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目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです  作者: MIRICO


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36② ー騒ぎー

「先程、王宮から連絡があり、旦那様が討伐中落石に巻き込まれ、行方が分からなくなったと」

「クラウディオが?」

「奥様!」


 フィオナは膝から崩れるように座り込みそうになる。モーリスやリディが急いでその体を支えようとした。


「奥様をお部屋へ!」

「だ、大丈夫。行方不明って、」


 それから言葉が続かない。フィオナは自分の声が震えていることに気が付いた。


「詳しくは分かりませんが、行方不明になったため捜索を行なっているそうです。魔獣との戦い中落石があり、滑落したと」

「滑落……」


 今回の討伐は難しい案件のため、クラウディオとノエルが選ばれたと聞いている。クラウディオは他にも理由があるようなことは言っていたが、帰ってきてから話すと申し訳なさそうにしていた。


(すごく、特別な任務みたいだった。でも、そこまで危険な討伐だったの?)


「またなにか分かり次第、王宮から連絡がくると思われます」

「なにか、しなければならないことは?」

「今のところは、なにも……」


 心配だからと討伐の場所に駆け付けても意味はない。今はただ次の連絡が来るまで、祈るしかないのだと、モーリスは肩を落とした。






「おばたま?」


 屋敷内の雰囲気を感じ取ったか、アロイスが泣きそうな顔をしつつ、大人たちの顔を見て部屋にやってきた。周囲が不安そうな顔をしているため、アロイスも不安になったようだ。

 乳母が申し訳なさそうにやってきたが、フィオナは手を伸ばしてアロイスを招き入れる。


「アロイス。おやつにしましょうか。お茶がまだだったわね」


 アロイスの小さな頷きに微笑んで、フィオナはお茶の用意をさせる。なにか食べた方が少しは落ち着く。お腹が減っていると気力だけでなく、体力もなくなってしまうのだから。

 まだ詳しい状況が分からないが、連絡をよこす余裕はあるわけだ。次の連絡を待つしかなかった。


 モーリスが心配そうにお茶を持って部屋にやってくる。アロイスと一緒の姿を見て、安堵したかのようにカップに紅茶を注いだ。

 モーリスがセレスティーヌのお茶の用意をするのは初めてだ。


「モーリス、旦那様がお帰りになるまで、問題が起きることはないですか?」

「もちろんです。お留守の間は滞りないよう、ご命令をいただいてますから」

「なら、大丈夫ですね」


 クラウディオが留守にする間、モーリスが屋敷や領地のあれこれを統括する。セレスティーヌは関わっていないのでやることはないが、クラウディオが留守でも問題ないようにモーリスが取り計らっている。

 帰りが少し遅くなっても、問題は起きない。

 ならば、静かに待っているしかない。


「奥様、体調は?」

「大丈夫よ。ありがとう。旦那様が戻るまで、皆、落ち着きを持って行動しましょう。必ずご無事でお戻りになられるわ」

「————はい。ええ、そうですとも。どうぞ、お茶を」


 フィオナの言葉に皆が頷く。涙ぐむメイドもいたが、今までとやることは変わらない。

 必ず無事で帰ってくる。

 そう思わなければ、なにもできなくなってしまう。






 皆が寝静まった頃、フィオナは一人庭に出ていた。屋敷から離れた森の方。火かき棒を持って、木々が少ない広い場所に佇む。

 ぐさり、と土の上に刺し、じりじりと線を引く。


(今は、自分ができることを行なって)


 ぱたり、と火かき棒から手を離し、フィオナはその描いた線に触れた。

 でこぼこになった土に禍々しい紫色の光が滲んでいく。

 瞬間、後ろの木が透けるほどの透明さを持った一人の男が、ふわりと浮いたまま現れた。


『君が、優秀だったのを忘れていたよ』


 夢とは違った、耳を通る低い声音に、フィオナはゆっくりと立ち上がる。


『珍しい魔法陣を描くね。いくつ描いたの。防壁と、それに無理に破いたら攻撃が出るのかな? 呼び出しておいて、その魔法陣から出られないようにするなんて、随分と凝ったものを作るね』

