27③ ー混乱ー
フィオナは無心で生地を練っていた。
ねりねりねりねり。ねりねりねりねり。
「奥様。それ以上練ってしまうと、生地に粘りが出てしまうのでは?」
「はっ! そうね! さっくり作るつもりだったのに!」
本日は天気もいいので、外でゆったりお茶でもしようかと朝からお菓子作りに励んでいたのだが、心ここにあらずと混ぜすぎてしまった。
シェフのポールに指摘されて急いで練る手を止めると、フィオナは肩を揺らすように息を吐いた。
最近のクラウディオの行動に、なんだか振り回されている気がする。
(今すぐ屋敷を出ていくことくらいわけないんだけれど、モーリスからも両親のことは気にしないようにって、言われちゃったのよね)
クラウディオと仲が悪いのだと見せた方が良いと思うのだが。
今はとりあえず気にしなくて良いとのことで、手紙の返事もどうしたのか分からない。
甘く香ばしい香りが漂ってきて、フィオナはもう一度息を吐いた。
「お祭りがあるの?」
外で出来たばかりのお菓子を皆で食べていると、そんな話をメイドの一人がし始めた。
今日は街で祭りがあり、楽しみにしているそうだ。すでに街は賑わっているのだろう。
「じゃあ、みんな夜は出掛けるのね?」
「いえ、お屋敷のことが」
どうやら行ける者と行けない者がいるようだ。時間によっては祭りが終わってしまうのだろう。
「急ぎの仕事でないならば、みんなで行ってきたら? そうね、私とアロイスになにかお土産を買ってきてくれる?」
「奥様あ!」
「夜は花火もあるんです。奥様もご一緒にいかがですか?」
「私はいいわ。夜はアロイスを連れて行けないから。行けない人たちにもお土産を買ってきて」
「ありがとうございます!!」
「リディも行ってきたら。たまにはいいでしょう」
「ですが」
「大丈夫よ。私はゆっくりしているから」
(お祭りかあ。いいわねえ。私行ったことないのよね)
そんな人混みに行ってどうなるか分からない。セレスティーヌのようにメイドがついてくるわけでもないのだから、外に出て体調が悪くなったら屋敷に帰れない。
セレスティーヌの体であれば問題ないだろうが、アロイスも連れて行けないのだし、屋敷でのんびりしている方が良いだろう。アロイスはその時間就寝である。
(賑わいのあるところは苦手だしね)
彼女たちは相談しながら今日の仕事を早めに切り上げて、祭りに行く算段をしていた。
「本当に、大丈夫ですか?」
「こんな時間に、なにもないですよ。行ってらっしゃい」
リディは心配そうな顔をしつつも、久し振りの祭りだといって、他のメイドたちと出掛けていった。
部屋からは、その賑やかさが分かるような街の光が良く見えた。
あの光を見ていると、ブルイエ家を思い出す。
フィオナの家からも祭りは見えた。窓から見える、町の明かり。賑やかな雰囲気を感じられる、いつもよりもずっと明るい光。
この屋敷からはブルイエ家からよりも多くの光が見える。街の規模が違うので、光の多さも比べものにならない。
けれど周囲はとても静かで、あの光の中の喧騒が想像できなかった。
「庭にお散歩行こうかな」
光を見ていると、なんだか寂しくなる。一人庭に出てみれば、涼しげな風が爽やかに吹いて、セレスティーヌの髪がゆらめいた。
「気持ちいー」
夜外に出るだけで開放感がある。フィオナは両手を広げて伸びをした。静かな場所の方が慣れているせいか、気が楽になる気がする。
一人ではないことが増えて、それはそれで楽しいのだが、一人になればその時を思い出した。
庭園の森の方を見遣ると、どうしてもブルイエ家の森が思い浮かぶ。木々に囲まれた屋敷は、風が吹けば葉が揺れる音や、枝が擦れる音ばかりが聞こえた。
「うわっ」
急に突風が吹いた。梢が絡まるように揺れて、葉や枝が大きな怪物のような動きをする。
風の音と、時折見える光とが混じり、フィオナは目を眇めた。
(あの日、私はベッドで眠り、風の音に気付いて外を見て、……光が)
そう思った瞬間、ずきりと頭が痛んだ。うずくまった時、すぐに誰かの声が届く。
「セレスティーヌ! どうかしたんですか!?」
「……旦那様。いえ、なんでもありません」
一瞬、なにか思い出しかけたが、すぐにそれは消えてしまい、フィオナは頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。痛みはすぐになくなったが、クラウディオが気にするように手を差し伸べてくれた。
「ありがとうございます。……どうされたんですか。こんなところで、散歩ですか?」
夕食も過ぎた頃。普段クラウディオがこの時間なにをしているのか知らないが、食後の散歩でもしていたのだろうか。少々、暗い方への散歩だが。
「その、外に行ったのが見えたので。メイドはどこに? 一緒ではないのですか?」
「みんなでお祭りに行きました」
「祭り? あなたを一人にして??」
クラウディオは尖った声を出した。少しばかり不機嫌な声だ。仕事はどうしたのかと言いたいのだろう。
先にクラウディオに許可を取るべきだったか。
「祭りに行ってお土産を買ってきてほしいと。私の命令です」
「そ、そうですか」
途端肩を下ろしてしゅんとする。怒られた子供みたいな動きだ。
(最近、こんな姿ばっかり見てる気がするわ)
こちらの対応に困っているというより、こちらの言葉に反応して一喜一憂しているようだ。
(アロイスがお菓子食べ過ぎて怒られた時に似てない?)
そう思うと笑いそうになる。クラウディオは勘違いをしました。と珍しく理由を言って、それならば良いと怒りそうになったことを謝った。
そんなことを言うのも珍しい。フィオナがまじまじ見ていると、クラウディオは恥ずかしそうに頬を染めて顔を背けた。
その時、ドンと上空で大きな音が聞こえた。花火だ。
「わー。綺麗ですね」
大輪が咲くように、空に描かれる。彩りは美しく、闇にはっきりと映えて、なんとも雅だ。高いところで見たいものである。
「でしたら、こちらに」
クラウディオはそれならばとフィオナを促す。お屋敷からよく見える場所があるのか、フィオナが入ったことのない建物に案内してくれた。
公爵邸は広すぎて知らぬ場所が多い。案内されたのは物見塔のような高い場所で、美しい部屋とは違い屋根裏部屋のようなところだった。
「少し、埃っぽいですが」
「平気です。すごく高い場所ですね。庭も一望できるし、街がよく見えます」
結構な数の階段を登り少々疲労があったが、軋んだ窓を開けば街がよく見渡せた。川でもあってそこから花火を打ち上げているのか、街の向こうの暗い場所から打ち上がっているのも見える。
「素敵―。なにも遮るものがないから、よく見えますね!」
花火が近く見えるほどで、音も大きく聞こえる。フィオナは大声を出してクラウディオに礼を言いつつ、花火を見上げた。
こんなに間近で花火を見たことがない。いつもは木々の隙間から覗いて見える小さな花を眺めているくらいだった。遠目の花火は音もあまり聞こえず、隔離された場所にいるような、遠い世界に思える風景だった。
美しさに見惚れていると、準備で休憩に入ったのか、花火の音が止む。風の音だけが耳に入ると、クラウディオがこちらを見つめているのに気付いた。
「ご両親の件ですが、屋敷を出て行く必要はありません」
面と向かい、クラウディオははっきりと口にした。なにかに怒ったかのように言うのではなく、凛として静かな声音だった。




