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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第11章 魔法円
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魔法円5

 今度は、部屋の外が暗くなって、照明を付けていることから、夜になったのだと推測できる。

 急に、古いラジオのようにガザガザと雑音が入ると、

「ただいまー」

と、間延びしたような兄の声が聞こえた。

「お兄ちゃん」

 一番上の兄の声だ。

 汗だくの道着を着ているところを見ると、稽古を終えて帰ってきたようだ。

 眉間に刻まれた皺が深くなったように見えるが、お帰りと、迎える母を見ると笑顔になって、実季子は、一年ぶりに見る兄の笑顔を懐かしい気持ちで眺めた。

 その後、2番目の兄も、3番目の兄も家に帰ってきて、父も交えて夕飯を取っている。

 皆、時折ふとしたはずみに、どこか遠いところを見るような表情をする事があるけれど、実季子が居たときと変わらず笑顔で、沢山の量の料理があっという間に無くなるのも変わらなかった。

 皆、元気なんだ。

 良かった。

 そう思ったが、しかし、一体自分はどうなったことになっているのかが気になる。

 夕飯が終わると、兄達が仏間の方に向かって行って、実季子のなぞは解けた。

 仏間には、自分の遺影が飾ってあった。

 どうも、自分は死んだことになっているらしい。

 兄達は、仏壇に向かって手をあわせている。

 ここにこうして、生きているのに、彼方の世界では死んだことになっていて、兄達に手をあわされる。

 変な気分だな。

 しかし、どうして死んだことになっているのか?

 遺体でも見つからない限り行方不明者として扱われるはず。

 なのに、遺影もあって、仏壇の奥には位牌も置かれているようだ。

 どうも、結構前に葬儀も済まされているような雰囲気だし。

 そうして、誰も居なくなった仏間の仏壇が映し出されたのを暫く眺めていると、襖が開いて母が入ってきた。

 母は、仏壇の前の座布団に座ると、手をあわせるでもなくボンヤリと実季子の遺影を眺めている。

 暫くそうしていたが、一度立ち上がり、部屋の奥の押し入れの中を、ごそごそ何やら探している。

 そして、母が出してきたのは、白い繊細なレースがふんだんに使われた広い布?だった。

 

 何だろう?

 綺麗なレースだなぁ……


 そう思って眺めていると、母はおもむろにフワリとレースを広げた。

「あっ……」

それは、結婚式で使うベールだ。

 恐らくは母が使った。

 大事にとっておいたのだろう。

 母は、そのレースを手で撫でながら、実季子の遺影を見上げる。

「みっちゃん。

 みっちゃんのお式で使うかなぁと思って、取っといたのよ。

 お母さん、これ、かぶったみっちゃんが、見たかったなぁ」

 音の悪いラジオを聞いているようだったが、母は確かにそう言った。

「お……母さ……ん……」

 気がつけば、実季子の目からは、とめどなく涙が溢れて、抱いていたマリイの上に、次々と降るようにこぼれ落ちた。

 アルカスは、大きな体を使って、実季子を後から包み込むように抱きしめる。

 若い魔女が、横からそっとハンカチを渡してくれたのを受け取って、目蓋を覆ったけれど、何時までも溢れ出てとまりそうになかった。

 その様子を見て、大魔女が微かに衣擦れの音をさせながら、実季子のそばに寄ってきた。

「ミキコさま、今日は、ここまでに致しましょう。

 エケモス様からは、ミキコさまの気が済むまで魔法円を置いておいても構わないと、許しを得ております。

 また、いつでも見られますよ」

 そう言った大魔女に、ちゃんと返事が出来ずに、ただコクコクと頷いただけで、借りたハンカチから顔を上げることも出来ずに、実季子は小さくしゃくり上げた。

 アルカスは、実季子をそっと抱き上げると、一言

「皆、ご苦労だった」

と声をかけて、そのまま部屋に戻った。

 

 部屋で待っていたソフィアは、泣いてアルカスに抱かれている実季子を見ると、痛ましげに眉を寄せ、実季子の為に整えてあった寝室の扉を開けて主人らを通す。

 その際に、アルカスは実季子に抱かれたままジッと、実季子の事を見ていた青い毛玉を、実季子の手から優しく取り上げると、ソフィアに渡す。

「全ては、後からだ」

 一言言うと、寝室の扉を閉めてしまった。

 いつもならば、結婚前だからと口煩く言うソフィアも、ただ黙って頭を垂れると、アルカスから渡された青い毛玉にチラリと目をやり、諸々の手配をするべく部屋を後にしたのだった。


 アルカスは、泣きやまない実季子をそっとベッドに降ろすと、靴を脱がせて横にして、シーツをはぐって掛けてやる。

 その横に自分も潜り込んで、実季子を抱き寄せた。

 ずっと実季子の髪や、背を撫でてやり、実季子を包むように身を寄せて暫くすると、とうとう実季子は泣きながら眠ってしまった。

 指が白くなるほど握りしめているハンカチを、1本1本丁寧に指を外して、手から抜き、実季子の涙を親指で優しく拭うと、静かにベッドを抜け出して、音を立てぬように扉を閉める。

 実季子の部屋の扉の外に立っていた衛兵に、執務室にソフィアを呼ぶよう言づける。

 その際に、毛玉を持ってくるのも忘れぬようにと言うと、事情の分からない衛兵は、微かに首を傾げたが、

「賜りました」

と敬礼して、素早くソフィアを呼びに行った。

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