「封印が解かれて、魔獣が現れたら困るから」


 ふわりと体を浮かせたヴァルラムは、光った魔法陣から身を乗り出そうとしてくる。しかし、呼び出した魔法陣の周りにさらに描かれた魔法陣によって弾かれた。

 魔法陣から外に出られずに、ヴァルラムは鼻で笑いながら口端を上げる。


『魔法が使えないって言いながら、封印の魔法陣をスケッチしていただけあるのかな? なかなか高度な技だよ。いくつかの魔法陣を合わせて繋げるなんてね』

「魔法陣の繋げ方は知っているの。祖父が教えてくれたから。でも、こんなに簡単に呼び出せるなんて思わなかった」


 簡単にはできないと思っていた。夜な夜な防御用の魔法陣を描いて練習はしていたが、既存の魔法陣を繋げて効果を合わせる方法は簡単ではない。合わせ技は別の魔法陣で練習しても、ヴァルラムを呼び寄せる魔法陣とは話が違う。


「やっぱり、体はいらなかったのね」

『いると言えばいるし、いらないと言えばいらないんじゃないかな。だってそうでしょう? その体が目の前にあるのならば、奪うことは可能だよ。————今の君みたいにね』


 依らせるための体はあってもなくてもいい。あればその体を使える。なければ今のように透けた幽霊のような存在だ。なにかに触れることはできないし、魔法を使うこともできない。


『ほら、この石も触ることができない。ただ呼び出されただけの、しがない幽霊だね』

「あなたになにかさせたいなら、体は必要ってこと」


 エルネストはそこまで知っているわけではない。完全に理解していて、魔法陣を使わせたわけではなかった。

 フィオナはその透けた体を持つヴァルラムを見上げる。まるでカーテンのように揺らめくので、不安定な状態に思えた。夢で見た方がしっかりと形を成している。こんな風に揺らめいたりしない。


 ヴァルラムはそれに気付いていると、小さく笑う。


『仕方がないよ。この世界にもう僕はいないんだ。僕もどうなっているのか分からないけれど、あまり長くいられないよ。そうでしょう? 魔力を流し続けていると疲れないかい?』


 指摘されてフィオナはぐっと奥歯を噛み締める。今、防御と攻撃を行うために、外側の魔法陣を踏み付けたまま魔力を注ぎ続けていた。

 セレスティーヌにはかなりの魔力があるが、それでもこの魔法陣を維持するのは疲労が溜まる。


『それで、僕を呼んだ理由は?』

「セレスティーヌと話がしたいのよ。この体を彼女に戻すには、話し合いが必要でしょう? ……あなたともね」


 魔法陣が使えることが分かったのだから、魔法陣を使ってセレスティーヌを呼びたい。そして魂を入れ替えれば終わりだ。しかしその前に、フィオナにはやりたいことがあった。


『彼女には僕から伝えよう。急がないと、その体にも負担がかかるよ』

「伝えた後の返事は?」

『夢で教えてあげるよ。早くしなさい。再び命を落とすことになる』


 フィオナは息が浅くなってくるのが分かった。この魔法陣の魔力の奪われ方は尋常ではない。封印の魔法陣に魔力を注いでいる時は酸欠のようになり、心臓の音が耳に響くようだった。それで気を失ったのだが、それに近い疲労を感じる。


 夢で話せるならば、ちょくちょく出てきてくれればいいのに。そう悪態をつきたいが、またしばらく会話ができなくなるのは困るので、伝えられることは今伝えなければならない。


 今考えていること。これからの計画。セレスティーヌに教えてほしいこと。

 それらをすべて伝えて、フィオナは魔力を流すのをやめた。途端、ヴァルラムの姿がさらに薄くなる。


『君はもう少し、君自身の幸せを考えてほしいよ。フィオナ』


 ヴァルラムの声は薄れ。その姿は魔法陣の光と共に消えた。

 どさり、とフィオナは地面に崩れるように座り込む。息が切れそうなほどの疲労感を感じて、地面に手を付き肩で息をした。頬に流れる汗を、無造作に拭う。


「その言葉は、セレスティーヌに伝えてちょうだい。ヴァルラム」


 フィオナの呟きは、風の中に消えた。

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