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目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです  作者: MIRICO


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10④ ー狩猟大会ー

 噛みつこうとしてきたわけではない。飛びついてきた犬は、フィオナの膝に前足を乗せて舌を出しながら頭を擦り寄せてくる。


(かわいいい————っ!!)


 我慢できない。フィオナがなで回してやると、犬は大きく尻尾を振った。


「も、申し訳ありません! ど、ど、ドレスが!! どうか、お許しください!!」


 男が急いで走り寄ってくると、離してしまった犬のリードを引っ張り、震えながら跪いて、怯えた声で謝ってきた。セレスティーヌとは身分が違うからだろう。犬を押さえながらも顔が真っ青だ。その顔が尋常ではないことをしたと物語っている。


「大丈夫よ。かわいいわんちゃんね。私もなでたかったの」

「え、いや、え」


 おいでおいでともう一度犬を招いてなでてやると、男はぽかんとした顔を見せた。気にすることはないと笑顔を見せれば、脱力したように大きく息を吐く。


「申し訳ありませんでした。ドレスが汚れてしまい」

「たいしたことではないわ。大人しくてかわいい子ね。触れられて良かったわ」


 そう言いつつも、ドレスに犬の足跡がついているのに気付く。さすがにこれはまずかったか。しかし、フィオナは犬をなで回せて満足だ。


 リディが急いでタオルで拭いてくれるが、泥のついたドレスが簡単に綺麗になるわけがなかった。それを見ていた男が、再び蒼白になる。


「お仕事に戻って。大丈夫よ。触らせてくれてありがとう」


 フィオナが礼を言うと、男は涙を溜めた。そこまで恐ろしいことだったのだろうか。

 周囲が固唾を呑むように注目してくる。フィオナが男を罵るのを待っているかのようだった。いや、本来のセレスティーヌだったら喚いているのだろう。


「一体、なにをしている!」


 男が頭を深く下げてフィオナの前から下がろうとした時だ。代わりにクラウディオの怒声が届いて、周囲がざわめいた。


 なにを怒っているのか、顔に怒りを見せたクラウディオがこちらへ歩いてくる。それに気付いた男が再び真っ青な顔になって、恐れおののいた。


「なぜ、犬がここにいる! 管理を怠ったのか!?」


 そんなに怒鳴ることはないだろう。初めて怒る姿を見たが、美人が怒ると迫力があった。

 男は怯えてしまって、言葉さえ出ないと震えて体を縮こませた。フィオナもつい口を開けて眺めてしまう。


 クラウディオの視線がフィオナのドレスに向くと、すぐにギッと男を睨みつけた。


「ドレスを、あのようにしてっ!」


 なるほど、公爵夫人のドレスを汚したことに怒っているのか。連れが汚らしい格好をしていると怒りを感じるらしい。

 怒りの矛先を向けられた男が哀れだ。フィオナは立ち上がりクラウディオと男の間に割って入ると、犬をもう一度なでた。


「いい子ね。さ、そろそろお仕事に戻って」

「は、はいっ!」


 フィオナが促すと、男は逃げるように去っていった。クラウディオが後ろで一瞬声を上げたが、フィオナが振り向くとぴたりと言葉を止める。


「私が犬に触れただけです。先に帰らせていただきますから、旦那様はごゆっくりどうぞ」


 汚らしい格好をした連れと一緒にいたくないのなら、はっきり言ってくれた方がましだ。フィオナはくるりと踵を返してリディを呼ぶと歩き出す。


「セレスティーヌ!?」


 クラウディオの呼び声が耳に届いたが、放っておこう。


「汚れたドレスで馬車に乗ったらまずいかしら」

「それより、旦那様を置いていった方がまずいですよ」


 リディが周りに聞こえないようにぼそぼそ小声で言う。


 馬車は一台で、無言のまま気まずい雰囲気で乗ってきたのだ。クラウディオを置いていくのはさすがによろしくない。

 だが、着替えはないのだし、クラウディオに汚れを我慢してもらうしかないだろうか。


「待ってください。セレスティーヌ」

「彼女は私が送っていくわ。それなら良いでしょう?」


 クラウディオの呼び声に、デュパール公爵夫人が遮った。


 意外な人が助け舟を出してくれる。クラウディオは一瞬顔を強張らせた。その表情にはどんな意味があるのだろう。


「それでは、お願いします。デュパール公爵夫人」


 クラウディオと同じ馬車に乗るより、彼女と同じ馬車に乗ってみたい。ついでになにか聞けることはないだろうか。

 そんな下心を持って頷いたが、クラウディオはひどく驚愕してみせた。耳を疑うように困惑の表情を見せる。


 セレスティーヌがデュパール公爵夫人に妙な真似をするのでないかと警戒したのかもしれない。

 しかし、フィオナが頷いたことでデュパール公爵夫人は承諾を得たと促した。


 クラウディオはそのまま、追ってきたりはしなかった。ただ、面食らったような表情をして、こちらをいつまでも見つめていた。

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