41③ ー疑いー
意味が分からない。
ノエルは一人納得して、そんなことが起きるのかと恍惚と話している。どんな原理なのか、研究対象を見付けて目を輝かせていた。
その顔を見ていると、殴りたくなってくる。
セレスティーヌは別人のようだ。それは確かだ。リディがセレスティーヌをフィオナ様と呼んでいた。それも確かだ。
けれど、セレスティーヌもフィオナも死んでいる?
理解できるわけがなかった。
「古き時代に魔法陣を発動させた時は失敗に終わりました。しかし今回奥方がそれを行った時、フィオナ・ブルイエはなんらかの理由により、奥方のいる場所まで引っ張られた」
ノエルは説明する。
魔法陣が発動し、それによってブルイエ家が守る封印が崩れてしまう。
その時、側にいたのか、フィオナ・ブルイエは巻き込まれた。そして魔法陣により喚ばれて、セレスティーヌの体に入り込んだ。
「その時、奥方は薬によって仮死状態でした。いえ、既に事切れていたかもしれません。そこでフィオナ・ブルイエが入り込み、目を覚ました。目を覚ました時には、体が別人になっていた。本人も困惑したのでは?」
馬鹿馬鹿しくて鼻で笑いたくなる。
ノエルのとんでもない説明に一笑したくなるが、その話に納得せざるを得なかった。
「どうして、セレスティーヌはそんな真似を」
「フィオナ・ブルイエによれば、エルネスト様が原因のようですね。エルネスト様から魔法陣を教えられ、仮死状態になる薬を得ています」
「なんだと!?」
「そこはフィオナ・ブルイエが調べたんでしょう。エルネスト様から再度薬を手に入れていましたから。ですが、魔法陣も薬もエルネスト様が直接手に入れることはできないため、彼に魔法陣や薬を渡した者がいます」
展開に頭が追いつかない。
だが、フィオナの言動を思い出すと、いつも同じだった。絵本、大国の歴史、それから、エルネスト。
「エルネストは、父親を殺したかもしれない」
「聞きました。墓荒らしをさせたそうですね。研究所に調査依頼が来て驚いていましたよ」
葬式に遅れて行き、彼女の証言を確認した。
隠してあった首元には爪の跡が生々しく残っており、その旨を王へ進言し、父殺しの可能性を示唆したところ、王も疑うところがあったのか秘密裏に墓を暴くことにした。
エルネストが毒殺した証拠は出ていないが、死因が眠ったまま頓死したわけではないことは遺体から分かっている。
「毒の種類は単純なものでしたが、エルネスト様に魔法陣や毒を渡した者がその毒を作ったのかもしれません。すでに怪しい者を三人ほど絞ってあります」
セレスティーヌが使った魔法陣は、一定の者でしか閲覧ができない。そして毒薬を作れてエルネストと繋がりを持つ者を絞れば、三人ほど残った。
ノエルは悪用をした者は必ず捕えると眉尻を上げた。魔法陣については一歩間違えれば大惨事になったかもしれないと憤慨する。
「フィオナ・ブルイエが魔法陣や薬を調べていたのは、なぜ他人の体に乗り移ったのかを調べるためだったでしょうが、少し気になることが」
「まだあるのか?」
これ以上の話があるのか。クラウディオは気分が悪くなりそうだった。
「大国の王弟を夢に見ると言っていました。魔法陣を使用し王弟を呼び寄せ、稀代の魔法使いの力を借りて、元の体に戻ろうとするかもしれません。見張っておいた方が良いでしょう。彼女も被害者になりますが、なにをするかは分かりません」
ノエルはセレスティーヌとなったフィオナがなにを調べていたのかは分かっており、知ってこれからなにをするのか気にしていた方が良いと、静かにクラウディオに忠告した。
「彼女については、行動いかんによって、こちらで処分を決めることになるかもしれません」
「処分だと!?」
「違法な魔法陣で召喚された、異分子になります。普通の人間とも違う」
「セレスティーヌによって呼ばれたとあれば、彼女も被害者なのだろう!?」
「それでも、普通の人間ではあり得ない」
ノエルの言葉に怒りが込み上げてきた。彼女がなにをしたと言うのか。セレスティーヌの体に乗り移ったとしても、それは彼女の本意ではなかったはずだ。他になにか罪でも犯したとでも言うのか。
セレスティーヌになって、アロイスがやってきて、自分の子供のように相手をしていた。
菓子を作り、笑顔で対応して、時折叱る。
子供を慈しむ彼女は、なにかを陥れるために体を乗っ取ったわけではない。
「ですが彼女は別人です。どうされるのかは、今はあなたに託しますが、妙な真似でもすれば、分かりますね?」
クラウディオはただ、歯噛みするしかなかった。
フィオナ・ブルイエが、魔法陣によって喚ばれたのならば、彼女はこの世界で異質なものだとされるのか。
(セレスティーヌが使用した魔法陣によって、命を落としたのかもしれないのに?)
セレスティーヌがエルネストに騙されて魔法陣を使用したのならば、エルネストが諸悪の根源であるのに?
————フィオナ・ブルイエは、亡くなった。————
「旦那様。お帰りなさいませ」
迎えに出てきた笑顔を見て、ホッと安堵した。ちょうど庭に出ていて、これからお茶にするのだと微笑む。
そのお茶を一緒して良いか尋ねると、彼女は緩やかに笑った。
前よりもずっと親しみやすくなり、距離が縮んできていたと感じているのは、自分だけではないはずだ。
「新しいお菓子を作ったんです。お店に出すのに、良かったら味見していただけないですか? 甘い物を好まない方にも食べられるように甘さを抑えめにしていて」
「努力されていますね。店も有名になってきてるようですし」
「できる時に、たくさん作っておきたくて」
他愛ない話なのに、なぜかここからいなくなるような話し方をする。
やっと落ち着けると思っていたのに、今度は思いもよらない問題が出てきた。
(別人のようだとしても、本当に他人が乗り移ったなんて、誰が信じる?)
ノエルの妄言であればどれだけ良いだろう。証拠などないのだから、ノエルの間違いかもしれない。
しかし、そうではないことも、理解していた。
「今度、出掛けませんか。たまには、二人きりで」
彼女は戸惑いながらも、二つ返事をした。




