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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第11章 魔法円
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魔法円1

 アルカスは、実季子の元の世界が見えるという魔法円のことが気になっていた。

 実季子が此方の世界に来てから1年近く経っている。

 元の世界とこっちの世界で、時間の流れがどのように流れているのか定かではないが、同じであるなら、元の世界でも1年近くが経っていると考えるべきだ。

 捕らえたプレギアースの逆魔術師から、当時の状況を聞きたいが、エラトスやアピテの取り調べをのらりくらりと躱しながら、既に此方が掴んでいる情報をポツリポツリと漏らす程度で、決定的な情報は明かしてこない。


 元の世界では、どんな風に実季子のことを扱っているのか?

 行方不明者として、家族は実季子を探しているのか?

 もしくは、もう死亡した者として処理されている可能性もある。

 実季子を大事にしている家族ならば、さぞかし精神的負担になっているに違いない。

 そして、そんな家族の様子が魔法円に映ったならば、実季子がどれ程のショックを受けるか。

 想像しただけで、アルカスは心臓をきゅっと握られたような息苦しさを覚える。

 一体誰が言い出したのかは知らないが、大魔女や森の魔女はわかっていて魔法円を書いたのだろうか?

 

 考えれば考えるほど胸の中がモヤモヤして、いてもたってもいられなくなったアルカスは、大魔女と森の魔女のところに侍従を使いにやった。

 大魔女は、プレギアース戦に赴く為に、必要な薬草や薬を配合する道具の調達の調整を、エケモスらとしている最中だそうで、もう半刻ほどしたら執務室に出向くと侍従に言付けてきた。


 エケモスとの調整が終わった大魔女は、アルカスの執務室に森の魔女と共にやって来た。

「陛下。お呼びで御座いますか?」

 大魔女はアルカスに向かって、恭しく腰を折ったが、森の魔女は露骨に嫌そうな顔をしている。

「うむ。

 昨日のだな、実季子の元の世界を写すという魔法円についての経緯を聞きたいのだが」

「陛下その件につきましては、……」

「そんな回りくどい聞き方をしなくても、ハッキリとあんたの聞きたいことをお言いよ」

 大魔女の言葉を遮って、いつもと変わらないだみ声で、目を細めて、眉間にしわを寄せた森の魔女が、いやそうにしながら、ぼそぼそと呟やく。

「あんたが言いたいことは分かっているんだよ。

 今、ミキコに元の世界を見せて何かショックなことが映れば、あの子が傷つくんじゃないか、それでやっぱり帰りたいと言うんじゃないか、それが心配なんだろう?」

 アルカスは、反論しようとしたが無駄だと思い直して、深く椅子に背を預けると静かに頷いた。

「そうだ。その通りだ」

 彼の低く重苦しい返答に、森の魔女は小さく吐息をこぼし、優しく仕方が無さそうに笑うと、否定なのか、それとも肯定なのか、ゆっくりと頭を左右に振って菫色の瞳でアルカスを見つめてくる。

「傲慢な銀の狼よ。

 相手のことを心配しているのは、そしてそれによって相手が傷つくことを恐れているのは、あんただけじゃあないんだよ」

 呟きのように聞こえる彼女の言葉が、いまひとつ理解できずに、微かに鼻にしわを寄せて、森の魔女の次の言葉を待つ。

「あの子は、あんたが他の女とよろしくやってるんだろうと思って、自信をなくして泣いていた。

 だからあたしが、そんなに辛いなら元の世界に帰るかいと聞いたのさ。

 大魔女の力を借りれば帰れるだろうからと言ってね」

「森の魔女に、その件で相談を受けました。

 細々とした検証は必要ですが、結論だけを言えば、ミキコさまを元の世界に帰す事が出来る可能性は、ザックリ言って50%ですね」

 大魔女は、森の魔女の発言を受けて説明を加える。

 

 ミキコが帰るかもしれない?

 元の世界に……

 帰れるのは、スーパー ブレ エクリプス ムーンの夜だけではなかったのか?

 あの日、ミキコは帰ることをやめ、この世界に残ることを決めてくれた

 私の元にいることを選んでくれたのに

 もう、帰れないのだと思っていた

 安心していたのだ……

 ミキコは、ずっと自分の元にいてくれるんだと、思っていたのに

 なのに、例え50%だとしても、帰れるのか?

