12① ー疑問ー
「旦那様、なにかお飲み物をお持ちしますか?」
クラウディオが落ち着きなく部屋をうろうろしているのを見て、執事のモーリスはクラウディオに声を掛けた。
クラウディオは怪訝な顔をしたモーリスに気付き、咳払いをしてソファーに座る。
「ああ、お茶を頼む。あ、いや、酒を頼む」
昼から酒とは珍しい。モーリスはすぐに酒を取りに行った。最近心配事でもあるのか、考え事をしていることが増えているように思う。普段酒など昼から飲まないのだが、心を落ち着けるために酒が飲みたいのだろう。
その心配の種がなんなのか、モーリスも想像はつくのだが。
クラウディオの好きなワインと簡単につまめるものを持って、モーリスは厨房を出る。
「どうかなされたのですか?」
モーリスが部屋に戻ると、クラウディオはまた部屋中をうろうろしたのか、今は執務用の椅子に座って、両手を合わせて祈るようにして両手を額にくっつけたまま、じっと俯いていた。
「セレスティーヌが、おかしい」
勢いよくそう言って、クラウディオは立ち上がると、再びソファーに座った。モーリスはそちらにワインを運び直す。
「ここ最近ずっとおかしかったが、昨日の狩りでは特におかしかった」
ドン、と机に握り拳を振り下ろし、そのまま、ぐぬぬ、と悶えるように頭を押さえる。
こんなクラウディオも相当おかしいが、セレスティーヌがおかしくなったのはモーリスも気付いていた。
クラウディオと顔を合わせないようにしているのか、モーリスもほとんど会うことがなくなった。メイドたちから話を聞くに、アロイスと仲良く遊んでいるか、書庫や厨房に入り浸るばかりだとか。
母性に目覚めたのかと安心したくなるが、セレスティーヌがそんなことで落ち着くのかと疑問を持ちたくなる。
それはクラウディオも同じなのだろう。
「今まで、朝食を一緒にすればいつまでも話し掛けてき、外出すればついてこようとし、パーティに行って女性と挨拶しようものなら浮気を疑い、デュパール公爵夫人に会おうものなら親の仇の如く睨みつけ、あまつさえ私に近寄らぬようにと喚いていたのに」
クラウディオは息継ぎもせずに言葉を連ねた。一気に吐き出して息を吸い込むと、ぴたりと言葉を止める。
「————急に、デュパール公爵夫人に礼をしたいから、何を贈れば良いのか、聞いてきたのだ」
「そ、それは……」
モーリスも息を呑みそうになる。デュパール公爵夫人は鬼門だ。
クラウディオの古くからの友人で親しい間柄であったジョゼット・デュパール公爵夫人は、嫁ぐ前までジョゼと愛称で呼ぶほど親しかった。そのため、クラウディオとの関係をいっとき噂されたことがある。それを知っているセレスティーヌの嫉妬は想像を絶するほど激しいものだった。
「それなのに、贈り物だぞ? デュパール公爵夫人も、また話がしたいと言っていて、何が何やら」
「デュパール公爵夫人もですか? それは、一体、なにがあったのでしょう?」
「分からない。狩りをしている間に話をしたらしく、彼女が変わったことを喜んでいたが。そう、狩りでも、犬にドレスを汚されながら、平然としていてっ」
それはモーリスも驚いた。早くに帰ってきたセレスティーヌがデュパール公爵の馬車に乗ってきたことも驚きで心臓が止まりそうになったが、ドレスが汚れた理由が、犬に飛びつかれて汚れてしまったと聞いて、その後どう発狂したのか勘ぐりそうになった。
セレスティーヌはクラウディオに見せるための衣装や装飾品に力を入れている。それなのにそのドレスを犬に汚されたとあれば、ヒステリックに泣き喚くのが瞼に浮かぶほどだったが。
「嬉しそうに犬をなで、管理者に罰を与えぬよう苦言してきた。この間の猫のことといい、今回のことといい、セレスティーヌはなにかおかしな物でも口にしたのだろうか??」
クラウディオが見たことないほど困惑の表情をしている。仕事で苦労があってもそんな顔をしないのに。
「こ、混乱はよく分かりますが、良い傾向ではないでしょうか? 狩猟大会に参加してなにか問題が起きるかと内心びくびくしておりましたが、なにもなく」
「なにもなくはないだろう?」
眉を顰めながら真顔でそんなことを言う。世間一般的に問題はなかったが、セレスティーヌがなにも事件を起こさなかったことの方が問題だったようだ。
腕を組んだままなにかを考えるようにすると、クラウディオは諦めるようにグラスに手を伸ばして一気にワインを飲み下す。
そうしていると、外から幼い子供の声が聞こえた。アロイスの声だ。
クラウディオはすぐに立ち上がると窓際に近寄った。




