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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第2章 異世界?
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出会い5

 実季子を送って行けと言われたエラトスは、変わらず苦虫をかみつぶしたよう顔をしていたが、ジロリとアルカスに睨まれると、

「行くぞ」

と、一言言ってソファから立ち上がった。

 そしてそのまま、スタスタと歩いて扉の前まで行くと、実季子に向かってくいっと顎をしゃくる。

「失礼します」

 実季子は、慌ててアルカスとシメオンに、ペコリと頭を下げるとエラトスについて部屋を後にした。


 部屋を出て暫く歩くと、エラトスは立ち止まって実季子に向かい合うと、低く唸るように言った。

「おい、チビ!兄上がお前に気を使ってるからってつけあがるなよ」

 開口一番そう言われて、実季子はキョトンとした。

 確かにアルカスが気を遣ってくれているのは感じたが、だからと言ってつけあがっているつもりはない。



 ケンカ売ってる?

 まぁ、買わないけど



 買ったところで、人狼に勝てる気はしない。

 無謀な戦いはしない主義なのだ。

 これは、兄達に幼い頃から、やられ続けた末っ子の生きる術だ。

 勝てる見込みがあるなら、検討することは必要だが、勝てる見込みのない無謀な戦いをしたところで、ただ痛い目を見るだけだ。

 頭を働かせて上手いこと回避して、友好な関係を築けるように努めるか、力以外で戦えるタイミングを模索した方が良い。


 ジッと考えている実季子に痺れを切らせたのか、エラトスが更に煽ってくる。

「そもそも、森に落ちてたお前と兄上とでは、身分が違いすぎるんだよ。

 シメオンなら兎も角、兄上のことをアルカスさんとか、気軽に呼ぶなよ。

 身の程を弁えないと、兄上が何と言おうと城から追い出すぞ!」


「畏まりました。殿下」

 首が痛かったが、ジッとエラトスの目を見て話を聞いていた実季子は、エラトスに遜って返事をした。

 彼は、王弟だから、殿下で間違っていないはず。


 素直に、殿下と呼ばれて気に食わなかったのか、エラトスはチッと舌打ちしてまた廊下を歩き始めた。

 苛立って、乱暴にわざと足音を立てて歩くエラトスの髪が、ランプに照らされて赤く燃えているように見える。

 イヤイヤだろうが、部屋の前まで送ってくれたエラトスに対して、実季子は頭を下げて礼を言った。

「送って頂きありがとう御座いました。お休みなさいませ。殿下」

 またもや、頭上でチッと舌打ちが聞こえて、エラトスは踵を返すと、廊下を逆に戻って行った。



 部屋に入ると、揃いのお仕着せを着た侍女が数人待ち構えていて、大きな湯船状の桶にお湯を張ってくれる。

 体を清めるのを手伝うと言われたが、初対面の人間に

 -人狼か……彼女達もデカかった-

 裸を見せられるほど、自分の体はファビュラスではない。


 一応、使い方だけ教えて貰って自分で体を綺麗にした。

 本当は、なみなみとお湯の張った湯船にザブーンと浸かりたいが、そもそもそんな贅沢の言える立場にない。

 こうして湯を使わせて貰っているだけ有難いのだ。


 石鹸や髪を洗うシャンプーなんかもあって、かなりサッパリした。

 お湯から上がると、木綿のワンピースが用意されていたのでそれを着る。

 と、テーブルにはパンとスープ、サラダと魚のソテーされた物が並べられていた。


 

 はぁ〜……緊張が続いて忘れていたけど、私何も食べてなかったんだった!!!



 空腹を思い出すと、手をあわせて有難く、有難く、頂戴する。

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 さっき戦わないと思ったばかりだが、明日からどんな毎日が待っているか分からないのだ。

 しっかり腹ごしらえをしておかねばならない。


 お腹いっぱい食べて、眠ーくなってきたところで、先程の侍女が寝酒なる物を進めてくれる。

 が、アルコールを飲む気分にはなれない。

 丁重にお断りしてベッドに入った。



 一人になると、途端に疲れと不安が襲ってくる。

 一体、何故こんな奇妙な世界に来てしまったのか?

 分からないことだらけだ。

 それでも、エラトスは兎も角として、アルカスとシメオンは好意的に接してくれているように思える。

 まだ、どんな人物なのかは分からないが、城に置いてくれて、衣食住を世話してくれると言うのだから、この上なくありがたい話だ。

 気分を害して、放り出されないようにしないといけない。



 兎に角、礼儀正しくすることくらいしか思いつかないけれど……



 それに、若しかすると、もう元の世界には帰れないのかも知れない。

 そんな考えが頭をよぎると、体が震えてくる。

 実季子が突然居なくなって、家族は必死に探しているに違いない。


 特に、実季子を溺愛している兄達は、なりふり構わずに探し回って周りに迷惑をかけそうだ……。

 それも心配だが、母は心配の余り泣いて過ごしていないだろうか?

