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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第10章 ウピロス領
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夜の廊下

 城には、各地から色々な人が集まっているようだ。

 ペラスギアは、大きく分けると、タブラ、ラキア、ウピロス、アッティーハー、ペロポソの5大領地だが、小さな集落も沢山ある。

 政務を行うに当たって大きく5つに分けて、小さな集落は何処かに所属するようにはなっているが、ある程度までは権限を認めている土地もあるのだ。

 そのような小集落は、所属する領地の大公から書簡で、出兵ないしは参戦依頼が届く。

 問題無ければ出兵、参戦に応じ、手柄を立てれば褒美が与えられて土地が潤う。

 参戦出来ない状況ならば、その旨を返信すれば免除される仕組みになっている。

 そして、午後からはぺロポソと、アッティーハーの代表団が城に到着していた。

 アッティーハーは現在、ラキアとの領境でプレギアースからの侵入を食い止めているため、軍事会議に参加するための人数だけが滞在するようだ。

 が、ペロポソは軍隊丸まるが移動してきていて、城には、軍事会議に参加する軍の上層部のみが滞在し、その他の兵士達は、要塞都市であるガレーネーの街の外に天幕を張って野営をするという。

 ラキアにプレギアースが侵攻してきた18日前の知らせから、直ぐに軍隊を編成しここまで行軍してきたそうだ。

 今朝、アピテから聞いた話によると、アルカスはプレギアースをとことん叩くつもりでいるらしく、もう2度とペラスギアに、ペラスギア以外の国にも、攻め込もうと思えないようにすると言っているそうだ。

 実季子には、ペラスギアとプレギアースの力の差がどれ程なのか分からないが、アルカスがやると言ったらやるんだろうなぁ……と、むさ苦しい男たちが行ったり来たりしているのを見ながら思った。


 ソフィアが、ムカデに噛まれて怪我を負ったことを、アルカスに知らせておくことにした。

 蜥蜴は、果たして自分が狙われたのか、それとも偶然だったのかはっきり分からなかったが、ムカデは自分を狙った物だろうと推測できる。

 犯人は、間違いなく直接手を下してはいないだろうが、カサンドラだろう。

 昨日、実季子に反撃されたのが火に油を注いだのかもしれない。

 だからと言って、ムカデを何匹も寄こすなんて、嫌がらせの範疇を超えている。

 刺された相手に、アナフラキシーショックが出れば、死んでしまう可能性だってあるのだ。

 自分に限ったことならば、黙っていれば良いかと思っていたが、周りの大切な人達に危害が及ぶとなれば別だ。

 カサンドラが、接触してきて実季子に言った数々の暴言についても、書こうかどうしようか一瞬悩んだが、全て書くことにした。

 きちんとした報告をしなければ、全容が見えてこない。

 実季子が、報告を端折ったことによって、アルカスの時間を無駄に使わせるわけにはいかない。

 実季子を小さいと言ったことや、庶民だの下賎だのと言ったこと、ソフィアの事も言動が粗野になったと言ったことも全て書いた。

 その上で、ソフィアに被害が出たことを踏まえ、誰かに調査を依頼して欲しいと書き記した。

 何時ものように、ソフィアにアルカスの侍従に渡して貰えるように頼んで、今日の夕食は食堂に行くことにする。

 アルカスに会えるかなと期待したからだ。

 しかし、実季子の食事が終わるまでアルカスが食堂に顔を出すことはなかった。

 忙しすぎて、部屋で食事をとっているのかもしれない。

 アピテには今朝会ったが、城に来てからエラトスの姿も見ていない。

 エラトスは、帝国の元帥だ。

 アルカス同様、若しかするとそれ以上に忙しいのかもしれない。

 皆、体を壊さないと良いけど。

 実季子は、出した手紙の返事がすぐ来るものだと思っていた。

 今までだって、幾ら忙しくても、すぐに返事をくれたからだ。

 所が、返事は来なかった。

 その日も、次の日も……。


 どうして、アルカスから何の連絡もないんだろう?

 アルカスを訪ねてみようかな?

 お仕事が忙しいのに、迷惑かしら?

 

 気持ちが通じ合ったとは言え、実季子は、異性との交際経験が皆無だ。

 こんな時にどうすれば良いのか分からない。

 相談できるような女友達もいないし、もう、自分で判断するしかない……。

 朝から、どうしようかと悶々と悩んでいたが、とうとう夜になってしまった。

 夕飯もすんで、湯浴みも終わって、ソフィアもお休みなさいませと部屋を下がってしまった。

 仕方なく一旦ベッドに入ってみたが、やっぱり気になる。

 

 よし!アルカスの部屋まで行ってみよう

 今なら、仕事も終わってるだろうし、部屋にいるはずだ


 そう思って、ソフィアが用意してくれていた厚手のガウンを羽織ると、自室を出る。

 月灯りが明るく差し込み、夜風が中庭に咲く花の淡い香りを乗せて、吹いている。

 暦の上では冬だが、ウピロス領は、比較的暖かい地方なので凍えるほどの寒さではない。

 ひとつ上の階の一番奥の部屋。

 城の中でも1番上等な客室に滞在しているアルカスの部屋に向かう。

 夜更けとは言え、戦前の城の中は、城の近衛や、新たにやってきた兵士などがウロウロしている。

 あまり、姿を見られたくないので、廊下の柱の陰にコソコソ隠れるようにして、やっと階段を上り、一番奥の部屋の近くまでやってきた。

 ところが、勢い込んで部屋の前まで来たものの、実季子は、途端に尻込みし始めた。


 そもそも、こんな時間に男性の部屋を訪ねるなんて、非常識すぎるよね

 迷惑そうな顔をされたらどうしよう

 それよりも、疲れてもう眠ってしまっていたら、起こしてしまうんじゃないかな


 また、部屋の扉の近くでウロウロ、オロオロして悩んでいると、静かに部屋の扉が空いた。

 慌てて、廊下の柱の陰に隠れるようにして身を潜ませ、そっとアルカスの部屋の扉の方を覗いてみると、そっと出てくる人影が見える。


 でも、アルカスでは無さそう

 誰が出てきたんだろう?

 

 その人物は、扉からスルリと抜けるように出てくると、キョロキョロと辺りを見回した。

 月の明かりが、その人の姿を照らし、顔も照らし出すと、ジッと目をこらしていた実季子は、ショックでそのまま床に座り込んでしまった。

 心臓が、ドキドキと音を立ててうるさい。

 腰の少し上の辺りまで伸びた淡い栗色の長いストレートの髪が、月の明かりでほのかに光って見える。

 薄く透けるような夜着を着て、その下は、張りのある胸が薄布を押し上げ、細いウエストも上向きなヒップも月の明かりで全てが透けて見えるようだ。

 間違いなく、カサンドラだ。


 どうして彼女が、こんな時間にアルカスの部屋から、こっそり出てくるんだろう?

 彼女のあの格好は、一体どんな意味があるんだろう?

 

 実季子には、異性との交際経験がない。

 当然、こんな経験もしたことがなくて、頭の中がグシャグシャだ。

 さっきから、うるさく鳴っていた心臓は、もっと、もっと、うるさく鳴って、まるで耳の側にまで移動してきたかのようだ。

 柱の陰の床にぺったりと座り込んだまま、空を見つめた。

 そのまま10分だったのか、それとも1時間だったのか動けないままだったが、体が寒さを覚えて身震いした。

 いけない、このままでは、風邪を引いてしまう。

 立ち上がって、フラフラと廊下を歩き、階段を降りて自分の部屋に戻ってベッドに入った。

 そして、気が付けば朝になっていた。

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