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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第9章 戦の始まり
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ペラスギア陣営2

 泣いている実季子が不憫で、兄と二人きりにしてやろうと、天幕を出たエラトスだが、やはり兄の具合が心配になって、天幕の入り口の布をそっとまくると、話し声が聞こえる。

 兄は意識を取り戻したのかと、喜び勇んで天幕に入ると、そこには垂れた耳とぶんぶん揺れるシッポを出して、実季子に押し倒されかかっている兄の姿があった。

「ウォッホン、ゲフン、ゲフン」

 わざとらしい咳払いをして、一先ず二人の行為を止める。

「で?めでたく思いは通じ合ったわけ?」

 此方を向いて固まる実季子に、にやりと笑いかけると、更に畳みかけた。

「でも、そっから先は、城に帰ってからにしてくれ」


 自分達の今の状況を把握した実季子は、アルカスの上から飛び退いて、真っ赤になって正座する。

「あの……アルカスの具合が……、悪そうなの。

だから……、お医者様に、見て貰った方が良いかなぁ……って」

「なる程。医者が来るまで、ミキコが兄貴の様子を診ててくれたんだな」

 ニヤニヤ笑いながら、実季子を見る。

 実季子は、更に耳も首も、ドレスから除いている腕まで真っ赤だ。

 そこでアルカスは、実季子のドレスの裾がビリビリに破れて、実季子の足が見えているのに気がついた。

 近くにあったブランケットをサッと広げて実季子の足にかける。

 エラトスを睨み付けて牽制しながら、次々と言葉を放つ。

「エラトス!ミキコを見るな!

 侍従を呼んでこい。ミキコの着替えを用意させろ。

 アピテも呼べ。

 落ち着いたら、この天幕に集合だ。

 情報を整理して、作戦を立てる。

 それまでに、捉えた捕虜から情報を引き出しておくのも忘れるな!

 早く行け!!」

「コッエ〜……」

 呟いたエラトスに、怒号が飛んだ。

「急げ!!」

「ハッ!陛下、賜りました」

 エラトスは一礼すると、天幕から飛び出していった。


 直ぐにアルカス付きの侍従が簡易な服を持って現れた。

 男ばかりの行軍なので、当然、女物のドレスなどもなく、既にアピテの指示で近くの村で女物の服を調達していたそうだ。

「さすが、アピテは気が利くね。

 良かった。何時までも破れた服を着てるのは、心許なくって」

 そう実季子は褒めたが、アルカスは、内心、歯噛みした。

 アピテ、あいつもミキコの足を見たな。

 いつか、相応の報いを受けさせてやる。

 アピテは、違う天幕で捕虜の尋問を行いながら、背中に悪寒が走って身震いしていた。


「ミキコ、一人で着替えられるか?私が手伝おうか?」

 天幕の中に、衝立で仕切りをして貰い、その内側に入って着替えようとしていたところ、アルカスに声をかけられる。

 アルカスは、別の天幕を空けさせると言っていたが、実季子の着替えだけのために、わざわざ1つ天幕を空けて貰うのは申し訳なかったので、仕切りをして欲しいとお願いしたのだ。

 因みに、興奮していた気持ちが落ち着いてくると、金の髪も、金色の目も元の色に戻ってきた。

 瞬時に黒に戻るのでは無く、時間をかけて金色から黒に変わるのは変な感じだった。

 髪は毛先から黒に変わっていく。

 瞳は、ボンヤリとツートンカラーになるようだ。


「アル……あの、大丈夫。ありがとう。

 でも、恥ずかしいから、なるべく離れてて欲しいの。お願い」

 衝立の向こうから、ヒョコッと顔だけ覗かせて、困ったように眉をハの字にして上目づかいで

 -身長差のせいで必ず上目づかいになるのだが……-

 此方を見てくる実季子を見ていると、衝立を倒して、向こうに押し入ってしまいそうで、なけなしの理性を総動員させる。

「分かった」

 一つ頷くと天幕の端の方にクッションを持っていってゴロリと横になる。

 やはり、狂狼となってしまったためか、かなり疲れを感じる。

 人狼の持っている筋力、嗅覚、聴覚、視力、触覚を普段の10倍から20倍くらいに引き上げ、その人狼の人生で使うべきパワーを全て使って狂狼となるため、短期で凄まじい力を使うのだ。

 そのため、幾ら人狼族といえども、暴れるだけ暴れたら、使えるパワーが不足し死に至る。

 今回は、実季子が月の乙女の力で狂狼の力を切ってくれたが、短時間とは言え狂狼と化して力を使ったのだ。

 案外、自分の残りの人生はそう長くないかもしれないな等と、ボンヤリ考えた。

 いや、実季子と共に歩むと約束したのだ。

 後で、森の魔女にでも見て貰うかと、思い直す。

 今までのアルカスの人生は、国や家族のためだけに捧げられ、自分のしたいことなどには、特に執着せず、何処か投げやりな所があった。

 しかし、これからは違うのだ。

 いつもミキコが側にいてくれる。

 ミキコを守ってやらなければならいのだ。

 そのためにも、早くプレギアースとの戦いに決着を付け、治世を落ち着かせなければ……。

 身の内からフツフツと力が湧き上がってくるような気がした。

「あの、アルカス」

 衝立の向こうから実季子の遠慮がちな声が聞こえる。

「なんだ?やはり手伝うか?」

 横になっていたが、一瞬で飛び起きる。

「違うの。ソフィアは?ソフィアの様子は?」

 震える声で訪ねる実季子は、相当心配していたのだろう。

「大丈夫だ。医師の見立てでは、かなり回復しているそうだ」

 アルカスが返すと、ふぅ〜っと、長いため息が聞こえて、その後鼻を啜る音が聞こえる。

 暫くして、衝立の向こうから出てきた実季子の目は、真っ赤だった。


 実季子が着替えている間に、諜報員が新しい情報を掴んできた。

 どこかタブラ城内で、実季子を見張っていたプレギアースのスパイがいるようだという。

 スパイは、実季子達が城を出てタブラ軍を追いかけることを知り、城から付いて来ていたらしい。

 実季子を攫う隙を狙っていたのだ。

 そう言えば、おかしなことがある。

 シメオンが月の水を追加で送ってきたことだ。

 確かに余分にあれば、困るものではないが行軍の際にかなり充分な量は持ってきており、それらはまだ十分に余裕がある。

 疲れは感じるが、月の水を使うほどではない。

 早くに使ってなくなってしまっても困る。

 実季子はもういないと、思っていたのだから。

 それを何故わざわざ追加で送ってくる必要があったのか?おかしいとは思っていたのだ。

 至急、その件も合わせて調べると言って、諜報員は消えていった。

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