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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第10章 ウピロス領
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 暫くすると、戻ってきたソフィアが実季子の様子を見て心配そうに声をかける。

「ミキコさま、遅くなって申し訳ありません。

 どうなさいました?どこか体調がお悪いですか?」

 ベッドに突っ伏している実季子を見て、そっと覗き込む。

 実季子は、ベッドから、少し体を浮かせるとモゴモゴと答えた。

「お帰りなさい。

 あの、心配しないで。ちょっと疲れただけだから。

 今日は、もう休むね」

 ソフィアは、気遣わしげに実季子を見ていたが、黙って実季子の着替えを用意した。

「では、お着替えは此方に置いておきますね。

 一眠りされて、何かお召し上がりになれるようでしたら、ご用意いたしましょうね」

 そう言って、静かに部屋を出て行った。

 一人になって、ソフィアが出してくれた着替えに袖を通して着替えると、深いため息をついてベッドの端に腰掛ける。

 ぼんやり、窓の外を眺める。

 まだ冷える日もあるだろうに、一足早く芽吹き始めた青い木々の葉が、吹く風に揺れている。

 窓の下から、誰かを呼ぶ声が聞こえる。

 恐らく、アッティ語だろう。

 この世界に来た頃は、聞こえる言語が何語かなんて分からなかった。

 でも、今はちゃんと聞き分けられるし、その言語の独特の言い回しも、少しなら使いこなせる。


 何しにこの世界に残ったんだろう?

 アルカスを、助けたい

 少しでも力になりたいなんて、おこがましい考えだったんだろうか?

 

 そのままベッドの上に横に転がって、窓から見える空をずっと見る。

 ほうきで掃いたような雲が、ゆっくりと流れている。

 ぼんやりその雲を見ていると、いつの間にか眠ってしまっていた。

 目が覚めると、部屋の中は薄暗かった。

 体には、きちんとシーツが掛けられていた。

 ソフィアが掛けてくれたのだろう。

 外は、雲が多く一雨来そうな雰囲気だ。

 窓を開けて、外を覗いてみる。

 部屋の前には、大きな枝振りの良い木が小さな若芽を出していて、その隙間から中庭が見下ろせる。

 そこには、アルカスがいた。

 実季子は、胸が高鳴っていても立ってもいられなくなった。

 

 そうだ

 きちんと、アルカスに聞けば良い

 幾らカサンドラに色々言われたからって、タッセルを見せられたからって、アルカスに何も聞かずに、何もかも彼女の言うことを鵜呑みにするなんて馬鹿げている


 午睡をしていたので、ゆったりしたドレスを着ているが、寝ていて皺くちゃなので、一先ず上からマントを羽織ることにする。

 早く、行かなきゃアルカスが何処かに行ってしまう。

 焦って、部屋を飛び出して、階段を走り降りる。

 部屋の窓から見える中庭に行くには、廊下をぐるりと回る必要がある。

 マントをはためかせて、廊下を走り、息を切らせながら中庭に到着した実季子は、まだそこにいたアルカスに向かって声を掛けようとした。

 ところが、アルカスの影になって見えなかったが、彼の傍らにはカサンドラがいたのだ。

 彼女は、アルカスの腕に自分の腕を絡めて何事か話しかけると、嬉しそうに笑っていた。

 アルカスも、カサンドラを見てふっと笑みを溢した。

 自然で、優しい笑顔。

 はっきりとした理由は説明出来ないが、実季子の心にはストンと何かが落ちてきたような気がした。

 そっか、そう言うことなんだ。

 本当は、色々聞きたかった。

 でも、もう聞けない。



 カサンドラと、婚約するの?

 タッセルを御守りに渡したの?

 手紙の返事を書くのは、面倒だったの?

 私と、一緒に生きて欲しいって言ったのは嘘だった?

 それとも、気が変わっちゃった?

 私のこと、好きだって思ってくれてるんだと思ってた

 でも、勘違いだったのね……

 そう言えば、好きだって一言も聞いてない

 いやだ、私の早とちりだったんだ

 恥ずかしいな……恋愛経験が無いもんだから、こんな風に勘違いしちゃうのね



 薄暗くなっていた空は、みるみるうちに雲が空を覆い、頬に雨粒を感じた次の瞬間には、烟るように降り始め、周りの輪郭が霞んでぼんやりとしか見えなくなる。

 それとも、次々と溢れ出る涙のせい?

 雨が土を打ち付け、跳ね上がった泥が実季子のドレスの裾を汚す。

 土や草の匂いが強くなって、実季子の鼻腔に入ってきた。

 その匂いは、小さい頃兄達と一緒に遊んだ帰り、雨に降られて転んだ実季子を、一番上の兄がおぶって帰ってくれた思い出を呼び起こした。

 途端に、一人この世界に残ってしまったのだという現実が、実季子に襲いかかり、孤独や、不安、寂しさや、悲しみを嫌というほど煽った。

 やっぱりまだ、雨に濡れるには早いらしい。

 冷たい雨は、実季子の体温をどんどん奪っていく。

 なのに、ここから動くことができない。

 ただ、ただ雨と一緒に流れる涙をそのままにして、先程までアルカスが居た場所をジッと見つめたまま立ち尽くしていた。

 そのまま、外にずっと突っ立ったまま、降ってくる雨に打たれていたら、いつの間にかソフィアが側にやって来て、何も言わずに黙って実季子を部屋に連れ帰る。

 そして一言も喋らずに、実季子を湯につけ、体を拭くと、着替えさせた。

 そのままベッドに寝かせると、腰を落として挨拶をして静かに部屋を出て行った。

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