 つらつらと家族のことを考えていると涙が止まらなくなった。

 さっきまでお湯も使わせて貰って、体が睡眠モードに入っていたのに、このままだと眠れないかも知れない。

 シクシク声を殺して暫く泣いていた実季子は、やはり疲れていたのか、涙の跡も拭かずに眠りの世界に誘われた。





***


 実季子が執務室からエラトスと連れ立って出て行くと、シメオンは、アルカスの方を真剣な顔をして向き合う。

「陛下、月の乙女とは何ですか?

 陛下が狂狼に関する昔の文献を熱心に調べていたのは存じ上げておりますが、月の乙女に関しては知りませんでした。

 そもそも、狂狼化の副作用が出始めているのですか?」


 シメオンが、心配するのも無理はない。

 アルカスは、先の戦で狂狼になりかけたが、もしも狂狼化が解けない場合、狂った強い力により暴れ続け、周りに甚大な被害をもたらし、最後には狂狼の力によって死に至る。

 若しくは、狂狼の強い力の副作用で狂う予兆が見え始めると、他者によって殺されるか、自死を選ぶことによって、暴走を止めるほかない。


 狂狼になって暴れ続けるなど、帝国(くに)の皇帝たる者が選択する道ではない。

 つまり、アルカスに副作用の反応が見え始めると、誰かがアルカスを殺すか、アルカス自身が自らの命を絶つしか道は残っていないのだ。


「副作用は、現れていない。ただ、あのときのことを思い出すと、気が重くなるのは事実だ。

 因みに、彼女をこの世界に攫ってきたのはプレギアース辺りだろう。

彼女が此方に来るきっかけとなった線の細い男は、プレギアースの逆魔術師だろうと予想する。

即ち、その男が言った言葉とは、 逆魔術 だろうな」


 シメオンが無言で頷いたのを見て、先を続ける。

「月の乙女の話は、子供が読むような薄っぺらい本に載っていたのだ。

 昔話のような……おとぎ話のような……。

 私自身、彼女と森で会うまで全く重要視していなかった。

 本には、



『その昔、人狼が狂狼化した際に、身体の何処かに三日月形のアザがあり、満月の光を浴びると青白く光る娘が現れた。

 娘は、月の乙女と呼ばれ、2人は結ばれた。

 月の乙女は、その力を持って狂狼化を解き、狂狼と、その時代に生きる人狼達を幸福に導いた』



 と言うような内容が書かれてあった。

 めでたしめでたしで終わる子供の読み物だと思って、大して気にしなかったのだ」

 アルカスの話を聞き、シメオンは、アゴに手をやりながら考え込んだ。

「陛下は、何故ミキコさまが月の乙女だと感じられたのですか?

 体が光ったから?それだけですか?」


 この宰相補佐は、アルカスの乳母の息子で、アルカスとエラトスの乳兄弟だ。

 産まれたときからの付き合いだからか、それともシメオンがそういう男だからなのか、兎に角、勘が鋭く隠し事が出ない。

 上手く隠せていると思っていても、それは、向こうが隠しているのを分かっていて、聞かないでいてくれている時だけだ。



 何だか気恥ずかしくて、黙っていたかったんだがな……



 と思いながら、ため息をつくとシメオンを見た。

「何というか、彼女の光の中にいると温かく感じて、光が球のようになって消えた後、疲れや体に溜まっていた淀んだ物が消えて無くなったように感じたのだ。

 主観だからな。目に見えて何かが起こったわけじゃないのだが」


 シメオンは、頷くと

「なるほど。面白い」

と言ってパチンと手を打った。

「彼女、良いですね。正直、最初に見たときは、髪がフワフワの小さい子供かと思いましたが……、

 実際、エラトスさまは、嫌っておられるようですし。

 しかし話をすれば、我が人狼族の女と同じように、いえ、それ以上に胆が太い。

 そして、賢いではないですか。……使えそうですね」

 そう言って、ニンマリ笑う。


「おい、彼女を我が帝国(くに)のことに巻き込むな。

 彼女は、彼女の世界に帰してやらねばならん」

 怒ったように言うアルカスを見て、シメオンはゆるゆると頭を振った。

「陛下、もしも彼女が狂狼化を解く鍵を握っているのだとすれば、どんな手を使ってでも我が帝国(くに)に据え置くべきです。

 元の世界に帰すのならば、事が解決した後で帰せば宜しい。

 幸い、彼女は働くと言っているのですよ?

 大いに働いていただきましょう」


「彼女が帰れる算段がつくまで我が帝国(くに)、我が城に滞在するのは構わん。

 しかし、帰れる目処が立てば彼女は帰す。我が帝国(くに)の問題に彼女を巻き込むな。

 シメオン、これは、命令だ」

 強い口調で言い放ったアルカスに、シメオンは頭を垂れて恭順を示した。

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