35② ー誘いー
差出人不明の手紙で呼び出されて、フィオナは一人、前に訪れた王宮の書庫に来ていた。
(クラウディオと一緒に一度来ておいて良かったわ。迷わず行けそう)
クラウディオがいなくても入られるとは思わなかったが、受付でなにも言われず、カードに記されていた場所を教えてもらえた。
記された場所は人気のない奥の端の方の棚で、誰かがいるわけではない。
(ここで待っていて、今度はなにをくれる気なのかしら)
手紙の差出人は前と同じくエルネストだろう。未だ魔法陣を起動していないと、痺れを切らしたのだろうか。
しかし、相変わらず警戒心が強い。手紙には差出人を書かない。前回は演劇で本人が来なかった。今回は王宮の書庫で、ばったり会っても言い訳ができる場所だ。誰かに見られても偶然見掛けて声を掛けたとごまかせる。通路は両脇にあり、左右同時に人が来ない限り、気配を察すれば逃げることもできた。
そうして約束の時間になり、そこに現れたのはやはりエルネストだった。
「まだ、あの件は行っていないんですか?」
行っていないことくらい分かっているだろうに、エルネストは目を細くしてフィオナのすぐ近くに寄ることはせず、数歩離れた場所で本を探すような仕草をして問いかける。
だから呼び出したのか? 催促しているように見えて、心の中で違うだろうと否定した。
「気持ちはもう決まっています。夫が出掛けていますので、今のうちに行おうかと思っていて」
「それは、丁度良かったですね」
その返事を聞いてフィオナは自分が思っていたこととは違うのかと思ったが、エルネストは、ですが————、と続けた。
「公爵が討伐に行っている間は避けた方が良いでしょう。あなたが望むお相手が近くにいないのでは、術も確かに作動しないかもしれません」
「まあ、そうなんですか?」
やっぱりか。エルネストはクラウディオが近くにいない時に、魔法陣を起動するなと忠告してきた。
クラウディオが討伐に行ったことを耳にして、急いでセレスティーヌに連絡をとったのだ。彼がいない間に、魔法陣を使うなと。使ってしまっては、留守のクラウディオは被害に遭わない。
(大国の正史を知らないってことよ)
ノエルは外国の本を手に入れていた。あの話はこの国で定着していない。エルネストは魔法陣から悪い魔法使いか魔獣が出てくると思っているのだ。
これで分かった。
エルネストは間違いなく、クラウディオを陥れるために、セレスティーヌを犠牲にしたのだ。
今までなにも思っていなかったが、急に怒りが沸々と込み上げてきた。エルネストの甘言でセレスティーヌは薬をあおり魔法陣を使用した。そうしてヴァルラムが呼ばれ、フィオナが連れてこられた。
どうなるか結果は分かっていなくとも、姿を隠して手紙を渡してくるなど、エルネストは関わりがないようにみせて傍観するつもりだ。
父親に仕返すならばまだしも、勝手に比べられたクラウディオを陥れるために、関係のないセレスティーヌを騙した。
(クラウディオへの恨みを、セレスティーヌを使って晴らすなら、こっちだって考えがあるわ)
「夫は魔法師ですから、すぐに討伐を終えてきますわ。きっと早く戻ってくるでしょう。そうしましたら、すぐにでも行いますわね」
「……それが良いでしょう。バラチア公爵は素晴らしい腕の持ち主ですから」
クラウディオを褒めるのにも間が必要か。エルネストは一度沈黙して口端を上げて笑んでくる。嘘くさい笑い顔。最初からうさんくさくなにが目的か分からなかったが、こうやって話していればなにを考えているのか分かってくる。
「本日のお話はそのことでしょうか?」
「ええ。先にお話ししておけば良かったのですが。失念していました」
よく言う。しかしそれをセレスティーヌは信じると思っているのだろう。
「では、夫の帰りを待ちますわね」
「それが良いでしょう。ご両親もお望みではないですか? あなた方が上手くいくことを」
フィオナは眉を傾げそうになった。なんとか堪えて不安げな表情を向ける。セレスティーヌが両親を苦手にしていることは知っていそうだったからだ。両親の名を聞いて怯えた顔でもした方が良いだろう。
しかし、なぜ両親が出てくるのか。エルネストはフィオナの怯えぶりに気分を良くしたのか、口角を少しだけ上げた。
「面白い話を聞いたのです。あなたのご両親が、どうやら違法に魔獣を売買していると」
「違法に売買、ですか? 私の両親が?」
なぜそんなことを口にするのか。それよりもその話はどこで聞いたのか。フィオナは顔には出さず混乱したような顔をしてみせる。
エルネストがそんなことを言う意味はなんだろう。これも催促だろうか。
エルネストは、わざとらしく肩を上げて首を振って見せる。
「私も耳にしただけで、詳しくは聞いてはおりませんが、あなたのご両親は余程バラチア公爵のご子息が早く産まれてほしいと望んでいるそうではないですか。そのための用意なのか、羽振りを利かせるために手を出しているのか。今は王が軽視しているようですが、長期に渡れば王も黙ってはいられないでしょう。どうか、あなたのためだけでなく、ご両親を助けるとお考えください」
「わ、私はなにも存じませんでした。両親がおかしな真似を? 王はお気付きですか?」
「今のところは、許していただいていると言うべきか」
一体なんの話をしているのか分からないが、エルネストがセレスティーヌを脅しているのは分かる。両親が悪事に手を染める前に、さっさと魔法陣を起動しろと言いたいのだろう。
セレスティーヌにしつこく絡んでくるだけある。早く行えと言われながら行動に移さないセレスティーヌに気が逸るのだろう。
そうやってセレスティーヌを騙したのか。
「王は恐ろしいですわ。お会いするたびに体が震えます」
「そうですね。あの方は好みもはっきりされていて、決断も早いですから、まごまごとしていると即決してしまうかもしれません」
「だからこそ畏怖してしまうのかしら。……実は、私は夫にも緊張してしまうことがあって。やはり、血が繋がっていらっしゃるからかしら。王と夫は威厳のようなものがよく似ているように思うのです、母君がお姉様ですから、当然かもしれませんけれど」
王の威厳などクラウディオは持ち合わせていないが、顔は似ていると思う。デュパール公爵夫人ならば、全然似てないわよ。ときっぱり言ってきそうだが、エルネストはグッと息を呑むように口を閉じた。
「……ええ、そうですね。それでは、私はこの辺で。どうぞ、公爵がお帰りになられたら、すぐに行ってください」
「そういたしますわ!」
フィオナは良い返事をすると、エルネストはすぐに踵を返し廊下を戻っていった。
(意外に感情が出るわね。あの程度の挑発で)
後ろを向いて、顔を見せないようにするあたり、余程腹が立ったようだ。セレスティーヌから天然な台詞を聞いて無性に腹が立ったのかもしれない。
(それにしても、両親ね)
あっちこっちで問題ばかりだ。エルネストの言い分では本当にやらかしている気がする。
あの両親にしても、セレスティーヌはどう思っているのか。
「セレスティーヌと話したいな」
自分がセレスティーヌになっている間、彼女のためにできることを行いたいのは、この体を奪って好き勝手行っているせいかもしれない。セレスティーヌへの引け目がそうさせるのか。
自分にできることは何か。考えながら、フィオナも元来た道を戻ることにした。




