28① ー訪問者ー
「初めまして。魔法師のノエル・ブランシェと申します」
店にやってきたのは、黒髪を緩く束ねた、メガネをかけた男性だった。
ここ最近気分の沈む日を過ごしていたところ、デュパール公爵夫人から、懇意にしている優秀な魔法使いを紹介するから店に送る、と手紙が届いたのだ。
花火があった日、メイドの話を聞いてから、気がはやるような気持ちだった。
早くこの体を返さないと。
そう思っていた矢先のことである。
(え、思ったよりもすごい若い?)
ノエルは外に出ていないような、健康的ではない青白い顔をしていた。目元にクマがあり、研究が終わったばかりのような疲れが残っている雰囲気があったが、三十歳手前くらいに見える。
(魔法使いの中でもとっても優秀な、魔法師って身分を持ってるって聞いたけど)
魔法師はシューラヌ国でも数人しかおらず、たとえ貴族でなくともその魔法師の称号を持っていればかなりの権威を持てると聞いた。
とても偉い人には見えないが、魔法使いの中でもトップレベルの偉い人である。
(夫人、こんなに偉い人を遣わせてくれるとか。ありがたすぎる!!)
「初めまして。セレスティーヌ・バラチアと申します。今日はよろしくお願いします」
「見てほしい魔法陣があるとか」
フィオナは笑顔ではきはきと挨拶したが、余計な話は良いとノエルは世間話もなく要件を問うた。
忙しい人なのだから、時間を掛けない方が良さそうだ。フィオナは用意しておいた、セレスティーヌが描いた魔法陣の写しを机に広げて見せた。
「これなんですが、なんの魔法陣なのか教えていただきたいんです」
言いながらノエルを見遣ると、ノエルは睡眠不足なのかはれぼったくなっていた瞼を上げ、琥珀色の瞳をぎょろつかせた。
「これを、どこで? この魔法陣をどこで知ったのですか!?」
突然の大声にフィオナはびくりとした。ノエルがぎらりとした瞳をフィオナに向け、牙を剥き出して威嚇する獣のように怒りの形相でフィオナを睨みつけたからだ。
「これを、ご夫君が伝えたのならば、大きな罪になりますよ!?」
「ええっ!? これは、エルネスト、サルヴェール公爵子息から教えてもらって」
「エルネスト様から!? なぜ、そんな!?」
そんなと言われても、それをフィオナは知りたいのだが。ノエルは首を振りながら信じられないとでも言うように、魔法陣が描かれた紙を食い入るように見つめた。
「エルネスト様なら、あの場所には入れるが。だが、これは、」
「まずいんですか??」
「まずいもなにも、これは禁書に載っている魔法陣です! 使用には王の許可がいります!」
「王の、許可ですか?」
この場合、許可も取らず使ったのはセレスティーヌになる。セレスティーヌが勝手にその禁書の魔法陣を使用したとなれば、罪に問われるのはセレスティーヌだ。
(エルネストから教えてもらった証拠は持ってない)
それだけでもまずい気がしてきた。
「バラチア公爵から教えられたのではないのですか?」
「クラウディオが教えてくれるわけが。あの真面目さで、禁書の魔法陣を妻に伝えるなんてないですよ」
「バラチア公爵がそんな真似をするとは思っていません。が、エルネスト様だとしても。いや、古い文献のある部屋は入ることができるが、いや、そうだとしても盗み見して持ち出したことに」
ぶつぶつと言うが、エルネストがその禁書を勝手に手にして、外に出してはならない魔法陣をセレスティーヌに渡したことになる。
クラウディオとエルネストのことは知っているか、クラウディオがセレスティーヌに教えたとは思わないようで安心した。クラウディオの性格を理解しているようだ。
「バラチア公爵はないでしょうが」
ちらり、とノエルはフィオナを横目にする。その目はセレスティーヌならばやるかもな。という顔である。
「私はその禁書がどこにあるか存じ上げないですし、これがなにかも分かりません」
「そうですよね。エルネスト様であれば、手に入れることができるかもしれません」
「この魔法陣はなんなのでしょうか?」
それが知りたいだけだ。しかし、ノエルは黙ったまま、腕を組んでなにかを考えている。
「エルネスト様からは、なにを言われてこの魔法陣を教えてもらったんですか?」
「えー、と。望みを叶えるために? 自分が変わるために必要なものだと聞いてます」
セレスティーヌはそれしか言わなかったので、実際エルネストがセレスティーヌになんと言って魔法陣を教えたかは分からない。パーティでエルネストも似たようなことを言っていたし、クラウディオの心を得るためのものという認識だ。
無論、夢のこともあるためそれは信じていないが、夢の内容であって現実ではない。
「あと、薬をもらいました。こぼれてしまったので、またもらう予定ではありますが、その薬も調べてほしいのです」
「薬?」
「魔法陣を使う際に飲むようにと言われた薬です。いらないんですか?」
ノエルは眉根を寄せて黙ったまま渋面をつくった。困惑げにしながら怒りが混じったような表情をすると、メガネをあげてこちらに視線を向ける。
「この魔法陣は、稀代の天才といわれた強力な魔法使いを呼ぶためのものなんです」
「魔法使い? そんな人を呼んで、性格を変えてもらえるってことですか?」
「そんな簡単な話なら良いのですが」
ノエルはため息混じりだ。余程衝撃的な魔法陣なのか、どう話せば良いのかと思案している。
「その魔法使いは、天才だったのですが、わけあって封印されたそうです」
フィオナはどくりと胸の鼓動が聞こえるような気がした。




