15② ー練習ー
クラウディオが突然焦ったような声を出す。そんなにダンスがしたいのだろうか。
「少し休憩しましょう。旦那様の足も限界でしょうし。アロイスに本を読んだらすぐに眠ると思いますので」
「そ、そうですか……」
パーティでダンスを踊るつもりはないが、踊ることになったらクラウディオの足はフィオナに踏みつけられすぎて、パンパンに腫れてしまうかもしれない。周囲の嘲笑が目に浮かぶ。
それは避けたいだろう、クラウディオがダンスの練習をしたがるのは理解できるのだが。
(私の足もパンパンなのよ。ヒールを履いて踊るとか、女性たちの足の筋力はどうなっているの?)
セレスティーヌの体でもダンスの練習は楽ではない。ふくらはぎが痛くなって、そろそろ休憩したかったのだ。
「セレスティーヌは、意外に子供好きなのですね」
アロイスを抱っこすると、後ろからそんな声が聞こえた。クラウディオは何気なく言ったのだろうが、リディは顔をしかめ、モーリスが息を呑んだ。
ここで、好きです。と言ったらこの男はどうする気なのだろうか。
フィオナは呆れそうになったが、おそらくクラウディオは純粋で、女性心理など深く考えたりしないのだと推測する。
もしセレスティーヌが子供好きだった場合、なにを想像するのかクラウディオは想定できないのだ。
そして、目の前にいるセレスティーヌが自分の妻だとも思っていない。
(セレスティーヌ相手だからか、考えたこともないんだわ)
とはいえ、無神経なのは変わりない。
「そうですね。アロイスは可愛いですから」
フィオナのにっこり笑顔に、モーリスが頭痛でもあるかのようにぎゅっと目を閉じた。リディが噛みつきそうな顔を我慢している。クラウディオは二人の表情にも気付かない。
セレスティーヌもクラウディオの気持ちを理解しようとしなかったのだから、どちらも同じか。フィオナはアロイスを抱っこしたまま乳母から絵本を手にする。
「奥様、アロイス坊ちゃんに絵本を読ませるのでしたら、書庫に子供用が残っておりますので、よろしければご案内しましょうか!? その絵本は確か絵が暗かったので!」
モーリスが耐えられないと話を変えた。アロイスの絵本は確かに表紙の絵が真っ黒だ。幼児用にしては暗い印象がある。
「懐かしい本ですね。子供の頃よく読みました」
空気を読まないクラウディオが口を挟む。話は逸れたのでモーリスは安堵しただろう。ここは突っ込むまいと、その話に耳を傾けた。
「どんな内容なのですか?」
「魔物が封じられた物語です。勧善懲悪で道徳の絵本として有名ですが、とても単調なものですよ」
子供向けなので単調なのは当然だろうが、中を見せてもらうと、本当にほとんど真っ黒な絵で埋められていた。
「とあるところに、魔法が使える男が住んでいた」
『男はとても強い魔法使い。りんごの木を大きくしたり、空を飛んだり、なんでもできる。
ある日、村で大きな化け物たちが人々に悪さをしていた。人々は魔法使いに、化け物たちを倒してとお願いした。
化け物はたくさんやってくる。けれど、魔法使いは化け物たちをあっという間にやっつけた。
人々は魔法使いにお礼を言った。おいしいご飯をあげて、たくさんの宝石をあげた。
けれど魔法使いはもっと宝石をよこせと、人々を魔法でおどしてきた。
魔法使いの正体は、魔物だったのだ。魔物は悪さをして、人々を困らせる。
そこに一人の旅人がやってきた。人々をかわいそうに思った旅人は、魔物をやっつけるために、魔物をとても素敵な場所へ連れて行った。
そこはたいそう豊かな土地で、おいしい果物や、おいしい魚、魔物の大好きなお酒がたくさんあった。
魔物はうれしくて、おいしいご飯をたくさん食べてお酒を飲んで眠ってしまった。
旅人は眠ってしまった魔物に鎖をつけて、二度と悪さができないように封印した。
人々はたくさんのお礼をしようとしたが、旅人はほかの人々を助けるために、弟子を村においてまた旅立った。
最後にたどりついた町で魔物を倒すと、人々は旅人に町に住んでとお願いした。
旅人は喜んで町に住み、そうして、その町で幸せに暮らした』
内容は確かに勧善懲悪だが、黒い絵のせいでとても暗く感じる。幸せに暮らしたと大勢の食事会の絵が描かれているが、皆が下を向いており、暗い葬式のようにも見えた。
そして、その食事風景の外に、鎖に繋がれている者がいる。
(魔物に、鎖……?)
「これは、なにかを元にしたお話なんですか?」
「古い時代の歴史を絵本にしたものですよ。旅人は王を指します。王が魔物を追い出し、国を建て直したという、伝説ですね」
「魔物を追い出した、ですか」
「興味がおありでしたら、書庫をご案内します。古い文献は別の場所に保管してありますから」
クラウディオに問われてフィオナが頷くと、クラウディオはなぜか少しだけ喜びを見せて、案内を買って出てくれた。




