たくらみ2
長い廊下を必死に大広間に向かっている途中、アルカスは透明な膜のような物に阻まれた。
その膜はゴムのように伸びて、頑丈で、アルカスの行く手を阻む。
クソッ!あの魔女だな
こんな物で私がミキコを諦めると思っているのか!
アルカスが、拳をグッと握りしめると、牙が覗き、耳が出る。
「トモス」
魔術を唱え、鋭い爪で膜を切り裂く。
アルカスを足止めしていた魔術は呆気なくパチンと消えた。
足を、大広間の方向に向けると、アルカスの耳に、微かにだが実季子の小さな叫び声が聞こえてくる。
「ミキコ……」
なにがあったのだ?
アルカスの焦りは、ピークになった。
やはり、帰るというのか?
この私を一人置いて……
実季子が、この世界に迷い込んできてからもうすぐ一年がたとうとしている。
この一年の間に、本当に様々な事が起こった。
プレギアースとの最後になるであろう戦いも、間近に迫っている。
例え、実季子がいなくともペラスギアに勝利は訪れるであろう。
そして、人々の上には、平和で穏やかな日々が訪れるのだ。
しかし、アルカスは違う。
もはや実季子がいなければ、朝は明けないし、夜に月も昇らない。
まともに息さえも出来るかどうか怪しいのだ。
大広間の扉に手をかけるとやはり、開かないようになっている。
急激な焦りが、アルカスの心臓をギュウギュウ締め付けた。
「誰か!開けろ。扉を開けるんだ!」
扉を力を込めて押してみたが、ビクともしない。
焦ったアルカスは、ミキコに呼びける。
「ミキコ?ここを開けるんだ。……中にいるんだろう?
………開けろ!開けるんだ!!」
どんどん焦りが膨らんで、扉をダンダン叩きながら、呼びかけはドンドン大きくなり、終いにはあらん限りの大声で叫ぶ。
夜更けに大声で叫ぶ声を聞いた、人達が部屋から出て集まってきた。
エラトスもやってきて、兄上?と首を傾げている。
しかしアルカスに、周りに気を配っている余裕などない。
今度は、勢いよく扉を引いてみる。
すると、意外にもスンナリと扉は開いた。
転がり込むように中に入ると、部屋の中には大きな魔法円があり、魔法円の中は水が揺蕩っている。
満月のように明るい光が水面から天井に向かって四方に広がっており、魔法円の外側には、ローブを羽織った森の魔女と、大魔女がその光に向かって手をかざし一心に呪文を唱えている。
ミキコは、何処だ?
まさか、もうこの魔法円の中の元の世界に戻ってしまったのでは?
水の張った魔法円の中を覗き込みながら、アルカスは実季子を呼ぶ。
「ミキコ、ミキコ、ミキコ。私を置いて行くな。
ミキコーーー」
アルカスが魔法円の水の中に入る寸前に、森の魔女の後ろにある大きな長持ちの蓋がゴトリと開いた。
「アルカス?」
中から天然パーマの乱れた髪が、フワフワ舞う実季子が出てきた。
「……ミキコ?」
「アルカス……」
アルカスと共に大広間に入ってきたエラトスは、どうにか兄を怪しげな魔法円の中に入らせまいと、必死で腕を引っ張っていたが、実季子の姿を見た途端、アルカスが体の力を抜いたので、床に尻餅をついてしまった。
黒くて、古そうないかにも魔女が使いそうな長持ちから出てきた実季子を、攫うように引き寄せて、大きな体で実季子をギュウギュウ抱きしめる。
「ミキコ、何処にも行くな。お願いだ」
深い森の木々の香りが実季子を包み込む。
アルカスに抱きしめられたまま自然と溢れ出した涙がアルカスの胸の辺りを濡らしている。
アルカスは、実季子を抱きしめたまま、返事を待っている様子だが、そうはいかない。
ハッキリとさせなければいけないことを横に置いたままで、返事など出来ない。
「カサンドラさまは?」
少し震えてはいたが、ハッキリと声が出た。
その実季子の問いに、アルカスは、なぜカサンドラの名前が出てくるのか、心底分からないと言うような顔をする。
「なぜここで、カサンドラの名前が出てくる?」
「だって……、彼女、アルカスと婚約するって。
私があげたタッ……セルも、……アルカスに御守りに……貰った……って言ってたし、……アルカスが、アル……カス……が、手紙の返事を……書くのも億劫だって……」
涙声で、必死にアルカスに言い募った実季子の涙を、親指の腹で拭ってやりながら、盛大に眉間にしわを寄せた顔で、実季子の顔を覗き込んだ。
「それは……、まことか?」
実季子は、コクリと頷く。
アルカスは、実季子を見つめて一気に捲し立てた。
「カサンドラとは婚約なぞしないし、タッセルは、この城に来て暫くしてからなくなってしまい、探していた。
それに……、手紙と言うならば、実季子こそ返事を貰っていないぞ?」
そこまで言うと、実季子の前に跪き、手を取り大きく息を吸い込むと、口を開いた。
「しかし、今重要なのはそんなことではない。
誰が何を言おうと、私が心から欲しているのは、ミキコだけだと言うことだ。
私が、一生一緒に生きて欲しいと願うのは、ミキコ、そなただけだ。
ミキコどこにも行くな。ずっと、私のそばにいてくれ」
握っていた実季子の手を返すと手のひらにキスをする。
そして、小さく、掠れた声で、乞うた。
「ミキコ、……返事は?」
涙が溢れて、アルカスの顔がちゃんと見えなくて、手で何度も涙を拭いながらコクコクと頭を縦に振ってみせる。
「ミキコ、顔を見せて」
そっとアルカスの声が聞こえ、そろそろと顔を向けると、今まで見たこともないような優しい目で実季子を見ている。
「アルカス……私も。
私も、ずっと貴方と一緒に生きていきたい。
……アルカスが望むなら、……ずっとそばにいるわ」
上気した顔でアルカスに思いを告げると、小さく笑ったアルカスが、殊更、優しげに囁いた。
「ミキコ……」
「……アルカス」
そう呟くように呼んだ声は、いつの間にか水を打ったように静かになっていた大広間に事のほか響いた。
アルカスの近くにいたエラトスが、思わずと行った風に
「兄上!おめでとう!!」
と言って手を叩くと、大広間にいた人々や、何事かと集まってきていた人々から、祝いの言葉が述べられた。
皆、口々に
“ご婚約だ!“
“おめでたい!“
と言っている。
ギャッ!いつの間にギャラリーがこんなに増えているの?
実季子は人の多さに気づくと、急激に顔に血が集まってきて、みるみるうちに沸騰しそうなほど顔が赤くなった。
恥ずかしくて涙目になっている実季子を、アルカスが立ち上がり大事そう抱き上げると、目線が同じ高さになって、実季子は慌てて、アルカスの首に手を回した。




