17① ーブルイエ家ー
「起きれるの、お姉様?」
豪華とはいえない部屋にある小さなベッドをきしませて起き上がると、ノックもせずに入ってきた妹のジネットが声を掛けてきた。
赤く長い癖毛を揺らして、心配そうな顔を向けてくるが、心の中では起きてくるなと思っているのだろう。ジネットの声を無視してフィオナはベッドから足を出した。
フィオナはゆっくりと部屋を見回す。小さな部屋。板張りの床にベッドと机、そして本棚。小さな絵がいくつか飾ってある。窓は大きいがガラスが少し濁っていて、窓を開けないと外が見にくかった。
その先には広い森があり、うっそうとしている。
(私の部屋、こんなだったっけ?)
これは夢だ。この日は領主のパーティがある日だった。ジネットが部屋に訪れることは稀で、パーティに参加するか問うために、わざわざ朝早くにジネットがやってきたのだ。
フィオナがセレスティーヌになる前の、その日の朝のことである。
「起きるだけよ。私は一緒に行かない」
「あら、そうなの? 残念だわ」
ジネットは残念と言いながら、パッと表情を明るくした。あからさまに顔に出すので、鼻で笑いそうになる。
病気がちのフィオナは顔色が青白く、まるで亡霊のようだった。カラスのような濡れ羽色の髪と闇のような瞳の色は、顔色の青白さを際立てた。
深窓の令嬢のようだと言われたことはあるが、化粧をしなければほとんど幽霊である。
鏡を見て、こんな顔だったとホッとしながら階下に降りると、リビングに両親がいた。
「フィオナ、起きられたのか。今日は無理しなくていいぞ」
「フィオナ、ひどい顔色だわ。無理にパーティに行くことなどないわ。眠っていなさい」
両親はフィオナに心配の声をよこしたが、そのまま眠っていろ。と言う声が聞こえるようだった。
前まではパーティに行けないのかと何度も食い下がってきたのに、変わるものだ。
二人はめかし込んで、ジネットと一緒に浮かれている。
三人は領主から招待されたパーティに参加する。フィオナも呼ばれていたが、体調不良で断り続けてきたので、妹のジネットにも招待状がきたのだ。それをジネットだけでなく両親も喜んでいる。
(パーティのことばかり)
がっかりするよりも、うんざりする。領主の息子の相手など、元気であってもしたくないというのに。
「お気を付けてお出掛けください。楽しんできてくださいね」
フィオナが見送って、笑顔のジネットを伴い、両親は領主のいる城へと出掛けた。
領主の長い話を聞いて、息子のしつこいアプローチとダンスの申し込みを断り続けることを考えるだけで辟易する。体調の良い時に訪れて死ぬほど後悔した。むしろ死にそうなくらい気分が悪くなって、パーティ途中で帰宅したほどだ。
そんなところ、行きたいとも思わない。
領主の息子と結婚すれば、この辺りで一番のお金持ちになれる。
ジネットは領主の息子の顔が好きなのか、金が好きなのか分からないが、初めてパーティの誘いが来たと浮かれていた。だからフィオナには一緒に来てほしくないのだ。
両親もパーティで倒れたフィオナを見てから、いつ死ぬか分からない娘より健康なジネットが嫁いだ方が良いと思い始めていた。
ジネットにも招待状が届いて三人は浮かれ、ドレスやら靴やらを新調していた。
フィオナは体調不良を偽って留守番だ。
体調が良い時、フィオナは縫い物や料理をした。縫い物は、寝てばかりだからとパーティなど外で着る服以外両親が新調しないので、自分の服を直すために始めた。料理は孤児院に持っていく用と、お供え用だ。
ブルイエ家の屋敷の裏には広い森がある。そこはブルイエ家が代々守ってきた土地で、森の奥には古びた石碑が建っていた。
石碑には古い言葉が刻まれている。長年外で雨風に吹かれ脆くなっていることもあり、何と書いてあるのかよく読めなかったが、誰かのお墓であるのは間違いなかった。
食べ物はそこにお供えする。祖父が月に何度か石碑に食べ物をお供えしていたので、フィオナも続けていた。毎日行けるわけではないが、ここに来るのは習慣だ。
「今日は試作のクッキーを持ってきたの。少し大人の味なのよ。大きくなった子供たちにあげるの。明日の体調が良ければ子供たちのところへ行くから、サンドイッチを作ってくるわ」
石碑の前にクッキーを供えて、フィオナは石碑を見上げた。
祖父と一緒に来て、いつも祖父はこの石碑に話し掛けていた。だからフィオナも同じようにする。
この間あったこと、子供たちのこと、今日の料理。それから、自分の体のこと。




