13 ー計画ー
街に出て、フィオナは馬車の中からその街並みを眺めた。狩猟大会へ行くのに馬車は乗ったが、クラウディオが一緒だったためじっくり外を見る余裕がなかったからだ。
「おばーたま、あえ、かっこいーの!」
アロイスがたまにフィオナをおばーたまと呼ぶのだが、可愛いのでつい目尻を下げる。おばさまと言いたいのだろうが、舌足らずなのではっきりと発音できないのだ。
アロイスが指差しているのは広場の中心にある像だ。おそらく初代王の像だろう。周囲は高級そうな店が立ち並び、馬車が何台か停まっていた。服屋や宝石店が多いようだ。
その広場を過ぎた先にあるお店に入ると、ふんわり香ばしい匂いがした。
「奥様、彼がこの店のパン職人です」
「は、初めまして。ウラドと申します!」
ポールに紹介された男は二十台後半くらいで、フィオナを見るなり頭を下げた。緊張しているのか声が震えているが、卑屈な雰囲気のないはっきりとした明るい声をしている。
「初めまして。今回は私の話を受けてくれてありがとうございます」
「い、いえっ。あのお菓子を食べて、ぜひ作らせていただきたいと!!」
ウラドの店ではパンを主に作っている。彼にはポールに作ってもらったいくつかのお菓子を食べてもらい、この店で貴族相手にお菓子を販売することを提案していた。
彼の店は貴族向けのパン屋で、いくつかの貴族の店に商品を卸している。そこで貴族相手にお菓子を浸透させるために、試作品を配ってもらっているのだ。
それの反応が良く、すでに販売依頼がきている。販路が増えそうなので専門店を作る予定だ。
「良かったわ。初めはどうかと思っていたのだけれど」
「依頼も多くなっていますし、専門店を作っても問題ないと思います。ぜひ働かせてください!」
「嬉しいわ。作り方が特別なので、契約をしてもらうことになるけれど、契約書は見てもらえたかしら?」
「もちろんです! こちらにサインもしておりますので、ご確認ください!」
お菓子を作るには秘密保持の契約を行うことにしている。作り方が簡単なのですぐに真似できてしまうからだ。砂糖は高級だが売れることが分かれば真似する者は必ず出てくる。
フィオナは契約書を確認して、店を見回した。高級パン店だけあって建物の装飾が豪華だ。
(それでも砂糖は高価なのね。ブルイエ家の近くでも砂糖の原料となる畑があったから、その違いかしら)
お菓子の作り方はフィオナが直接教えても良かったのだが、職人が緊張して手際が悪くなるため、ポールが直接教えることになった。公爵家のシェフにそんな真似をさせて良いかと思ったのだが、ポールはセレスティーヌに全面的に協力してくれるようだ。
フィオナが新しい料理の作り方を教える分、彼自身がフィオナを尊重してくれたからだろう。
まずはお菓子を手際よく作れるようになってもらわなければならない。
ポールがお菓子作りをウラドに教えている間、フィオナたちは物件を見に行くことにした。今後出すお店を購入するためだ。
今回、このような行動に出たのは、お金の問題があったからである。
セレスティーヌの薬や部屋の魔法陣を調査するには、結構なお金がかかる。魔法を使う者は限られているため、特別な者に依頼する必要があるからだ。
公爵夫人に与えられたお金は高額だったが、自由に使ってもその用途をクラウディオが確認していた。そのため、事業を行い、捻出する金額を誤魔化そうという浅はかな考えで計画を考えたのだ。
店舗の購入や材料費、人件費程度であれば大した金額ではない。その言葉にも驚くが、遊びみたいな程度の経費と聞いて目が回りそうになった。
(事業という名のお遊びと思われるっていうのも、驚いちゃうわ)
そのお遊びに夢中で、クラウディオに関わる暇がないとアピールできるという目論みもある。これ以上彼と話せばいい加減気付かれるだろう。その危険を回避するためにも外に出ることにしたのだ。
店に使う細かな費用まではチェックされないはずだというリディの言葉を信じている。
それが成功すればこちらに滞在することも視野に入れた。理由をつけて屋敷を出るより、拠点を得て動く方が楽だからだ。
(私の作るお菓子や料理は、他のシェフが知らないと教えてくれたからできる事業だけれど)
フィオナの住んでいた領は、こちらに比べて豪華さはまったくない農村中心の田舎だったが、そのおかげで多種類の農産物が手に入り、多くの料理やお菓子が開発されていた。
農産物だけでいえば領土内で事足りるため、贅沢をしなければ問題なく生きていける。
教育などのために都会に行くとなると話は違ったが、土地が豊かなため肉を得ることも事欠かない。それだけを言えばかなり良い町だったのだろう。
こちらは作物を育てる肥沃な場所がほとんどない。多くの食物を他領や他国から得る。輸入には税がかかりお金がかかった。
(食べ物に関しては豊かさのない土地だから、料理も単調な物ばかりなのよね)
基本的に芋料理や保存の効く加工された物が多い。野菜だけでなく肉なども全て加工して保存するのは食料が少ないためである。食物の種類も少なそうだ。
都がそれならば、国全体の問題なのかもしれない。
それで自分の料理が珍しいと思われるとは考えなかったが。
「フィオナ様、あちらです」
紹介された物件は思ったより大きなお屋敷だった。ブルイエ家と変わらないのではないだろうか。庭を入れればブルイエ家の方が広いかもしれないが、豪華さで言えばこちらの屋敷の方がよほど良い。
「これは、高いのではないの?」
「予算内ですよ。それに公爵家の奥様の事業の場としては小さい方だと思います」
セレスティーヌには公爵夫人という大きな肩書きがある。それはあまり表に出さずに済ませたいのだが、気付かれた時に小さすぎるとそれはそれでクラウディオに迷惑が掛かるようだ。
面倒だが致し方ない。フィオナは物件の中を見させてもらい、キッチンの広さや部屋の配置を確認した。
アロイスが眠ってしまうまで他の物件を何件か確認したが、結局最初に見せてもらった屋敷に決めた。
今回はウラドの店でポールがお菓子の作り方を教えたが、外に漏れることを考えて、次からは購入した屋敷で教えることにする。軌道に乗れば人も増やす予定だ。
店を出せない間不良債権になってしまうが、目を瞑るしかない。金銭感覚が狂いそうになる。
「疲れましたね。アロイスを連れてきて、可哀想なことをしちゃいました」
「たくさん走り回られていましたからね」
それでも良い物件は手に入れられた。公爵夫人としていただいている金額がかなり高額なのは分かっているので、使うのにかなり度胸がいったが、ここも目を瞑ることにする。
「ウラドのお店でなにが売れるか反応を見て、今後なにを売るか考えましょう」
失敗しても大丈夫という恐ろしい金銭感覚を身に付けたくはないので、なんとか成功させたいものだ。そして、魔法や薬の調査が可能な、信頼できる人間を確保したい。
「セレスティーヌ、お出掛けでしたか」
戻ってすぐ届いた声に、フィオナは飛び上がりそうになった。




