35① ー誘いー
クラウディオが討伐に出発してから数日。なにも変わらない日々を過ごしていた。
アロイスが床に積み木を重ねて、真剣になにかを作っている。猫が時折やってきてアロイスの作った積み木に体を寄せてくるが、アロイスが容赦なくどかして次の積み木を重ねる。
「猫ちゃんたちは別の部屋にお願い」
猫たちはにゃーにゃー言いながら部屋をウロウロしていたが、アロイスの邪魔をしてしまうので仕方なく別の部屋に移動してもらう。その猫がいなくなっても気付かないか。アロイスは積み木に夢中だ。
それを眺めながら、小さく息を吐く。
あれから、ヴァルラムの夢を見てからずっと、なんの進展もない。
今までなにが起きてどうしてそうなったのか。知りたいことは知り得たが、ではどうすればこの問題を解決できるのか。それが思い付かない。
(結局、セレスティーヌが魔法陣を使ったために、ブルイエ家の緩くなっていた封印は解かれて、ヴァルラムが自由になった。のよね?)
けれど現れる時はいつも夢の中。その辺りにポンと出てくるわけではない。
封印が解かれたのだから自由なはずだ。それに、ヴァルラムの封印が解けたとなると、魔獣も同じではなかろうか。
王弟や魔法使いたち、たくさんの人たちが遠征に行ってまで封じた魔獣たち。それらを自由にしたら、あの場所は……。
フィオナはゾッと寒気を感じる。封印が行われてからその間ずっと魔獣が現れたことのない場所だ。そこに魔獣が大量に現れたとならば、どんなことが起きるのか。
(でも、ヴァルラムも体がないようだし、ということは魔獣も??)
魔獣が夢の中で暴れるのか、それとも魔獣の魂が誰かの体を奪うのか。そう考えると、呼び寄せなければ入られないのか、考えてフィオナは頭を抱える。
「セレスティーヌ様、また頭痛でも?」
「え、いえ! 違うわよ。大丈夫。ちょっと考え事を」
リディの声に乳母たちも心配そうにこちらを見つめる。倒れることが増えて皆が心配してくれるのだ。なんでもないと否定してアロイスに視線を戻した。
封印が解かれた後、ヴァルラムはどこにいるのだろう。そこにセレスティーヌはいるけれど、ヴァルラムとセレスティーヌの状態は同じなのだろうか。
(だってヴァルラムは封印されちゃって、体はどうしたの? 古い封印だから、魂になったってこと? じゃあ、セレスティーヌと同じ状態?)
ヴァルラムは人ではなくなるほどの長い年月をあの場所で封印されており、体がなくなってしまったのだろうか。
(私と入れ替わりになったから、セレスティーヌの魂は、ヴァルラムが保護しているのかしら……?)
それに、ヴァルラムの夢を見るきっかけも分からない。
夢を見れば、もっと聞けることがあるかもしれないのだが。
「おばたま、おやしきなの、おにわもあるの!」
アロイスが積み木でつくった屋敷が完成したと喜んでフィオナを呼ぶ。ハッとしてフィオナはアロイスの作ったお屋敷を褒めてやる。
「とっても素敵よ。アロイス。大きいお庭もあるのね」
「おばたま、ぼくなの」
アロイスは長方形の積み木を庭に二つ立てていた。大小の積み木で、庭で遊んでいるのを表現しているらしい。
「こっち。おじたまなの」
クラウディオは出掛けたため、なにもないところにぽつんと置かれていた。乳母がそれを見て青ざめた顔をする。
「アロイス坊ちゃん、叔父様も一緒にお庭にいた方が楽しいのではないですか?」
「おじたま、いないの」
アロイスはクラウディオに慣れてきたせいか、いなくなったのを思い出すと涙目になってきた。思った以上に懐いたようだ。
「少ししたら帰ってくるって言っていたわ。叔父様はお馬に乗っていたの覚えている? お馬はどこかな?」
「おうま」
アロイスはキョロキョロと馬の代わりになる積み木を探す。輪切りの半円の積み木を持って、曲線の上になんとか長方形の積み木を乗せようと奮闘した。ガチガチと合わせていたが、乗るわけがない。
諦めて横に倒してクラウディオらしい積み木を乗せて、満足そうに、おうまとおじたま、を指差す。
微笑ましくそれを眺めていると、ふと思った。
(そもそも、体は必要だったの?)
魔法陣を使用する際、セレスティーヌを生贄にする必要があったのだろうか。いや、そもそも、あれは生贄だったのか?
フィオナは自分がセレスティーヌになったため、セレスティーヌの体を生贄にしたと思っていたが、エルネストが望んだのは、魔獣か王に恨みを持つ魔法使いが出てくることだったはずだ。
そこに、魂のない体は必要だったのか?
むしろ、エルネストが薬を与えたのは、口封じだったのではないだろうか。
(待って、それだとセレスティーヌが)
考える途中でフィオナは頭の中で否定する。セレスティーヌはヴァルラムと一緒にいた。そこにいて消えていないのだから、戻るチャンスはあるはずだ。
そうであれば。
セレスティーヌの魂は体から抜けてしまったが、自由でありながら出口がない状態だとすればどうだろう。魔法陣と石碑の魔法陣との通りで彷徨っているとしたら?
ヴァルラムと同じ空間にいて、二人は外に出ることができない。
呼ぶには、魔法陣が必要だ。
「————呼べるか?」
「おばたま、おじたま、おうま、ぼく」
アロイスが積み木をフィオナに持ってくる。渡された積み木を見つめながら、つぶやいた言葉を頭で復唱した。
(呼べるか?)
魔法陣を使い、セレスティーヌを。呼び出して、フィオナが体から出られるか?
やってみる価値はある。
ヴァルラムではなく魔獣が出てきた時のリスクも考えて、その時のために魔法を練習しておいた方が良いだろうか。
俄然やる気が出てきた。
まずは魔法の練習だ。使えると分かってから思い出した魔法は影響がない程度に練習していたが、攻撃や防御となると広い場所が必要になる。
(お店の中庭でもバレないかしら)
クラウディオはいないので、店に泊まっても問題ないだろうか。そうすれば夜こっそり行うことができる。
「奥様、またお手紙が」
やる気を出していると、リディが届いた手紙をよこした。再び差出人の分からない手紙である。中に入っていたのは、カード一枚。
カードには書庫の名前と、ナンバーが記されていた。




