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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第10章 ウピロス領
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トカゲ事件

 勿論、これで終わるとは思ってなかった。

 カサンドラは、実季子のことを小さいと馬鹿にしていたし、カサンドラが喋っている間、驚きすぎて何も言い返せなかったから、さぞかし弱い奴だと思われているだろうに違いない。

 弱い者いじめが好きな奴は、相手が弱いほど、喜ぶのだ。

 つまり、実季子はカサンドラを喜ばせてしまった自覚があった。


 嫌がらせは、早速夕食の時に起こった。

 実季子の夕食の中に、死んだ蜥蜴が入っていたのだ。

 その可哀想な蜥蜴は、スープのジャガイモの下敷きにされていた。

 実季子が、スープを掬おうとスプーンを入れると、蜥蜴がプカプカ浮かび上がってきたのだ。

 カンカンに怒ったソフィアは、メイド長に詰め寄った。

 それによって、料理長以下の調理に関わった者、給仕や、メイド達などが集められ、大騒ぎになってしまう。

 騒ぎを聞きつけて、実季子が駆けつけたときには、数名ほどが職を辞し、料理長が責任を取って自害するだのと言う話にまでなっていた。

「ちょっと!ちょっと待って!!!

 誰かが死んだり、誰かが辞めたりしたところで、何の解決にもならないよ。」

 廊下を走って来たために、ハアハア息を切らせて、実季子は言葉を紡いぐ。

 全く、自害して責任を取るだなんてどうかしている。

「蜥蜴がどうやって入ったかは分からないし、そこは詳らかにしないといけないだろうけど、これから軍事会議のために沢山の人が集まるのに、誰が料理を作るの?

 誰が給仕をして、誰がお客様のお世話をするの?

 そんなに簡単に、誰でも貴方たちの代わりが出来るの?

 貴方たちは、その程度の仕事しかしていないの?

 プライドがあるなら、仕事を辞めないで。

 キチンと自分のやるべき仕事をして。

 貴方たちがきちんと仕事をしているから、この領主館は快適に保たれてるんではないの?」

 皆が、実季子の顔をジッと見つめていると、戸口からそっと入ってきた人物が、実季子の後を引き継いだ。

「その通りだ。お客様の食事に異物が入っているなど、あってはならないことだ。

 だからと言って、お前達に責任を被って貰おうなどと私は思っておらぬよ。

 全ての責任は、館の主人である私が負うべきことだからな」

 低く良く通る声で言ったのは、エケモス・クセナキス。

 ウピロス領の大公だった。

「大公閣下」

 実季子は、その場でさっとスカートをつまみカーテシーをして礼をとる。

「ミキコさま、顔をお上げください。

 久方ぶりで御座いますな」

 エケモスに、挨拶されてゆっくり顔を上げる。

「はい。建国祭以来で御座います。

 この度は、閣下のお城にお世話になりまして、ありがとう御座います」

「とんでもない。

 陛下から、ご活躍をお聞きしております。

 この城にいる間だけでもゆるりとご滞在頂くべき所を大変失礼致した。

 この一件は、このエケモスに、免じてお許し頂きたい。

 蜥蜴の件は、キチンと調べますからな。」

 エケモスにそう言われて、実季子は、ほっと肩の力が抜けた。

「勿論で御座います。

 私に、直接の被害はありませんでしたので、皆には寛大なご措置をお願いいたします。

 閣下と御言葉が交わせて、安心いたしました。

 宜しくお願いいたします。」

 お辞儀をすると、実季子はソフィアを伴って自分の部屋に戻った。

 部屋に戻るとソフィアが、城のメイドに言って食事を用意してくれる。

 スープに蜥蜴事件のため、そこから食事が出来なかったのだ。

「嬉しい〜。

 もう、今日は食べられないのかと思ってたの。

 ありがとう、ソフィア」

「前菜だけでは、お腹が満たされませんものね」

 そう言って、御茶を入れ温かいパンをサーブしてくれる。

「ご立派で御座いました。

 ミキコさまが、使用人達のためにエケモスさまにご注進なさったと、もう、城中で働いている者の耳に入っておりますよ。

 この食事も、ミキコさまに食べて頂くために、本日の当番でなかった料理人達が、急ぎ用意した物です。

 温かいうちにお召し上がりくださいね」

 ソフィアは、自分のことのように誇らしげに実季子に話しかけながら、料理を並べる。

「え?今日、お休みの人がわざわざ作ってくれたの?」

 驚いて、ソフィアを見ると、彼女は頷きながら嬉しげに返した。

「勿論で御座います。

 被害を被ったご本人なのに、わざわざ厨房にまで足を運んで、使用人達の騒ぎを収め、大公閣下に寛大なご措置を願い出た方のためならば、食事を作ることくらい訳のないことですわ」

「別に、本当のことを言っただけよ。

 あの蜥蜴は誰が入れたのか、それともたまたま入っていたのか分からないのだし、それが私のお皿に入ってただけでしょう?

 もしも、食べちゃってたら、ちょっとゾッとするけど、でも、口も付けてないし。

 それなのに、何人も辞めるとか、ましてや、料理長が責任を取って自害するとか、あり得ないよ」

 並べられた料理に手を付けながら、実季子がぼそぼそとソフィアに返すと、ソフィアはゆっくりと首を振った。

「私の母は、伯爵夫人でしたが、家が没落してしまって城で侍女をしておりました。

 人狼族は、力が強き者が上に立つ風潮のある種族ですが、それでも帝国建国以来の王族や貴族社会の時勢が根付きつつあるペラスギアでは、血統を重んじる者も多く存在します。

 そのため、社会の弱者が苦汁をなめさせられることも少なくありません。

 母も私も、そんな場面に少なからず遭遇いたしました。

 しかし、力のない者は従うしかないのです」

 実季子は、食べていたパンを皿に置いて、ソフィアの手をギュッと握る。

「それでも、ソフィアはアルカスやエラトスの乳母をして、シメオンやイリニを立派に育て上げたんだね。

 私のソフィアは、凄いね。」

 涙でうるうるになった目をハンカチでさっと拭うと、いつもと変わらぬ笑顔で実季子に御茶のおかわりを入れてくれる。

「さ、お早くお召し上がりください。冷めてしまいますよ」

 温かい料理を食べながら、もう面倒事が起こらなければ良いのになと思った。

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