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助けた男は

 そして朝。俺はダンジョンで集め損なった素材を求めて、あの忌まわしきダンジョンに戻っていた。ボスが死んだダンジョンはまた活性化するまで魔物が現れる事はない。


 だから、比較的安全に残骸を持って帰る事ができた。もちろん、一目で分かる良素材は他の冒険者に持って行かれてしまった後だったが。


 しかし、これから先どうやって生きていこうかな。よくよく考えてみれば、俺って居場所を失ったんだよな。宿屋もパーティ単位で登録してたし……。


「それ……高いの? そもそも売れるの?」

「そうだな……今日の飯代くらいにはなるかな」


 冒険者ギルドでならこの素材を丸ごと買い取ってくれるかもしれないが、俺にはいよいよ運がないらしく、取り出せた素材はことごとくNRだったのだ。このままでは二束三文にしかならないんだよな。それだけ、買い手がつかない。


「仕方ねえ。加工して売り出すか……」


 俺はその場で最良の組み合わせになるように素材を『合成』し、顔なじみの加工場まで向かうのだった。


 ◇


「はあ? おいおい、このNRの素材をいくらで買い取れってんだ。クズ銅貨三枚か? いやいや、そんなに払うのも違えな。銅貨二枚払うなら引き取ってやるぜ?」


 だが、どうにも加工屋のオヤジの様子がおかしかった。いつもならニコニコとした受け答えで素材を買ってくれていたのに……。


「何かあったのか?」

「何かあったのはそっちの方だろ。聞いたぜ、ダンジョンでヘマやらかしてパーティに迷惑かけたって。しかも、あちこちで女が襲われたのも大量の魔物を他のパーティに擦り付けて殺したのも、お前さんだって言うじゃねえか」


 あー……そういえば、あいつらがそうするとか言ってた気がするな。もしかして、この辺の悪評全部俺のせいになってるんじゃないのか?


「俺ぁお前さんだから使い物にならねえ素材を買ってやってたんじゃねえ。あの新進気鋭のパーティに.顔売りたかったからだ。昨日、もうお前さんからは何も買うなって言われた所さ」

「……」


 あまりの手のひら返しに俺は言葉も出なかった。俺が『合成』したアイテムを認めてくれる数少ない人だったはずなのに……素材なんか、見てすらいなかったのか?


「……そうか。じゃあもう頼まねえよ」

「ああ、二度とうちに来るんじゃ――」


 その時、ガラっと加工屋の扉が開かれて……入ってきたのはリリアの父親……確か……だった。暗闇で、しかも病気の顔しか見てなかったから、あまりに溌剌としたオーラに驚いてしまった。


「おお、ここにおったか。クラフト。全く、探したぞ……命の恩人に何も返さんままでは帰れんかったからな。街中を駆けずり回ってるリリア達にも後で弾んでやらねばな」

「ああ、おっさん。元気になったか?」


 気軽に声をかけた俺に、加工屋のオヤジは何故か顔面を蒼白にさせて腕を掴んできた。


「馬鹿っ、この、馬鹿野郎! お前さん戦争起こす気か!?」

「何だよ……お前にはもう何を言われる筋合いもねえよ。ただの知り合いの父親だろうが」


 そんな俺達を見て、リリアの父親は「わっはっは!」と笑った。そして、右手を俺に差し出してきたので、それを掴む。


「済まない、自己紹介はまだだったか。儂はグリドス・レッドフィードだ。先日世話になったリリア・レッドフィードの父親だ。改めて礼をしたい。ちょいと足を運んでくれんかね?」

「それはいいけど……ああ、だったら晩飯でも奢ってくれよ。今の俺は一文無しでさ。このオヤジも素材を買い取ってくれねえって言うんだから困ったもんでさ……」

「ふむ……その素材、もう原型を留めておらんな。見せてくれるか?」


 おっさん……グリドスはまじまじと俺が持ってきた素材を見ると、次第に堪えきれなくなったように笑った。よく笑うおっさんだな。嫌いじゃない。


「こ、これを買い取らないというのか? わは、わはは! やはりこの国の人間は見る目がないのう……クラフト、儂ならこれを金貨三枚で買い取ろう」

「なっ……!?」

「ただし、条件を呑んでくれたらだがな……お主が改めて我が家まで来てくれたら、だ。この指輪、そしてこの素材を見れば、お主がいかにただ者で無いかくらいは分かる……分からんのは、よほどの大虚けのみよ!」


 その大虚け……加工屋のオヤジはぷるぷると震えながら、ただ嵐が過ぎ去るのを待つようにじっと床を見ていた。


 しかし……金貨三枚か。金貨一枚で銀貨千枚、一ヶ月の生活費が銀貨五枚……銅貨で五十枚と考えれば、膨大な額だ。そんな大きな仕事、したことがないな。


「……いいのかよ、怪しまずには居られない待遇だぜ」

「ああ、儂が言えば話は通るはずだ。方々で聞くに、お主の悪い噂はどこまでも広がっておるみたいでな。少し前に家臣と話し合って決めたのだ。これだけの逸材を潰されるわけにはいかん、絶対共に連れて行こう、とな」


 そう言って組まれる腕は、まるでワイヤーの塊だ。卑怯だ……そんなものに威圧されたら、頷くしかないだろう。


「……それじゃあ、お願いしようかな」

「うむ! っと、その前に荷物をまとめておくがいい」

「いや、纏める荷物もねえんだ。全部盗られちまったからな。全く、こんな奴を家に入れるなんて、どうかしてるぜ?」

「そうだな……確かにどうかしているな。それなら、リリアと会ってやってはくれんか。あれから一番必死にお主を探しておったのはあやつだからのう」


 まあ、そのくらいなら……様子も気にはなってたしな。俺は頷いて、加工屋から出た。


 ◇


 後に残された加工屋のオヤジは、ただ呆然と呟いた。


「あ、あれは……大帝国の皇帝、グリドス様……だよな? 何で、クラフトなんかを……いや、いやいや! 早くリンネス達に教えないと……!」


 あの素材を金貨三枚? クラフトを大帝国に招待? 何もかもが前代未聞だ。そもそもクラフトが生きている事がおかしい。


 確かに奈落へ捨てて来たとリンネス達は言っていたのに……仮に帰ってきても方々で口利きされてこの国で干されていくはずだったのに……!


 大帝国と言えば、実力さえあればいかなる種族も受け入れる大きな器を持つ国だ。それだけの経済を回す国力がある。あの男の胸元に付いていた……その国力でどんな戦にも打ち勝ってきた大獅子の金勲章。見るものが見れば震えが止まらなくなるものだ。


「俺ぁ報告はしたからな……もう知らねえ!」


 そして、文書をしたためた加工屋のオヤジは手紙を送ると、店の看板を閉じて鍵を閉めて引きこもるのだった。


 ◇


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