狂狼覚醒4
実季子は、グラコーが口を開いた瞬間、失敗したと思った。
逆魔術を唱えられてしまう。そしたら、自分では太刀打ちできない。
しかし、確かに唱えられた逆魔術の力の流れが、実季子には見えたのだ。
自分に向かってくる煤けた色の力の流れを、草薙の剣で断ち切る。
すると、力は拡散してやがてジュワッと音を立てて消えた。
「あれ?」
グラコーは首をひねった。
何で逆魔術が効かないんだ?
こんなことは初めてだ
若しかして、喉が渇いているせいでちゃんと声が出なかったのか?
「マゴパ」
もう一度、唱えたが、小娘は動かなくなるどころか、また剣を振り回した。
「マゴパ」
「シティマトスナ」
「アヒスィネカ」
同じように、動きを制限する逆魔術を次々と唱えたが、実季子は何度も剣を振り回す。
どうなってるんだ!逆魔術が効かなければどうすりゃ良いんだ。
頭を抱えそうになったとき、今度は天幕のすぐ外から
「ミキコーーーー」
と、叫ぶ声が聞こえた。
彼女はたちまち頬を染め、口を開けて答え返そうとした。
そうはさせてなるものか!
「ホィスイ」
声が出なくなる逆魔術を唱えた。
しかし、またやられた。
あの剣だ!あの剣にやられてるに違いない。
チッと、舌打ちが聞こえると、彼女が持っている剣を振り翳してグラコーを狙っている。
「ヒッ!」
喉から悲鳴が、零れた。
彼女は、黒く潤っていた瞳は透けるように美しい金色に、くるくると巻いた髪もふわふわと宙に浮いたかと思うと、金に光り始めた。
そして、彼女の内から光り始めた金色の光が大きく膨らむと、彼女が剣を振り下ろす。
ブワッと金の風と共に天幕を覆っていた布を吹き飛ばす。
グラコーは、まともに金色の光を受けて地面に倒れた。
眩しくて、苦しくて、身体の内が、内蔵という内臓が、脳までもがギュウギュウと音を立てて収縮しているような痛みだ。
「ウググググググゥ…」
痛みに喉から呻き声が零れるが、立ち上がることも出来ない。
「アルカス」
彼女の嬉しそうな、愛おしそうな隣国の皇帝を呼ぶ声が耳に入り、焦った。
このままでは、苦労して彼女を攫ってきた意味がない。
更に敵国の皇帝をこの陣営に導いてしまった。
グラコーよりも優秀だったかつての同窓生達が、太刀打ちできないペラスギアの皇帝だ。
恐ろしい結果になるに違いない。
「ノーパコシ」
どうにか自分自身に立つことを補助する逆魔術を唱え、ユラリと立ち上がった。
その立ち上がりざまに、幻影の逆魔術を呟いた。
「マスタンパ」
「ロヴマ リフミオ」
続けざまに唱えると、黒い霧となって実季子の足元からまとわりつき、実季子の身体を黒い霧が覆い隠すように広がる幻影を周りにばら撒いた。
どうにか、あの恐ろしい皇帝と、その皇帝が引き連れてきた屈強そうな男達の精神にダメージを与えて、我が国の兵士が利用できる隙を作らねばならない。
「ミキコ!」
隣国の皇帝は、剣を抜くと、駆け寄ってきた。
これはいけない、近寄られるのは困る。
「トフリャルウ」
霧の中から彼女の恐ろしい悲鳴を作り出し、次にあの皇帝を恐怖に陥れるものを投げつけてやった。
「アーシピルペア ラエ」
彼女を黒い霧で覆いながら、彼女の右腕を黒霧になった腕で握り、小生意気な小娘の右腕の幻影を投げつけてやる。
「グッ…グゥオオオオオオオオオオーーーーー。」
隣国の皇帝に動揺を与えるのには成功したようだ。
苦しげな咆哮が聞こえる。
黒霧になったグラコーは、嬉しくなって彼女を更にブワリと覆った。
しかし、あの恐ろしい皇帝は、更に恐ろしい姿になってしまった。
血だまりの赤い瞳。
漆黒の髪。
筋肉は大きく肥大し、体中血管が浮き出て、黒ずんだ皮膚の色に変り、手も、足も長い爪が伸び、髪と同じく漆黒の耳と尻尾が現れた。
フーッフーッと興奮したように息を吐き、喉をグルグルと鳴らしている。
狂狼だ!!!
しまった
こんな土壇場で失敗続きだ
こんなことがドマクの耳に入れば間違いなくドマクは怒り狂うだろう。
プレギアースの兵達は、狂った狼に次々と屍にされている。
次は自分の番かもしれない。
グラコーは、恐ろしさの余り、黒霧に使っている逆魔術の魔力量を誤ってしまった。
すると、身の内の黒霧の中から、低く恐ろしい声が聞こえてきた。
「グラコー……閉じ込めたこと、後悔させてやる」
ギャッ!小娘だ!
小さいくせに何て野蛮な女なんだ
どうにか残りの魔力量を投入して彼女を黒霧で更に覆う。
このままでは持たないかもしれない。
モゴモゴと彼女の力が中で動いているのを感じる。
また、あのギュウギュウと締め付けられる光を放つつもりだろうか?
グラコーが、中の彼女に気を取られているウチに、隣国の皇帝が引き連れてきた屈強そうな男達が黒霧のグラコーに近寄ってきた。
「ミキコ!」
「ミキコさま!」
二人が同時にグラコーの身の内に手を入れる。
グラコーは、パニックになった。
外に意識を向けていなかったために、逆魔術を唱える間さえなかった。
そうして、内に閉じ込めていた彼女が光の輪を放ったのだ。
自分が作り出していた黒霧は霧散し、グラコーの意識は暗転した。




