28② ー訪問者ー
「それって、あの絵本の題材ですか?」
アロイスが持っていた、黒い絵の絵本。魔法使いのふりをしていた魔物を、遠い土地に封じた。
フィオナが知っている話とは違う、悪いモノを封じる話。
「あれは、まあそうですね。あの絵本の題材になった人物です」
少しだけ言葉に迷いを感じたが、ノエルは頷く。
「大国の時代、遠い地で魔獣と共に封印されました。仲間の魔法使いが封印を解こうとしたそうですが、無理に入り口を開いて、魔獣を呼び寄せてしまったとか」
古い文献によると、その魔法使いのふりをしていた魔物は魔獣を操り、国を混乱に陥れたとされていた。
その魔獣と共に封じられた魔物である魔法使いを、呼び寄せようとした仲間がいたようだ。しかし、それは失敗に終わった。
「結局、その呼び寄せるための魔法陣を作った魔法使いも罪に問われ、その魔法陣の存在は消されました」
「では、それが」
フィオナは机に広げていた魔法陣に目を向けた。
「失敗後も、他の魔法使いたちは諦めていなかったんでしょう。大国時代の魔法使いの集まる建物に、処分されたはずの魔法陣を記したものが残っていたんです。最近見つかって。大国時代の魔法は貴重で、危険なものは禁書になっていますが、特に厳重に保管されているものです」
「そんなものを、私に教えたってことですか?」
フィオナは背筋が寒くなるのを感じた。
エルネストはそれをセレスティーヌに使わせたのか。
「この魔法陣を使った場合、魔獣が出てきてしまうんですね。もしかしたら、その悪い魔法使いを呼び寄せられるかもしれないんですか?」
なんてことをさせたのか。そう思ったのだが、ノエルは沈黙した。
「違うんですか?」
「古い話なのです。大国の時代の話ですから。残っている文献からそう想定されているだけで、本当に呼び寄せられるかなど、分かっていません。封印をこじ開けて呼び寄せようとしたら魔獣を呼んでしまったことから、おそらく魔獣と魔法使いが同じ空間に閉じ込められているとされているだけです。本当に封印を解くための魔法陣かどうかも確かではなく、魔獣を呼び寄せるだけのものの可能性もあります」
ノエルは否定的なのか、肩をすくめて言うあたり、言葉に軽さを感じる。文章が残っているだけで、正確には分からないからだろうか。
「もし本当に呼び寄せることができたとしても、それは大国の時代に封じられたモノです。魔獣と一緒にその空間に閉じ込められて生き残っているとしたら、————それは、人ではないでしょう」
人ではない。その言葉にしっくりときた。
(あの男はどう考えても人には思えなかった)
それでは、あの男は大国の古い時代に封じられた悪いモノであり、魔獣と共に封印されたのだろうか。
ブルイエ家が守ってきた封印と同じだとしたら、ブルイエ家は良い魔法使いが魔獣と共に自らを封じたと思っていたが、そうではなかったことになる。
「あの、ちなみに、封印の場所とかって分かりますか」
「なぜですか?」
ノエルの瞳に剣呑な光が浮かんだ。聞いてどうするのか。心の声が聞こえる。
「いえ、見になんて行きませんよ。少し、思い当たるところがあって」
「バラチア公爵に聞いたのですか?」
「へ? クラウディオになんて聞けませんよ。古い資料は読ませてもらいましたけど」
そこにフィオナの住んでいた地域は載っていたが、そこが絵本の封印の場所かどうかは分からない。資料には多くの魔獣を封印した土地を守るためとしか書いていなかった。
魔法使いのフリをしていた魔物を封じたと記されていたわけではない。
だがもし場所が分かるのならば、石碑の意味が分かるのだ。
苦笑いをして過ごそうとしたが、ノエルは今にも剣を抜きそうな顔をしてきた。
「では、なぜ知りたいのですか」
私たちはいい人として悪いモノと共に封印していたのに。こっちでは悪い人として封印されている。
それは同じ人なのか。
(なんて、言えるわけないわ!)
「えーと。そう、夢を見るんです。遠い場所で、石碑があって。私になにかを伝えたがっているような!」
嘘くさすぎるか、ノエルは目を眇めて明らかに蔑視の瞳を向けてきた。
ごまかしが下手すぎて、フィオナは苦笑いしかできない。
「それは、バラチア公爵が知っていることなんですか?」
「いえ、言ってないです。夢の話ですし」
「ですが、エルネスト様が魔法陣をあなたに教えたことは確かなのでしょう?」
「それもクラウディオには教えてませんから。ほら、サルヴェール公爵はクラウディオを嫌っているみたいですし、なにか良くないものを教えられたのかなって、思いまして。それでデュパール公爵夫人に魔法使いさんをご紹介いただいたんです!」
「それは伺ってます」
「ですよね!」
フィオナはニコニコ笑顔で応対した。勘繰られるのは分かっていたが、クラウディオには秘密だという約束を守ってもらえるのか不安で仕方がない。
(クラウディオに聞けるんなら、最初から頼んでないのよ!)
どうしてそんなことを聞くのか。当然の疑問だが、説明できるわけがないのだ。
セレスティーヌが行ったことを、気付かれずにすべてを調べて解決したいのに。
ノエルはじっとり睨め付けてくると、呆れたようなため息を吐く。
「はー。とにかく、魔法陣については何者かに資料を閲覧されていないか、確認はします」
そんな確認ができるのか。それならばすぐに犯人が分かるのだろうか。
ノエルはメガネを上げて背筋を伸ばすとこちらに振り向く。
「他になにか分かることがあったら、隠さずに教えてただけますように。そうでなければ、」
「必ずお伝えします!!」
その沈黙はなんなのか。恐ろしくて聞けないが、フィオナはすぐに良い返事をする。
「そうしてください。これは、機密事項です。バラチア公爵にもお話しなきよう」
「分かりました!」
禁書に載っていた情報とはいえ、クラウディオに話すことも駄目だとは思わなかったが、むしろありがたい。ノエルにクラウディオに確かめられたらどうしようかと思っていた。
魔法が使える人たちでも、触れてはいけない魔法陣ということだ。
それをどうして、エルネストが手に入れられたのか。




