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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第9章 戦の始まり
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狂狼覚醒3

 実季子は、後悔しても仕切れなかった。

 2度も敵国に連れ去られるなど、しかもソフィアや付いてきてくれていた騎士達とも離れて、敵国の陣営にまで連れてこられてしまった。

 血溜まりの中に倒れ込むソフィアの姿を思い浮かべる。

 悔しさの余り涙が零れた。

 また、私は泣いてる。

 泣いたって、どうにもならないんだから、どうにかここを脱出する方法を考えねばならない。

 なのに、不安に押しつぶされそうな気持ちが、実季子の涙を止まらなくさせる。

 

 早くアルカスの元に行かなければ

 早くアルカスに会いたい

 きっと、狂狼化の影響で苦しんでいるに違いない


 ぐずぐずと泣いて、鼻を啜りながら、ふとグラコーが背中を向けている後ろ姿を横目で見た。

 

 あった!私のロケットだ


 グラコーの腰からぶら下がっている巾着袋の口から、鎖が垂れ下がっている。

 どうにかして、あれをとり戻したい。

 逆魔術を使えなくすれば、どうにか勝てそうな相手なのに……。


 背後から、襲いかかるか?

 

 天幕の中に敷かれた敷物の隅に正座をして、ロケットを取り戻す算段を始めた実季子を見て、どう勘違いしたのかグラコーは茶を入れ始めた。

 この男、どうも体力がないらしい。

 逆魔術さえ使えなくすれば、少なくともこの天幕からは逃げられる。

 しかも、何かあれば逆魔術を唱えて切り抜けられるとでも思っているのか?実季子を縛りもしない。

 大人しくして、弱々しく振る舞っていれば誤魔化せそうだ。

 そう考えると、落ち着いてきた。

「あ……あの、貴方様は、どなたでしょう?」

 実季子は、出来うる限りか弱そうな声音で話しかけてみる。

 目に涙を溜めて、上目遣いで見上げてみる。

「ウォ、ウォホン。あ……私は、プレギアースの王宮専属逆魔術師、グラコーと申す。

 大人しくされていれば、決して危害は加えぬ。どうか泣きやみなさい」

 わざとらしく咳をして、グラコーが答える。

 

 なんだ、ちょろいな


 心の中で、グラコーに舌を出しながら、実季子は涙目のままコクコクと頷いて見せながらも、涙が止まらぬふりをして、袖口で顔を覆ってみせた。

 クスン、クスンと鼻を鳴らして見せる。

 そうすると、グラコーは、しばらくの間困ったように実季子を眺めていたが、黙ってそっと茶菓子を皿に入れてこちらに寄越した。

 どうも、実季子を小さい子供か何かと勘違いしているのかもしれない。

 しかし、そうだとすれば、それはチャンスだ。

 実季子は、ぐずぐずと涙を流すふりをして、グラコーに向かって、小さくつぶやくように礼を言った。

「ありがとう……。親切なのね」

「あぁ、いや。なんなら、お茶も飲むかい?」

「ええ。お願いできるのなら」

 俯いて、喋る実季子の手元にグラコーがお茶のカップを置いたときに、腰から下げていた巾着から、ロケットがこぼれるように落ちた。

 実季子は手を伸ばして、ロケットを拾い上げると、すかさず中から草薙剣を取り出す。

 そして、詠唱する。

「メガロス」

 原寸の大きさに戻った草薙の剣を手にした実季子を見て、グラコーは瞬時に顔色を変えて、大きく目を見張った。

 その時だ。

 天幕の外から低く太い咆哮が響き渡った。

「ミキコーーーーー」

 アルカスだ!喜びと、愛しさと、希望と幸福感が、一気に胸に押し寄せた。

 身体の中で、パチパチと小さな泡が弾けているようだ。

 その炭酸のような泡が、一気に草薙の剣から実季子に向かって、流れ込むような感覚に陥った。

 クラリと周りが揺れたように感じる。

 草薙の剣を握っている手が熱い。

 何だろう?この力の流れは?

 戸惑っている実季子は、倒れまいと足を踏ん張る。


 アルカスの咆哮を聞いて、実季子を見つめていたグラコーは、ビクリと肩をすくめた。

 今のは誰だ?いや、それよりもこの目の前の小娘だ。

 大人しく泣いていると思っていた小さな小娘が、ロケットから取り出した剣を大きくして、その剣を握って立っているではないか。

 さっきの弱々しい態度は何だったんだ?

 小さな子供が泣いているんだと勘違いして、つい絆されてしまった数分前の自分を恨みたい。

 やはり、直接現場に赴くなど、自分には向いていないのだ。

 兎に角、大人しくしていて貰わないと、このままでは怪我をさせられる。

 なんて、恐ろしい小娘なんだ。

 イライラしながら、動けなくする逆魔術を唱えた。

「マゴパ」

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