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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第10章 ウピロス領
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ウピロス領 カサンドラとの出会い

 ウピロスは、王都タブラの北西に位置する領地で、西にカリス海、北側にバルコ山脈が連なり、バルコ山脈の北側には幾つかの小国が隣接しているペラスギアの北西の国境に接している自然豊かな土地だ。


 比較的温暖で、穀物や野菜などの栽培が盛ん。

 西側は海に面していることから、漁業も栄えており、他の4領土に比べると領地面積は狭いが、豊かな収益に恵まれている。

 アルカスの母の兄であるエケモス・クセナキスが穏やかな治世を敷いているため、領民の生活も穏やかで実り多く豊かであった。


 ガレーネーの街にはいると、それまで、土の道を最速で進んでいた馬車が、少しずつ速度を落とした。 

 石畳を走り始めると、車輪が平らな石の上を摩擦するガラガラという音と、蹄の音が響くように聞こえてくる。

 エケモスの領主館は、街の中心を真っ直ぐ進んだ奥にあった。

 小高く土が盛られた丘陵地で、緩くカーブを描いた坂道が門の前まで続いている。

 館の周りには、堀が張り巡らされ、裏手は崖になっているようだ。

 また、街の周りは壁が張り巡らされガレーネーは、要塞都市となっている。

 白い石造りの壁に、紺色の尖塔の領主館は、陽の色を反射してまぶしく輝いていた。

 館の前の跳ね橋を渡って、正面の馬車回しに馬車が着くと、待ち構えていた老齢の、黒いジュストコールを着たクセナキス家の執事が、馬車の扉を恭しく開けた。

「お待ちいたしておりました。皇帝陛下。

 早速ですが、エケモスさまが、会議の間でお待ちで御座います。

 月の乙女さまは、此方にどうぞ。お部屋にご案内致します。」

 アルカスは、領主のエケモス大公が待ち受けているようで、早速会議のようだ。

 エラトスやアピテを共だって執事に先導されて、これから軍事会議が行われるようだ。

 実季子は、ソフィアと共に城のメイド長と名乗る女性に客室に案内される。

 この時は、まさかアルカスと言葉を交わせない状況が続くとは実季子は、夢にも思わなかった。


 部屋に入って簡単に荷ほどきをすませると、ソフィアがお茶を入れてくれ、一息ついたときに、扉がノックされる。

 応対に出たソフィアに、訪ねてきた人物は傲然な態度で言い放った。

「あら?貴女、陛下の乳母じゃないの。

 用はないから、お下がり。」

 彼女は、ソフィアを強引に押しのけて、侍女を伴って部屋にずかずか入ってくる。

 淡い栗色の長いストレートの髪は、よく手入れされていると見えて艶々と輝き光りの具合によっては、薄いピンク色にも見える。

 意志の強そうな眉の下には、グリーンともブルーともとれるような、つり目気味の大きな瞳があった。

 質の良さそうなエメラルドグリーンのドレスの下は、たわわな胸と細いウエスト、扇情的な腰が張り出しているのが伺える。

 身長は、190㎝近くはあるであろう長身で、実季子を上から下までジロジロと眺める。

 彼女は、くっと口角を上げて実季子に向かって言い放った。

「貴女が月の乙女?

 とても小さいのね。城下の子供が紛れ込んだのかと思ったわ。

 私は、この城の主人エケモス・クセナキスの三女カサンドラ・クセナキス。

 アルカス皇帝陛下のフィアンセよ」

 それを聞いて、実季子の心臓は凍り付いたようになる。


 今、彼女は何と言ったの?

 アルカスのフィアンセ?

 アルカスは、婚約した人がいたの?


 カサンドラは、顔が青いを通り越して、白くなっている実季子を眺めて、フフンと鼻を鳴らして小馬鹿にしたように笑うと、畳みかけるように言葉を放つ。

「そもそも、貴女、何処の生まれなの?

 どうせ、庶民なんでしょう?

 ペラスギア帝国の皇帝陛下が、貴女みたいな下賎な生まれの者を相手にするはずがないでしょう?」

「カサンドラ様!

 ミキコさまに対して何と言う事を!

 いくら何でも、度が過ぎますよ」

 今まで、実季子の後ろで黙って控えていたソフィアが、声を荒げた。

「あら……怖いわぁ。

 この私に、意見するだなんて。貴女、侯爵夫人なのでしょう?

 なのに、下々の者と付き合っていると、言動も粗野になるのね。

 さぁ、早くこの部屋から出ましょう」

 ハンカチをさっと口元に当てて嫌そうに眉をひそめると、侍女を伴って実季子の部屋を出て行った。

 実季子は、小さく口が開いたままカサンドラが出て行った後の扉を暫く放心したように見ていたが、ソフィアに呼びかけられて、ハッとした。

「ミキコさま、大丈夫で御座いますか?

 私がついていながら、あの様な侮辱を許すとは大変、申し訳もありません。

 御茶を入れ直しますので、落ち着きましょう」

 そう言って、いそいそと茶器を取ったソフィアの手は、怒りからか小刻みに震えている。

 実季子は、ソフィアの震える手をそっと握りしめた。

「大丈夫。私は落ち着いてる。

 それよりも、教えて。

 あのカサンドラさまと、アルカスは、本当に婚約しているの?」

 ソフィアは、眉を寄せて困ったようにすると、暫く考え込むようにしてから口を開いた。

「確かに、陛下が幼い頃、先帝陛下であらせられるエリスト・ゼス・ペラスギアさまと、先帝妃であらせられるアイラ・ペラスギアさま、その兄上であらせられますエケモス・クセナキスさまの口約束程度はあったと覚えております。

 お小さい頃は、一緒になって遊んだりもしておられましたが、カサンドラ様と陛下はそりが合わず、いつの間にか陛下はカサンドラ様を避けるようになっておりました。

 ですので、そんな話は立ち消えていたはずなのですが、カサンドラ様が何処からかその話を聞きつけていらっしゃって、何年も前の建国祭の時に、陛下にご結婚を迫ったことがあったのです。

 陛下は皆様の前では、黙って返事をしようとなさいませんでしたが、カサンドラ様がそんな陛下に更に強引に迫られたのです。

 耐えかねた陛下が、きっぱりと断られたのですが、恐らくそれでプライドを傷つけられたカサンドラ様は、余計に陛下にしつこく迫られるようになって。

 親同士も認めたフィアンセなのだと、吹聴して回るようになられました。

 陛下も、その内諦めるだろうから放っておけと仰られて」

 そう言うと、新しく入れた御茶を実季子のティーカップに注いだ。

「しかし、陛下が相手にされないことが、余計にカサンドラ様を意固地にさせてしまっているご様子ですね。

 ミキコさまには、早めにお知らせしておくべきでした。

 先ほど、部屋に来られるまで、戦のことに気を取られて、失念しておりました。

 不快な思いをさせて、申し訳ございません」

 実季子は、ブンブン頭を振って否定した。

「そんな。ソフィアが悪いんじゃ無いよ。

 私も、城に着くなり訪ねてきて、あんな風に言われてビックリしちゃったけど、要はストーカーでしょ?」

「はい?スト…?カー?」

 ソフィアが首を傾げる。

「大丈夫。

 私の国にね、虎の威を借る狐って、言い回しがあるんだけど、彼女、お父様が偉いから自分も偉いと勘違いしちゃってるのね。

 それに、本当に偉い人は、偉ぶったりしないよ。

 そのことに、彼女が気付けると良いね」

 そう言うと、ソフィアが淹れてくれた御茶に口を付けた。

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