33① ー呼び出しー
「おばたま、できたのー」
「あら、アロイス。上手ね。にゃんこちゃんを描いたの?」
「にゃんこなのー。にゃあ、にゃあ」
セレスティーヌは穏やかな顔をして、隣にいるアロイスをなでながら褒めた。
猫がアロイスの側に寄っては、セレスティーヌの横でうずくまる。それもなでてやりながら、床で眠っている猫を描くアロイスの隣でその様を眺めた。
「セレスティーヌ、体調は大丈夫ですか?」
「旦那様! 大丈夫です。先日はご迷惑をお掛けして」
「いえ。体調が良いのならばいいんです。これから出掛けてきますので、少しでもおかしければ、すぐにモーリスにお伝えください」
「ありがとうございます」
セレスティーヌは謝りながらも笑顔を湛え、クラウディオを見送ると立ち上がろうとする。それを制止して、クラウディオは部屋を出た。
座っていて良いと言うのに、立ち上がってそこでクラウディオを見送る。
顔色は悪くなさそうだが、いつもより元気がないような気がした。無理に微笑んでいるような、妙な違和感を感じる。
セレスティーヌが倒れたと連絡があったのは、一昨日のことだった。
急いで店に行けば、そこにいたのはノエル・ブランシェ。
すでに呼ばれていた医師と共に、セレスティーヌの診断は終わったと告げられた。
診断によれば、特になにもなし。
「そんなわけ、あるか!」
馬車の中で吐き捨てるように言うと、御者が何事かと声を掛けてくる。焦ってなんでもないと返して、大きく息を吐いた。
真っ青な顔をして目が覚めない。だが、体には問題ない。そう言われて納得できるはずがない。
セレスティーヌはその瞳を開くことなく、呼吸もしているのか分からないほど浅く息をし、触れた手は体温がないのではないかと思うほど冷たかった。
長く呼び続け、やっと動いた瞼を見て、涙が流れた。
すぐに屋敷に戻り別の医師に診せようとしたが、セレスティーヌは、
「寝不足だったんです!」
申し訳なさそうにして、騒ぎになったことを謝った。
ノエルは大したことがないと分かり、さっさと帰路に就いたが、セレスティーヌとなんの目的で会っていたか口にしなかった。
しかも、あの男————。
「待て! この間から、一体なにをしている!?」
店から出る前にノエルの胸ぐらを掴むと、ノエルは一瞬眉を寄せたが、すぐにクラウディオの手を払い、表情を無に変えた。
「守秘義務です」
その一言は、魔法師の中でも特別な地位を持っている者の答えだった。
魔法に関する公にできない事由について、一定の者以外には口を閉ざすことが許されている。その相手が公爵でも関係はない。
脅してでも口を割らせたいが、それではこちらが罪になる。
目覚めたセレスティーヌに話を聞こうとしても、お願いしていることがあって。とそれ以上のことはなにも話してくれなかった。
(なにも話してもらえないなんて)
「はあ、ノエルとなにをしていたんだ」
ため息混じりに呟いても、真実を教えてくれる人はいない。無性に情けなくなって、憂愁に閉ざされそうになった。
「ひどい顔をしているぞ。なにかあったのか?」
王に呼ばれて部屋に入ると、のっけからそんなことを言われて苦笑いをする。
「妻が倒れたので」
「またか?」
呆れるような王の返答に、ムッとしそうになる。
しかし、これまでのセレスティーヌは妙な薬を口にして倒れることがあった。王からすれば、またおかしな真似をしたのか。という疑問を持っていてもおかしくない。確信を持った嫌味の言葉だ。
ノエルと共にいて突然倒れたとは話したくない。クラウディオはそうではないとだけ否定しておく。
「よく倒れるものだな。一度、医師にしっかり診てもらったほうが良いのではないのか?」
「そう思います。最近、頭を押さえてふらつくことも増えているので」
前は、アロイスの相手やダンスの練習をしたせいで疲れたのかと思っていたが、それとは関係なく倒れた。
ノエルの呼んだ医師では信用がならない。だから昨日も別の医師に診てもらおうと説得しようとしたが、セレスティーヌにキッパリと断られてしまった。
「まあ良い、それで、今日お前を呼んだのは、討伐に参加してほしいからだ」
「私が、ですか?」
通常討伐は魔法を学んだ者が必ず経験する通過儀礼のようなもので、魔法の学び舎を卒業して一、二年以内に派遣されることが多い。
魔法師と学び舎で学び終えたばかりの若い者、それから騎士たちを帯同するのが通例で、討伐と言う名の卒業試験のようだった。
手っ取り早く評価が得られるため、学び舎で魔法を学んだ身分がさほど高くない者たちや、身分があっても長男ではない独身者が参加することもあるが、公爵であるクラウディオに依頼が来るのは稀だ。
王はテーブルにあった書類の束をこちらによこす。クラウディオは軽く目を通すと、顔を上げた。
「見たことのない魔獣の増加、ですか」
それらは地図や資料で、魔獣がどんな特徴を持ち、どこに現れたか記されていた。
ただ、その場所は普段から魔獣が出る土地ではなく、特徴などを見ても、クラウディオの記憶にない、新種のような魔獣だった。
「おかしな話だろう? すでに被害があり、危険な個体のようだ。そのため、魔法師も必要だと調査した者が言うのでな」
王は顎をなでながら、どこかわざとらしい口調で話す。そうしてもう一枚、紙を渡してきた。
そこに書いてあった内容に、クラウディオはぴくりと眉を傾げる。
「エルネストに依頼しようと思ったのだが、サルヴェール公爵の体調が思わしくないそうだ。ならばお前が適任だろう」
サルヴェール公爵が体調不良とは知らなかったが、この件はエルネストに尋ねていないだろう。
資料から見るに、王はクラウディオを討伐に参加させることしか考えていないようだ。
「まったく、物騒なことだ。なにかあればお前の判断に任せる。良い結果を待っているぞ」
「承知しました」
クラウディオの返事に、王は満面の笑みを浮かべた。




