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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第10章 ウピロス領
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帰ればいいんだよ

 翌日も翌々日も、体がだるくて起きる気がおこらなくて、ダラダラベッドの中で泣いて過ごした。

 次の日も、全くやる気が起こらなかったけれど、子供の頃から、ダラダラと過ごすことを許されず、やる気が無いなら、何も考えずに稽古をしろと、育てられてきた実季子は、ダラダラしていると罪悪感が膨れ上がる。

 仕方が無い、起きて、ソフィアが用意してくれたドレスに着替えて、食堂で朝食を取る。

 廊下に出たところで、またしてもアルカスの腕に寄りかかるように腕を絡ませたカサンドラを見た。

 どうにも我慢出来ずに、踵を返してわざわざ遠回りして部屋に戻った。

 実季子に、ついて歩いていたソフィアは、何も言わずに実季子の後をついて、一緒に部屋に戻ってきた。

 ソフィアが入れてくれた御茶を、喉に流し込んで、一息つくと、またベッドに寝転がってしまった。

 そのまま、眠ってしまっていたのか、ソフィアに声を掛けられて、目が覚める。

「ミキコさま、森の魔女がこの城においでになっているそうですよ。」

 森の魔女が来ている?驚いて、ベッドから半身を起こして、ソフィアを見ると彼女はニッコリ笑うと頷く。

「森の魔女が?」

 そう言った実季子にソフィアは、もう一度頷いた。

「今、森の魔女の予定を聞きに侍女を使いにやっています。

 予定が空いているようなら、お会いになられますか?」

「会う。会って、話がしたい」

 森の魔女とは、スーパー ブレ エクリプス ムーンの時以来会っていない。

 泉の畔で、帰るのをやめると言った実季子に、本当に構わないのか、後悔しないのかと言った彼女を振り切って、アルカスの後を追いかけてきたのだ。

 その事に1つも後悔はない。

 でも、このウピロス城でアルカスと、カサンドラの姿を見せつけられて惨めな思いをするとは、あの時は思わなかったのだ。

 どんどん自分に自信がなくなって、もうアルカスと話をする気にもなれない。

 プレギアースとの戦いも近いというのに、ちゃんと向き合って話すことも出来ないのでは、良いわけがない。

 他力本願だが、森の魔女と何か話せば、少しでも自分の気持ちに、折り合いが付けられるのではないかと期待してしまうのだ。


 また、ベッドに突っ伏して一人で悶々と悩んでいると、ソフィアが続き間から戻ってきた。

「ミキコさま、使いにやっていた侍女が戻って参りました。

 大魔女を囲んで、魔女達が会議を行うそうですが、今から夕刻までの半刻ほどなら時間があるとお返事を頂いております。

 お仕度をして向かわれますか?」

 直ぐさま体を起こしてベッドから飛び降りた実季子は、鏡の前に座った。

「ソフィア、早く。適当で良いから髪とドレスを直して」

「かしこまりました。お任せ下さい」

 あっと言う間に、乱れた髪と、枕に突っ伏してグシャグシャになった実季子の化粧を直す。

 来ていたドレスをさっと脱がして新しいドレスを着付けると、ソフィアは、森の魔女への手土産

 -バターの香りと、リンゴの香ばしく焼けた匂いがする。恐らくアップルパイだろう-

 の入った籠を下げて、実季子を先導して歩き始めた。

 

 森の魔女の部屋につくと、ソフィアに付き添われて部屋に招き入れられ、魔女は、ソフィアが差し出した籠の中身を確認するとニンマリと笑った。

「相変わらず、土産のチョイスが良いねぇ」

 森の魔女は、自ずから御茶を入れ始めた。

 魔女の特製ブレンドのハーブティーを、実季子の前に置きながら、実季子の後ろに控えるソフィアにもカップを渡している。


 森の魔女は、今の実季子の現状を既に何処かから聞いていたと見えて、泣いて赤くなっている化粧ではごまかせなかった目蓋の腫れを見ても何も言わなかった。

 実季子は、礼を言って御茶を口に運ぶと一息ついて、スーパー ブレ エクリプス ムーンの夜に、ろくに礼も言わないまま泉を立ち去ったことを謝罪した。

「何を言っているんだい。

 そんなことは構やぁしないんだよ。

 あんたが決めた道を進んで、あんたが幸せになることが大事なんだからね」

 そう言って目元にしわを寄せて笑う魔女と目が合うと、やっと止まっていた涙がまたこぼれ落ちた。

 魔女は、しわしわの手で実季子の頭を撫でると、

「で?やっぱり元の世界に、帰りたくなったかい?」

 と聞いてきた。

 泣きながら、魔女を見つめ目を瞬かせていると、魔女は、更に続ける。

「あんたが、やっぱりどうしても帰りたいというならば、大魔女に頼んでみないこともないよ?

