31④ ー薬ー
「こちらもお持ちしました。これらを読めば、色々と話が見えてくると思います」
ノエルは新しい書物も取り出した。紙が新しくインクの乾きが綺麗な、最近書かれたような書物だ。
なにが記されているのか。フィオナはごくりと唾を飲み込んで、そっとその書物を手に取ってみる。大国の歴史書を写したようだ。
「王弟の大遠征」
大国の時代、王の権威を示すために、王族が遠い土地へ討伐に向かうことがあった。これはクラウディオが見せてくれた資料にも載っている。
王弟は王の命令で魔法使いや騎士を連れて、討伐に出立した。いくつかの町を経由して、大国の果てまでの旅路だった。
なんの変哲もない資料に思えるが、王弟の旅の最後に不穏なことが記されている。
「討伐中に、裏切り?」
クラウディオの資料には載っていなかった一文を見つけて、フィオナはゆっくりと読み進める。
王弟は魔獣討伐にあたり、多くの町や村を経由して魔獣を倒し、国の権威を知らしめた。しかし、最後に訪れた町で、王弟は魔法使いの裏切りに遭う。
クラウディオが持っていた資料には、大国時代の末期、長期の討伐で多くの死者が出たという記述しかなかった。ブルイエ家はそこでの討伐で名を上げて封印の場所ごと広大な土地を賜っている。
しかし、この新しい書物には、王弟がその討伐で裏切りに遭い、命を落としたことが書かれていた。
「どちらが本当の話かは分かりません。ただ、その資料はナーリア国から届いたものです。大国の中心部から離れた遠い土地になるので、そのような記述になっているのか。調べることはできませんが、我が国の絵本を見る限り、ナーリア国の歴史が正解なのでしょう」
ナーリア国の正史では、王弟が裏切りに遭って殺されたことが載っている。
討伐自体が計画の一環だったのか、遠い地で殺されてしまった。
「その土地は魔獣の多い地域で、大国の権威を高めるために王弟を遣わしたとされていましたが、そこには王の目論見があった。当時の大国の王の弟は何人かいましたが、その弟が一番優秀で天才だったとされています」
「だから王は邪魔に思い、王弟を討伐に見せかけて暗殺したんですね」
「そこに、王弟は討伐中裏切りに遭い、魔獣と共に封じられたと書かれています」
指さされた部分に、王弟が魔獣と戦う中、裏切られて魔獣と封じられたことが書かれていた。
(ブルイエ家の初代当主が裏切ったってこと? 私の先祖が、王弟を封じてあの石碑を建てた?)
フィオナが知っている物語は、魔法使いが命を懸けて行った封印を守るようにと、王に封印の土地を託された。というものだ。
だが、実際は王弟が裏切りに遭い、王弟ごと封じられたことになる。
土地を賜ったブルイエ家の初代当主は、王弟が裏切られたことを知っていて土地を得たのだ。
「当時の魔獣はとても強く、数も相当でしたから、絵本の通り魔獣をすべて倒すことは難しかったでしょう。ですので、大規模で封印しようとしてもおかしくありません。それだけの力がある人だとされているので、ご本人が封印したんでしょう」
「そこで裏切りがあった?」
「封印中に邪魔が入り、自らを封印する必要ができたのかもしれません。どちらにしろ、陥れられて王弟はその地で死亡したとされました」
「資料に、王から土地を賜った人がいたと書いてありました。この人が裏切ったってことでしょうか!?」
「フォン・ブルイエのことですね。騎士団の団長だったそうですが、魔法使いたちはこの事件があってから内戦を始めるので、騎士のこの男が裏切った可能性はあります」
フィオナは体が重くなるのを感じた。祖先が王弟を裏切り、あの地を手に入れたかもしれない。そして石碑を建てて、自分の愚行を隠すために封印をし続けていたかもしれない。
「騎士とはいえ、当時の騎士も魔法は使えたでしょう。魔法使いたちは王弟に心酔していたとされるので、魔法を使う騎士も同じだったでしょうが、王からの命令があれば分かりません。王弟は天才的能力の持ち主で、彼の人気も高かった。だから王は王弟を煙たがったのです」
そこで遠征という名目で旅立たせ、魔獣の多い地で葬ろうとした。
しかし王弟は強力な魔法使い。簡単には殺せない。封印中に横入りして、王弟ごと封印する方法を用いた。
「王弟が魔獣と封印された後、一人の魔法使いが魔法陣を作り出しました。夫人がエルネスト様から手に入れた、魔法陣ですが」
しかしその魔法陣は思う通りに使えなかった。王弟ではなく魔獣を呼び寄せてしまったのだから。
結局その魔法使いは魔獣を呼び寄せたとされて処罰された。
「その話も、本当かは分かりません。ナーリア国の正史には、その魔法使いが次いで死刑になったため、魔法使いたちが離反者となり内戦が始まったとされています。ですから、もしかしたら、本当に、王弟を呼べる可能性があったのかもしれません」
大国の資料からは分からない事実。一方では悪で、一方では善となる王弟に関わる話は、大国の史実が合っているとは限らないと言う。
それは間違いないのだろう。
ブルイエ家は王弟封印後、広大な土地を王から賜った。そこには王弟や魔獣が眠る封印の土地があり、石碑を建てて封印を守ってきたのだ。
「王弟の、王弟の名前はなんて言うんですか?」
「王弟の名は……」
「「ヴァルラム」」
ノエルとフィオナの声が重なった。
「ご存知でしたか」
「うちに封印されていました」
「うち?」
「封印は解かれました。ブルイエ家に、あの封印を続けられる者はもういません」
「なにを、夫人!?」
急に頭が痛むと、目の前がちかちかしてきた。
ノエルの声が遠くに聞こえて、フィオナはその声から遠ざかるように、そのまま意識を手放した。




