狂狼覚醒3
実季子は、後悔しても仕切れなかった。
2度も敵国に連れ去られるなど、しかもソフィアや付いてきてくれていた騎士達とも離れて、敵国の陣営にまで連れてこられてしまった。
血溜まりの中に倒れ込むソフィアの姿を思い浮かべる。
悔しさの余り涙が零れた。
また、私は泣いてる。
泣いたって、どうにもならないんだから、どうにかここを脱出する方法を考えねばならない。
なのに、不安に押しつぶされそうな気持ちが、実季子の涙を止まらなくさせる。
早くアルカスの元に行かなければ
早くアルカスに会いたい
きっと、狂狼化の影響で苦しんでいるに違いない
ぐずぐずと泣いて、鼻を啜りながら、ふとグラコーが背中を向けている後ろ姿を横目で見た。
あった!私のロケットだ
グラコーの腰からぶら下がっている巾着袋の口から、鎖が垂れ下がっている。
どうにかして、あれをとり戻したい。
逆魔術を使えなくすれば、どうにか勝てそうな相手なのに……。
背後から、襲いかかるか?
天幕の中に敷かれた敷物の隅に正座をして、ロケットを取り戻す算段を始めた実季子を見て、どう勘違いしたのかグラコーは茶を入れ始めた。
この男、どうも体力がないらしい。
逆魔術さえ使えなくすれば、少なくともこの天幕からは逃げられる。
しかも、何かあれば逆魔術を唱えて切り抜けられるとでも思っているのか?実季子を縛りもしない。
大人しくして、弱々しく振る舞っていれば誤魔化せそうだ。
そう考えると、落ち着いてきた。
「あ……あの、貴方様は、どなたでしょう?」
実季子は、出来うる限りか弱そうな声音で話しかけてみる。
目に涙を溜めて、上目遣いで見上げてみる。
「ウォ、ウォホン。あ……私は、プレギアースの王宮専属逆魔術師、グラコーと申す。
大人しくされていれば、決して危害は加えぬ。どうか泣きやみなさい」
わざとらしく咳をして、グラコーが答える。
なんだ、ちょろいな
心の中で、グラコーに舌を出しながら、実季子は涙目のままコクコクと頷いて見せながらも、涙が止まらぬふりをして、袖口で顔を覆ってみせた。
クスン、クスンと鼻を鳴らして見せる。
そうすると、グラコーは、しばらくの間困ったように実季子を眺めていたが、黙ってそっと茶菓子を皿に入れてこちらに寄越した。
どうも、実季子を小さい子供か何かと勘違いしているのかもしれない。
しかし、そうだとすれば、それはチャンスだ。
実季子は、ぐずぐずと涙を流すふりをして、グラコーに向かって、小さくつぶやくように礼を言った。
「ありがとう……。親切なのね」
「あぁ、いや。なんなら、お茶も飲むかい?」
「ええ。お願いできるのなら」
俯いて、喋る実季子の手元にグラコーがお茶のカップを置いたときに、腰から下げていた巾着から、ロケットがこぼれるように落ちた。
実季子は手を伸ばして、ロケットを拾い上げると、すかさず中から草薙剣を取り出す。
そして、詠唱する。
「メガロス」
原寸の大きさに戻った草薙の剣を手にした実季子を見て、グラコーは瞬時に顔色を変えて、大きく目を見張った。
その時だ。
天幕の外から低く太い咆哮が響き渡った。
「ミキコーーーーー」
アルカスだ!喜びと、愛しさと、希望と幸福感が、一気に胸に押し寄せた。
身体の中で、パチパチと小さな泡が弾けているようだ。
その炭酸のような泡が、一気に草薙の剣から実季子に向かって、流れ込むような感覚に陥った。
クラリと周りが揺れたように感じる。
草薙の剣を握っている手が熱い。
何だろう?この力の流れは?
戸惑っている実季子は、倒れまいと足を踏ん張る。
アルカスの咆哮を聞いて、実季子を見つめていたグラコーは、ビクリと肩をすくめた。
今のは誰だ?いや、それよりもこの目の前の小娘だ。
大人しく泣いていると思っていた小さな小娘が、ロケットから取り出した剣を大きくして、その剣を握って立っているではないか。
さっきの弱々しい態度は何だったんだ?
小さな子供が泣いているんだと勘違いして、つい絆されてしまった数分前の自分を恨みたい。
やはり、直接現場に赴くなど、自分には向いていないのだ。
兎に角、大人しくしていて貰わないと、このままでは怪我をさせられる。
なんて、恐ろしい小娘なんだ。
イライラしながら、動けなくする逆魔術を唱えた。
「マゴパ」