 大魔女の力を持ってすれば、どうにかなるだろうからね。」

 森の魔女を見ながら実季子は、何度か瞬きをした。

 目に溜まった涙がコロコロ零れて、手に持っていたカップの中にこぼれ落ちる。

 魔女は、実季子に諭すようにゆっくりと話し掛ける。

「今だけじゃないよ?これからも、辛いことは沢山あるだろうよ。

 なんせ、広い領土をまとめる帝国の皇帝陛下を好きになっちまったんだからね。

 本当なら、ゆっくりと悩んでから此方に残るのを決めるべきだったんだよ。

 なのに、あの一瞬であんたは決めちまった。

 今からでも遅くないよ?

 コッチにいても、あんたの親も兄弟も、あんたを助けてくれる人とは会えないんだ。

 今、その胸に下げてる剣をここに置いて、帰っちまっても、あんたは少しも悪くないんだよ」

 そうなんだ……。

 これからも、大変なことは山ほどあるだろう。

 辛くても、悲しくても、父も母も兄達もいない。

 プレギアースとの戦いが待ち受けているからと言って、実季子が責任を感じて残らなくても、なにも構わないんだ。

 実季子の胸をギュウギュウ締め付けていた責任というプレッシャーがポロリと剥がれ落ちたような気がした。

「もっと、ゆっくりとあんたの話を聞いてやりたいが、そろそろ大魔女達との会議が待ってるんでね。

 私も、この国の魔女の端くれだからね。

 知らん顔するわけにもいかないのさ」

 苦笑いしながら、森の魔女は言うと、席を立った実季子の顔を覗き込む。

「あんた、また今日の夜に会いにおいで」

 そう言って、自分はローブを取りに続きの間に引っ込んでしまった。


 森の魔女の所で、泣くだけ泣いて、帰っても良いと言われて、実季子は気持ちが軽くなった。

 ついてきていたソフィアも、一緒に聞いていたが、何も言わなかった。

 夕飯を食べに食堂にいくと、アルカスと、カサンドラが出て行くところだったのを見つけて、実季子は、柱の陰に隠れてしまった。

 相変わらずベッタリとアルカスに貼り付いて何事かをアルカスに話しかけながら出て行く。

 実季子は、胸の奥が痛いけれど、なるべく気にしないように努める。

 出された夕飯をキチンととると、何だか力がわいてきたような気分になった。

 結局、森の魔女の所で何かを聞いて貰うことはしなかったが、それでも自分のことを気にかけて、自分の気持ちを分かってくれていると思えただけで、とても気持ちが軽くなったのだ。

 森の魔女に会うことが出来て良かった。

 夕飯を全て食べ終えると、ソフィアと一緒に部屋に戻る。

「ミキコさま、お召し物はどういたしますか?

 森の魔女から、大広間に来るようにと連絡が来ております。

 お訪ねになるのなら、締め付けのないゆったり目のドレスを用意いたしましょうか?」

ソフィアにそう聞かれて、実季子は頷いた。

「そうね。折角お誘いいただいたから、森の魔女の言うように、大広間に行くことにする。

 お酒でも持っていけば喜ばれるかな?」

 アルカスと旅をした際に、森の魔女の住処で過ごさせて貰ったのを思い出して、わくわくしながら答えると、ソフィアも実季子の気持ちが分かったのか、笑いながら用意しておくと答えた。

 瓶の中に大きなリンゴが丸々浸かったカルヴァドスというお酒を持って、大広間を訪ねる。

 ドアをノックすると、森の魔女が顔を覗かせ、実季子の持っている瓶を目にすると満足そうにニンマリと笑って、実季子とソフィアを広間に招き入れた。

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