番外編 おまけ
「旦那様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫そうに見えるか?」
「見えません」
叔父であるクラウディオと執事のモーリスがそんなことを言いながら、お互い顔を見合わせて視線を逸らすと、お互いに大きく息を吐く。
「フィオナ叔母さまは?」
「まだ待つんだ。アロイス。落ち着いて、待つんだ!」
クラウディオは自分に言い聞かせるようにして、扉の前でうろうろした。ものすごい速さでうろうろしている。ものすごい速さだ!
叔母の名前はセレスティーヌだが、屋敷ではクラウディオはフィオナと呼んだ。どうして名前が二つあるのか分からないが、誰も何も言わないので、叔母の名前はフィオナだと思っている。
それは外では使うなと優しく言われたが。
クラウディオは、祈るように、フィオナ、フィオナ。と言っている。
部屋には入られないので、みんなで扉の前で待っていた。別の部屋で待っていていいと言われたが、なんだか大変なことらしいので、一緒に廊下で待っている。
「にーさま、にさま」
弟のロニーが乳母と一緒に廊下にやってきた。ロニーは叔母のフィオナにとても懐いていて、フィオナがいないとよく泣く。昔のアロイスみたいだとクラウディオは言うが、今だってフィオナは大好きだ。
クラウディオは父親ではないが、アロイスはずっとこの屋敷に住んでいる。クラウディオとフィオナは叔父と叔母で両親ではないが、アロイスはずっと二人と一緒だ。
結構前に、母親と父親がいる屋敷に行った。その時はあまりよく分かっていなかったけれど、フィオナはアロイスをその屋敷に置いていくつもりだった。
けれど、クラウディオとフィオナ、母親と父親が話している時に、フィオナがひどく怖い顔で怒ったことがある。
フィオナは怒鳴ったが、母親と父親は変な顔をしていただけだ。
怒ったフィオナが立って帰ろうとしたのを見て、アロイスはここに置いていかれるのかと思った。けれど、クラウディオがアロイスを抱っこし、そのままいつもの家に帰った。
アロイスはあの屋敷にいないでいいのだと安堵したが、なぜかもう一人、一緒についてきたのがいる。
弟のロニーだ。
「にーさま。にいさま。お外であそぼ?」
「ダメだよ。フィオナ叔母さまを待ってるんだから」
フィオナはお腹に赤ちゃんがいて、ずっと苦しんでいる。
クラウディオは顔を青くしてうろうろしているし、モーリスも一緒に青くなっていた。
メイドのリディはフィオナと一緒だが、ずっと部屋から出てこない。
クラウディオとフィオナの赤ちゃんが生まれれば、アロイスとロニーは二人の本当の子供ではないから、追い出されるだろう。
メイドたちが話しているのを聞いたことがある。
赤ちゃんが生まれるとどうして追い出されるのか分からないが、ここから出ていくのは嫌だと思った。
だったら、生まれなければいいのに。
なのに、部屋の中で、大きな泣き声が聞こえた。
「旦那様! 女の子です!」
「フィオナ!!」
クラウディオは部屋に入った。アロイスも入ろうとしたがモーリスに押さえられて、入ることができない。
赤ちゃんが生まれたら、この家から追い出されるかもしれない。生まれたから、追い出される。
(ここにいたいのに! どうして追い出されなきゃいけないの!?)
