おまけ
ソフィアと朝の挨拶をして、朝食は部屋に持ってきて貰うように頼んだ。
何だか、食欲がなくて半分くらい残してしまった。
心配したソフィアに、体調が優れないのか聞かれたが、適当に誤魔化す。
そして、窓辺に座ってボンヤリと外を眺めていたら、彼女がやって来たのだ。
間が悪いことに、ソフィアは城の侍女に乞われて、実季子の洗い終わったドレスを受け取りに部屋を出ていて留守だった。
軽く扉がノックされる音が聞こえて、実季子が小さく返事をすると、扉が開かれ、いやらしく口角を上げて笑いながら、カサンドラが入ってきた。
今日は1人らしい。
イヤだなと、一瞬思ったことが顔に出ていたかもしれない。
実季子の顔を見て、更にニンマリと笑みを深くしたカサンドラは、見下ろした実季子に、おざなりに挨拶をした。
「ごきげんよう」
実季子も、重い気分に蓋をして、形式通りにドレスの裾を摘まみ、同じく、挨拶を返した。
「ごきげんよう。カサンドラさま」
どうしても、声が低くなったのは許して欲しい。
一体、彼女は何をしに来たのか?
今日だけは会いたくなかった
しかも二人きりで……
しかし、そんな気持ちが顔に出ないように、必死に努めた。
カサンドラにソファをすすめると、彼女はさも当然と言わんばかりに頷く。
「どうぞ。
申し訳ありません。ソフィアが外しておりまして。」
言外に、御茶は出せないというと、小さく首を振っていらないと言う仕草をしたカサンドラは、優雅にソファに腰を沈めた。
「今日は……、」
彼女は、実季子の顔を見ると、おもむろに口を開き、まるで躊躇うように1度言葉を切る。
「貴女にお願いがあって参りましたの」
何だか、芝居がかって聞こえるほど、頼りなげな声音だ。
カサンドラの話、ましてやお願いなど聞きたくはないけれど、仕方なく実季子は、返事をする。
「なんで御座いましょうか?カサンドラさま」
「率直に申し上げますわね。
貴女のお国に帰って欲しいのよ。
まぁ、直ぐにお国に帰るのは無理でも、このウピロスからは出て、一先ずタブラには戻っていただけないかしら?」
カサンドラは、ソファの肘掛けに気怠げにもたれて、目線だけを実季子の方に向けてお願いとやらを話した。
「その理由をお伺いしても?」
背筋をピンと伸ばし、ソファに浅く腰掛けて問い返す。
「貴女に、陛下の側にいて欲しくないの。
陛下も、貴女の顔を見ると罪悪感に苛まれるようだし」
何を言っているのだ、彼女は?
どうして、彼女からアルカスの気持ちを聞かなければならないのか
如何せん納得がいきがたく、片眉をあげてカサンドラを見た実季子に、カサンドラは、更に言葉を続ける。
「まぁ、貴女にはお気の毒なことなのだけれど、はっきり申し上げるわね。
私と陛下は、正式に婚約することにしましたの。
と言っても、まだ口約束ではあるんだけれど、戦が終わればお父様にもお許しを頂くつもりよ」
実季子は、返事をしなかった。
本当のことだと思えない
だって、アルカスはプレギアースの陣営から戻ってきたペラスギア陣営の天幕の中で、一緒に生きて欲しいと言ったのだ
無意識のうちに、両手を握りこんで体が硬くなっている実季子の様子を見て、彼女は気の毒そうに笑みを浮かべる。
「お気の毒に。陛下に何か言われたの?
男の方は、その時の気分で話をしてしまうときがあるから」
そう言いながら、ドレスの胸元から細いチェーンを引っ張ると、ドレスの下のコルセットで押し上げられた胸の谷間から、銀と青の見たことのあるタッセルが出てきた。
「それ……」
実季子は、思わず言葉を溢した。
それは、間違いなく実季子がアルカスの誕生日に、オマケだと言って首飾りと一緒にプレゼントしたタッセルだ。
アルカスは、ずっと大切にしてくれて、いつもマントを羽織るときには、マントの留め具に付けてくれていた。
今度も、ラキアに赴く際にマントに付けてくれていた。
それなのに、アルカスはカサンドラにあげてしまったの?
「御守りだって陛下がおっしゃって。
だから、こうして身につけていますのよ」
実季子は、ドキドキと心臓が鳴って、イヤな汗が背中を流れるのを感じた。
昨日見たアルカスの部屋から出てきたカサンドラの姿が脳裏によみがえる。
もう、何もかもがショックだった。
夜更けに、あんな薄い夜着を着たカサンドラとアルカスが一緒にいただろうことも、実季子がプレゼントした物をカサンドラに渡したことにも。
「貴女のことはお気の毒に思っておりますのよ。
ただ、愛する人の側に何時までも他の女性にいて欲しくない私の気持ちも分かって頂きたいの。
陛下も、手紙の返事を書くのも一苦労だって仰っていたし」
手紙も?
手紙も迷惑だったの?
実季子は、どうにも我慢が出来なくなって、ソファから立ち上がると、どうにか言葉を絞り出した。
「カサンドラさまの仰りたいことは分かりました。
どうぞ、今日のところはお引き取りくださいませ」
そう言われたカサンドラは、ムッとしたような顔をしたが、一言、ごきげんようと言って部屋を出て行った。
もう立っていられなかった。
そのままフラフラと寝室まで行くと、ベッドに突っ伏してしまった。




