ペラスギア陣営1
ペラスギアの陣営に戻ると、アピテは捕縛した逆魔術師を担ぎ上げて、他の天幕に向かった。
他にも捕縛した捕虜がいるらしい。
エラトスは、中央の天幕に入ってアルカスの身体を横たえる。
漆黒の髪は元の銀髪に戻り、肥大していた筋肉も、浮き出ていた血管も、黒ずんだ皮膚の色も元に戻った。
手足の長い爪も引っ込み、耳と尻尾も収まっている。
瞳の色は、目蓋が閉じられたままなので確認できない。
「アルカス……」
実季子は、横になったアルカスの胸にそっと耳を当てた。
心臓は静かに脈打っている。
良かった。
ほんの少し安心すると、気が緩んでまた涙が盛り上がってきた。
実季子の瞳は変わらず金色で、髪も金色のまま、実季子の頭の周りをふわふわと舞っている。
「変なの……」
そう呟いて、瞬きをしたら、どうにか瞳の内側に留まっていた涙がパラパラ零れた。
「アルカスゥ……起きてよぉ。
アルカス、お願いだよ……」
堪えきれなくなって、アルカスに縋りついて泣いてしまう。
エラトスは、気を利かせたのか何も言わずに、そっと天幕を出て行った。
「アルカス、好きなの。一緒にいたいの。だから、元の世界に帰らなくてもいい。
アルが居てくれたら、こっちで頑張る。ワガママ言わないから。
アルカスと、同じ世界に居られるだけで良いから。
だから、お願い。目を開けて」
涙がボロボロ零れて、鼻が詰まってグシュグシュの声で言葉を紡いぐ。
実季子の涙が、寝ているアルカスの顔にもボトボト落ちて、アルカスの頬を濡らす。
頬に涙が溜まっている。
実季子は、アルカスに頬に自分の頬を押し当てて、グスグス泣いた。
すると、なんだか、アルカスの体が強張ったような?
「グッ……」
何かを堪えたような、短い呻き声がアルカスの喉を震わせると、頬と目元が赤く染まって、ゆっくりとアルカスが目を開く。
実季子の好きな金色の綺麗な瞳が実季子を見ている。
アルカスが、目を覚ました!!!
何も言葉が出てこなくて、でも、嬉しくて、愛しくて、希望と幸福感が胸に押し寄せて、身体の中で、パチパチと炭酸水の泡が弾けているよう。
実季子は、何も言わずにアルカスに抱きつく。
深い森の奥、背の高い木々が天に向かって、聳え立つ幹と濃い緑の強い香りが、実季子の体にも絡みついてくる。
その香りを纏うアルカスの太い首にかじりついて、ギュウギュウ身体を寄せた。
その実季子の身体をギュッと抱きしめて、アルカスが低い声で囁く。
「ミキコ」
アルカスの首筋に顔を埋めたまま、コクコクと頷いた。
「ミキコ、本当に、良いんだな?」
念を押すように、実季子に問いかける。
何が?
実季子は、少し顔を上げるとアルカスの顔を覗き込みながら首を傾げる。
「元の世界に戻らなくても。此方の世界で、私と一緒に生きても構わないんだな?
後悔しないんだな?」
まるで、実季子が先ほど呟いたことに念を押すように尋ねてくる。
「え?アルカス、いつから起きてたの?
私が言った言葉、全部聞こえてたの?
……若しかして……、若しかして……、寝たふりしてた……とか?」
耳まで真っ赤になりながら、実季子が聞く。
「いや、寝たふりをしていたわけではないぞ。
ただ、耳は聞こえていたのだ。ミキコの言葉は、……全部聞こえた」
照れくさそうに、嬉しそうに、口角を上げて笑いながら、実季子の髪を撫でてアルカスが答えた。
「ええ〜!」
恥ずかしさの余り、アルカスから距離を取ろうとした実季子の身体に腕を巻き付けて、そのまま自分の体の上にコロンと乗せると、アルカスは、乱れた実季子の髪を耳にかけてやった。
そして、実季子を抱きしめると、実季子の金色の瞳を覗き込んだ。
「ミキコ、私だって同じように思っている。
だから、元の世界に帰りたいというミキコの重荷になりたくなかった」
愛おしそうに、実季子の髪を一房取ると口づける。
「ミキコ、私と一緒に生きて欲しい」
驚きと、恥ずかしさで、顔を真っ赤にして目を瞬かせている実季子の後頭部に、そっと手を回して、顔を起こすと、実季子の瞳を覗き込んだ。
アルカスは、壊れ物にでも触れるように、そっと実季子の頬を包み込むと、オデコとオデコがくっつきそうな距離でジッと実季子を見つめる。
しばらくの間、アルカスと実季子は見つめ合っていたが、アルカスが突然体を起こし、実季子をギュッと抱きしめると、長いため息をついた。
「これ以上は……、ヤバイ」
ん?
何が?
アルカスにギュッと、抱きしめられている。
頭がボンヤリして、アルカスの言った意味が分からず見上げていると、アルカスも赤い顔で実季子を見つめて、頭のてっぺんにチュッとキスされた。
実季子は、みるみるうちに耳や首まで真っ赤になってしまう。
恥ずかしくて、照れくさくて、アルカスの胸に顔を埋めて悶えていると、くるくるの金色の髪が、頭の周りをふわふわ踊るように漂って、髪同士が巻き付いたり、離れたりしている。
「この髪は、ミキコの気持ちを表しているのか?まるで、抱きしめ合っているようだな」
フフッと、笑い声が頭上から聞こえて、見上げると満面の笑みのアルカスの顔が見えた。
胸が、きゅうっとなる。
綺麗だな〜
私の好きな人は、こんなに格好いいんだ
と思うと、幸せで、嬉しくて、実季子もアルカスに笑いかけた。
「アルカス、好き」
自然に思いが口をついて出て、アルカスのキレイなアンバーの瞳を覗き込んだ。
途端に、アルカスが口に手を当てて、目元が赤くなった顔を横に向けた。
「いかん、ミキコ。これ以上は……私の……グフ」
変な声が口から漏れる。
実季子は、アルカスが体調が悪くなったのかと焦った。
「え!アルカス、大丈夫?調子悪い?横になって」
涙目でアルカスを寝かせようと、ぐいぐい押し倒してくる実季子に、アルカスは耳とシッポが出てしまった。