「アロイス、おいで」
泣きそうになっていたら、クラウディオがアロイスを呼んだ。
ここで家を出ていけと言われるんだ。泣きたくなって、クラウディオにしがみつきながら部屋に入ると、ぐったりしているフィオナがいた。
「アロイス。女の子が生まれたの」
フィオナの隣で、小さい赤ちゃんがあぶあぶ言っている。顔が真っ赤で、アロイスが近付くと、ぎゃあ。と泣いた。
びくりとして、クラウディオの後ろに隠れると、フィオナが、大丈夫よ。と優しく声をかけてくれる。
「ねえ、アロイス。この子にはまだ名前がないんだけれど、アロイスはこの子のお兄ちゃんになってくれるかしら」
「……お兄ちゃん?」
「アロイスと、ロニー。それからこの子。三人一緒に、このお屋敷で元気に過ごすのよ。アロイスとロニーみたいにお外を走り回って、ご飯を食べて、たくさんお昼寝して、そのうちアロイスみたいにお勉強をしたりして。アロイスみたいにすくすく大きくなるの」
「一緒に? ここで、一緒に?」
「そうよ。当然でしょう。アロイスはこのお屋敷で私とクラウディオと一緒にいるでしょう? アロイスも、ロニーも、この子も一緒よ」
フィオナはにっこり笑ってアロイスを近くに呼ぶ。
アロイスが、お屋敷を出ていきたいって言うまで、ずっと一緒よ。
その囁きに、涙が出てきた。フィオナがアロイスの頭をなでると、もっと涙が出てくる。
「三人とも、一緒に大きくなるの。きっと楽しいわ」
フィオナは何度もアロイスの頭をなでて、だから、泣かないで。と何度も言った。
「アロイスお兄さま、ロニーお兄さま、待って」
「お前は木に登るなよ。デイジー。リディに怒られるぞ」
「お母さまは怒らないもの!」
「フィオナ叔母さまは、登れるなら登ってたって言ってたよ」
「余計なことを言うな。ロニー」
弟のロニーと木に登っていると、一番年下のデイジーがスカートで木に登ろうとしてくる。
学び舎から帰ってきて、木の上でゆっくり本を読もうとしていたのに、ロニーはついてくるし、デイジーは真似しようとしてきて、相変わらずくっつき虫だと思う。
ロニーとデイジーはすぐにアロイスの真似をしようとする。リディは怒るが、フィオナは止めない。一回登って、危ないってことを知ればいいからね。なんて結構適当なことを言う。
デイジーが登りはじめて、一つ目の枝に手を伸ばす。足を上げてスカートがめくれたがお構いなしだ。さすがにどうかと思って注意をしても、デイジーはやめない。
足が枝にかかり、そのまま上がれるかと思えば、ずるりと体が下がった。
「デイジー!」
「きゃああっ!!」
大きな悲鳴と共にデイジーが地面に落下した。
けれど、手足を上に伸ばしたまま、地面すれすれでふわふわ浮いている。
「おバカなことをしているのはどの子なの?」
「フィオナ叔母さま!」
瞬間、ぼすん、とデイジーが地面に落ちた。フィオナはデイジーに防御の魔法をかけていたのか、木に登ることを前提として放置していたようだ。
「デイジー。落ちた時どう思った?」
「こ、こわかったあ!!」
デイジーがフィオナに抱きついて、わんわん泣き出した。そのデイジーにフィオナは視線を合わせるために座ると、ぎゅっとデイジーの腕を握る。
「なら、もう無理はしちゃだめよ。危ないと言われたのだから、危険なことはしないの。いいわね?」
フィオナの説教に、デイジーは鼻水を垂らしながら何度も頷く。
(フィオナ叔母さまの魔法って、本当にすごいんだよなあ)
あれを見ていると、勉強をもっと頑張らなければと思う。魔法の技術が昔より上がり、人に迷惑をかけなければいつでも使えるようになった。それでも魔法を使う者はそんなにいないのに、この家ではやたら魔法が飛び交う。
フィオナ叔母さまと、たまにやってくるノエル魔法師は、庭で魔法の掛け合いなどをして、魔法技術のレベルを上げようと奮闘している。
側でクラウディオ叔父さまが腕を組みながら青筋立てて見ていたり、時折混ざって言い合ったりするので、三人になるとすごく賑やかだ。面白い魔法が見られると、クラウディオ叔父さまは興奮してフィオナ叔母さまを褒め称えた。
「アロイス、ロニー。いらっしゃい。お茶にしましょう。ケーキを作ったのよ」
「食べる!!」
「僕も食べる!!」
木から降りて、フィオナ叔母さまに駆け寄る。フィオナ叔母さまはくっつくデイジーをなでながらも、アロイスとロニーをなでて背中を押した。
最初はアロイス一人だった。そのうちロニーが増えて、デイジーが生まれた。
三人一緒。フィオナが約束してくれた通り、クラウディオとフィオナ、アロイス、ロニー、デイジー。みんなで一緒に暮らしている。
(だって、僕たちは、家族だから)
これでお話は完結になります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