 何と言うことだ……


 眉間に深い皺を刻み、険しい眼差しで宙を睨んだまま、実季子が何時かいなくなってしまうかもしれないという、恐ろしい白昼夢の最中にいる。

 その微動だにしないアルカスの目を覚ませるかのように、深い声が部屋に響いた。

「さぁ、そろそろシャンとして、あたしの話を聞きな」

 宙を見つめていたアルカスの目は、ゆっくりと森の魔女を捉えて薄く眇められる。

 その様子を見て、森の魔女は鷹揚に頷いた。

「あの娘は、元の世界を見て、それによって大きなショックを受けるかもしれないと言うことは、ちゃんと考えているよ。

 それでも、元の世界でどうなっているかをきちんと知ることが出来れば、まだ自分の中に残っている、どっちつかずの気持ちを持て余している状態を終わらせることが出来ると思っているんだよ」

 アルカスは理解出来ない物でも見るように、うっすらと眉をひそめて森の魔女見つめる。

 ほんのりと痛ましげな顔をして、小さく息を1つ吐いて森の魔女は続けた。

「あたしはねぇ、あの娘が理解していないのかと思って、ハッキリと言ったんだよ。

 恐らく、元の世界では、あんたは行方不明って事になってる。

 若しくは、死んだことになっているだろうって。

 あんたを大事にしていた家族はそりゃあ悲しんでいるに違いないよとね。

 それを、わざわざ見たって気分が滅入るばかりで、余計に辛い思いをするよとまでね……、言ってやったのさ」

 ふぅっと、大きく息をついた森の魔女の言葉を受けて、大魔女が続きを説明する。

「ミキコさまは、陛下はその内、自分が可能性は高くないとしても、帰れるだろうという事実を何処かから知るに違いない。

 そうすれば、何時か私が居なくなるんじゃないかと、きっと思う。

 自分は、陛下の狂狼化を中和させたい気持ちでコッチに残ると決心した。

 それは、もしも、陛下が他の人を選んでも変わらない。

 だから、今のうちに現実を見て決心を揺るがない物にしてしまいたい。

 例えそれが、自分には辛い現実だとしても。

 そして、その決心が付いたら、自分がこっちに来るときに来ていた服も靴も、灰も残らないように、焼いて欲しいと仰いました。

 自分には、陛下に何時か帰るんじゃないかと言う目で見られ続けるのは悲しいことだからと」

 

 ハアッと、大きなため息をついたのはアルカスだった。

 実季子が元の世界にまだ思い入れがあることくらい、考えなくても分かる。

 実季子の話からは、家族への沢山の愛情を感じたし、家族も実季子を愛していることがありありと感じ取られた。

 それなのに、実季子が此方に残ってくれたことが嬉しくて、すっかり頭から抜け落ちていた。

 その結果、そんな辛い決断を実季子に一人でさせようとしていたなどと、自分は何と愚か者だったのか。

「分かったかい?我が帝国の皇帝よ。

 あんたは、立場上、自分のことだけ考えていられるような余裕は無いんだろうがね。

 でも、そんなあんたの事だけを、考えてくれている娘が居ることを忘れては、国は治められないよ」

 眉間に深い皺を刻み、一点を睨み付けるようにして険しい表情で考えに耽っていたアルカスに、まるで、母親が諭すかのように優しい声音で森の魔女が、話しかける。

 彼女は、最初からアルカスには辛辣な態度だった。

 てっきり嫌われているのだと思っていたが、そうでは無く、ミキコを守りたかっただけなのでは?

 しかし、なぜだ?

 いや、それを知るのは後でも構わない。

 今は、実季子の所に行かなければ。

 そして、彼女に言わなければならない。

 アルカスは、腰掛けていた椅子から立ち上がると、森の魔女と、大魔女に、向きあう。

「忙しいところ、足労をかけた。

 時間が許す限り、ここで茶を飲んで言ってくれ。

 私は、ミキコの所に行ってくる。」

 そう言うと、足早に部屋を横切り、扉を開け実季子の部屋に向かった。

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