閑話 森の魔女の昔話
「ねぇ、森の魔女。
いつも、いつも私に親切にしてくれてありがとう。
でも、どうして?私、何にも森の魔女に返せないのに」
眉尻を下げて、小さく肩をすくめる実季子の顔を、チラリと見た森の魔女は、困ったように目尻を下げると、寂しそうに笑った。
「そうさねぇ……。
あたしが実季子の世話を焼いちまうのは、あんたがあたしの娘に似ているからだよ」
「え?魔女、娘さんがいるの?」
グッと体を起こして、魔女の顔を覗き込むように言う実季子に、魔女はクックック……と、笑いながらカップのお茶をひと口啜る。
明日からアッティーハー領に移動することになっている。
魔女達も徐々に前線に向かって移動しているそうだ。
森の魔女は、実季子と同じタイミングでウピロス領を出ることにしたらしく、二人は揃って城の中庭にある東屋でお茶を飲んでいるのだ。
午後の日差しが差し込む東屋に、ソフィアがリンゴの香りのするお茶を用意してくれた。
ふんわりと立ち上る湯気と一緒に、ほんのり甘いりんごの香りが鼻先をくすぐる。
りんごの好きな森の魔女は、もうすでに3杯も飲んでいて、一緒に用意されたりんごのタルトに、フォークを突き立ててムシャムシャ食べている。
因みに、二切れ目だ。
りんごタルトを食べ終えた魔女は、別の皿からリンゴと胡桃を混ぜて焼いたクッキーを取って頬ぼりながら、実季子の問いに答えた。
「女の双子がいるんだよ。
と言っても、もういい歳をしたおばさんだがねぇ。
一人は、今、大魔女のところで修行しているよ。
大魔女は、パートナーとの間に子が出来ないからね。
うちの娘が継ぐのさ」
「へぇぇ。もう一人の娘さんはどこにいるの?」
そう聞いた実季子を、またチラリと見た森の魔女は、今度もまた眉尻を下げて困ったように小さく笑った。
「上の娘はね、ずっと昔に出て行っちまったのさ。
17の歳だったよ。以来、一度も帰って来ないね」
聞いてはいけないことを聞いてしまって、心底後悔をした顔をしている実季子に、魔女はクックックックと笑うと、また口を開いた。
「好いた男が出来たんだよ。
あたしは、その娘に森の魔女を継がせようと思っていたからね。
厳しく育てたし、大きくなって惚れた男の所に行きたいと言う娘に、当然猛烈に反対したね。
そうしたらね、ある日突然出て行っちまった。
書き置きを残してね。
今思えば、せめてもう少し話を聞いてやれば良かったのかもしれないねぇ。
そうすれば、出て行かずとも他に方法があったのかもしれないと、……そう思うよ」
魔女の手を握って、スリスリと指先を撫でる実季子に、森の魔女は優しく笑いかけると、もう片方の手で実季子の手をそっと握り返す。
「ミキコ。あんたがね、その出て言っちまった娘に似ているような気がしてね。
ついつい、世話を焼いちまうんだよ。
……嫌だったかい?」
そう聞く森の魔女に、実季子はぶんぶん頭を横に振る。
くるくる巻いている黒い髪の毛が、ふわふわ中に舞っている。
黒くて丸い、大きな瞳を潤ませて、子供のように鼻を啜る実季子を見て、またクックックと魔女は笑った。
「全然。全然、嫌なんかじゃないです。
私は、こっちで頼れる人も少なくて。
話も誰に聞いて貰ったらいいのか、悩んじゃうし。
でも、魔女がいつも話を聞いてくれて、助けてくれて。
どれだけ救われてるか。
私が、森の魔女がいてくれて、とても嬉しいって思ってるってこと、忘れないで」
「もちろん。覚えておくよ」
ほんの少し、目元を赤くして、実季子と同じように鼻を啜った魔女は、ククッと笑った。




