小さな村だと、このたった三匹ほどでも生活が難しくなる。食欲が旺盛で、肉であればなんでも口にするのだから、人も同じく危険だ。普通の人間では対抗できないほど体格もあるので、討伐は欠かせなかった。

 他にもいないか目撃証言から居所を探し、討伐を進める。


(町で討伐を行う者が、圧倒的に足りなすぎる)


 地方に行くと王の管理が行き届かない。その土地の有力者が見向きもしなければ、苦労するのはそこに住む人々だ。


(魔法使いを増やして、討伐が行える者を増やすのが一番早いんだけれどね)


 その土地土地に役所のような場所を作り、派遣する魔法使いを常駐させるべきと発言してから、もう数年。魔法使いは増やせたが、簡単にはいかない。

 王が乗り気でないのが問題だ。


(僕が一年中討伐に出ているのでもいいんだけれど)


 旅をしながら魔獣狩り。その方が余程気楽だ。

 しかし、王は今回の討伐で、大国上最も遠く、最も危険な土地への討伐を命じた。


 それが決定した時、多くの者が反対した。無謀で、危険な旅になると。しかも途中途中の討伐も行い続けての最後の土地だ。多くの日数を経ても、その土地にたどり着いた時、我々は満身創痍だろう。

 そこでどれだけの時間が必要となるか。最後が最も魔獣が多く、危険な個体の多いと言われた土地となれば、死にに行けと言われたようなものだった。





「この町での滞在も長くなってしまいましたね。ヴァルラム様にお手紙が届いていましたよ」


 風呂に入ったばかりか、まだ焦茶色の髪を濡らしたままで、ブルイエが手紙をよこしてくる。


「ブルイエ、君が配達された物を配っているの?」

「たまたま自分が受け取ったんで、大したことはないですよ」


 そんなもの、他の者に任せればいいものを。人が良いブルイエは、隊員や魔法使いたちに城から届いた品を一人ずつ渡して歩いている。

 ヴァルラムに手紙を渡して、次の包みは誰宛かと配達品の入った袋を床に置いて確認した。


「君は損な役回りが多いね。本当は今回の討伐についてくる予定じゃなかったんでしょう? 王に行きたいって立候補したって聞いたよ」

「たまには遠出もいいじゃないですか」


 遠出にもほどがある距離なのだが。ブルイエはにこやかに笑って、人の手紙を指差した。


「マメな方ですね。彼女こそ討伐についてきたかったでしょうに」


 手紙の差出人は、高位の魔法使いである、チェルシーという女性からだった。ヴァルラムを師と仰ぐ、真面目で強気な女性だ。


「城のことを詳しく書いてくれるよ」

「結婚、されないんですか?」


 ブルイエは遠慮げに言ってくるが、ヴァルラムが顔を上げたのを見て、急いで首を振って見せる。


「その、やっぱり、ヴァルラム様には、幸せになってほしいですし」

「はは。考えたことないなあ」


(僕と結婚する者は不幸になるだろう)


 口にはしないけれども。


 ヴァルラムはチェルシーからの手紙を開く。堅苦しい挨拶から始まり、最近天気が良く気分の良い日が続くだの、祭りが行われて楽しかっただの、元気に過ごしていることが書かれていた。

 すべて読んでから、呪文を唱える。するとその手紙が一度パッと燃えて、再び紙に戻った。


『王の弾圧がひどくなっており、宰相が更迭されました』


 魔法がかけられた手紙は、のっけから不穏なことが書かれていた。


 ————魔法使いたちの集会は国家転覆の危険があると、大勢の集まりを禁止する法案が提出された。

 魔法使いを数人ずつに分け、地方に配備しする案は行われそうだが、大きな力にならないように遠距離で配備し、そこに監視がつく可能性がある。————


 よくもまあ、いちいちそこまで面倒を行いたがるものだ。

 ヴァルラムはある意味感心してしまう。


 王は王弟であるヴァルラムの魔法の力を恐れている。そして、稀代の天才と謳われるヴァルラムに求心力があると信じて疑わない。

 皆、ただ魔法を教えてほしいと門戸を叩くだけなのに。


 ————他の弟や妹たちも王宮の端に追いやられ、王の妻たちもいつ殺されるのではないかと震える日々を過ごしている。

 王に進言する者がおり、それらが王の恐怖を煽っている。

 都から離れた地方の有力者が王の資質に疑問を呈し、独立の動きも噂される。————


『討伐には王の手も混ざっているでしょう。どうか、無事お戻りくださるよう』


 祈るような手紙。けれど、秘密裏に得た情報を、チェルシーは手紙をよこすたびに記してくれる。


 討伐に出ている師に手紙を出すだけで、監視の目が入る。そんなヴァルラムが結婚できると思うだろうか。


(子供でもできたら、母親ごと殺されるだろうね)


 実の兄である王の異様な猜疑心は呆れるほど。病的に弟の簒奪を疑い、常に恐怖している。


(僕がいつ王位に就きたいと言ったのか。被害妄想もここまでくると)


 思っても無駄か。ヴァルラムはすでに討伐に出て、王はそのまま戻ってこないことを祈っているのだから。

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